アルゴフロ−トの滞在深度における流速とその誤差の見積もり

市川 泰子*1、高槻 靖*2、水野 恵介*2 、四竃 信行*1、竹内 謙介*1

要旨

アルゴ計画によって投入されるフロ−トの滞在深度における流速は、フロ−トが海 面を漂流している間に測定される位置/時刻によって見積もることが出来る。しかし、 見積もられた流速はARGOSシステムの位置測定精度に起因する誤差、位置が取得さ れるまでに海面を漂流することによる誤差、フロ−トの上昇/下降中に流速の鉛直分 布の違いによって生じる誤差を含んでいる。海面、海洋中の流れの水平分布を一様と 仮定してこれらの誤差を評価したところ、現在のフロ−トでは海面における誤差と上 昇/下降中の誤差は同程度と見積もられ、滞在深度の流速は10%〜25%過大評価され ていることが分かった。ただし、位置が取得されるまでに海面で漂流することによる 誤差を補正することによりこの誤差は半分程度にすることができる。

キ−ワ−ド: ARGO計画、漂流速度、プロファイリングフロ−ト、誤差評価

Estimation of drifting velocity and error at parking depth for Argo float

Yasuko ICHIKAWA*3, Yasushi TAKATSUKI*4, Keisuke MIZUNO*4 , Nobuyuki SHIKAMA*3, Kensuke TAKEUCHI*3

Abstract

We estimate the error of drifting velocity for Argo float at parking depth. The drifting velocity is calculated by surface position of the float fixed by ARGOS system. ARGOS satellites occasionally fly over the float, we rarely obtain the exact positions where surfacing first occurs and descent begins. Therefore the drifting velocity at parking depth may be overestimated by the surface drift. Moreover the vertical current shear may be also affected the estimated velocity, because of the slow ascent/descent rate of the floats. Our estimation shows that the drifting velocity at parking depth may be overestimated between 10 to 25 percent for the present floats. The estimated error due to the vertical current shear has the same order of the error due to surface drift.

Keywords: Argo project, drifting velocity, profiling float, error estimation

*1: 地球観測フロンティア研究システム気候変動観測研究領域
*2: 海洋観測研究部
*3: Frontier Observational Research System for Global Change
*4: Ocean Observation and Research Department


1. はじめに

海洋の循環像や水塊の形成過程を解明していく上で、流速の測定は水温/塩分などの観測 とともに重要な役割を果たす。これまで、流速を測定するために様々な測器が開発されて きたが、特に海洋中層の測流のために、海洋の中層を漂流してラグランジェ的測流を行う 中層フロ−トが開発された。初期の中層フロ−トは音波を用いてフロ−トの位置を求め、 漂流速度を見積もっていたが、音源が必要なために観測可能な海域が限定される弱点があ った。しかし、1980年代になって、ALACE(Autonomous Lagrangian Circulation Explorer) フロ−ト(Davis, et al, 1992)が開発され、音源無しで中層の流れを測定できるようになった。 そして海洋大循環観測計画(WOCE)などの枠組みで様々な海域においてALACEフロ−ト をはじめとする中層フロ−トが展開され、測流がなされるようになった(Davis, 1998, Riser, 1998等)。日本でも科学技術振興調整費「北太平洋亜寒帯循環と気候変動に関する国際共同 研究(SAGE)」において北太平洋中層水の展開過程と中層水の季節・経年変動の把握のため にALACEフロ−トが用いられている(四竃, 1998)。

2000年に開始された国際プロジェクトであるアルゴ計画により、ALACEフロ−トと同 じタイプのフロ−トが全球で約3,000本展開される。これにより、年間約10万点における 水温/塩分の鉛直プロファイルが得られるばかりでなく、浮上毎のフロ−トの位置を用いて 滞在深度における流速の分布が得られることになる。この流速と鉛直プロファイルから計 算される滞在深度を無流面とする地衡流を組み合わせれば絶対流速が得られることが期待 される。このため、滞在深度の流速を出来るだけ正確に求めることが必要となる。しかし ながら、これまで展開されてきた多くのALACEフロ−トの滞在深度は400〜1000mであ るのに対し、アルゴ計画によって展開されるフロ−トの滞在深度は2000mと深いため、漂 流速度の推定の際に誤差が大きくなる可能性がある。

海洋科学技術センタ−海洋観測研究部/地球観測フロンティア研究システムでは、2000年 2月よりアルゴ計画に対応した中層フロ−トを投入してきた。本報告では、このようなフロ ートをアルゴフロートと呼び、これまでに我々が投入したものについて、漂流速度の推定 方法及び推定速度に含まれる誤差について述べる。

2. 漂流速度の算出

アルゴフロ−トは、通常10日毎に滞在深度から海面まで浮上し、半日程度海面を漂っ た後、再び滞在深度まで沈降するサイクルを繰り返す。また、滞在深度から海面に浮上す る際には、あらかじめ決められた圧力値毎に水温・塩分を測定する。フロートは海面に浮 上後直ちに観測デ−タ及びフロ−ト情報の送信を開始し、海面を漂流している間デ−タを 送信し続ける。デ−タの通信にはARGOSシステム(CLS/Argos, 1996)を使用している。 ARGOSシステムでは、衛星が海面を漂流中のアルゴフロ−トの上空を通過するときにフロ −トからのデ−タを受信し、衛星から地上局にデ−タを送信する。地上局ではデ−タ受信 周波数のドップラ−シフト量の時間変化からフロ−トの位置を算出し、受信デ−タ、デ− タ受信時刻等と共にユ−ザ−に送信する。

アルゴフロ−トは滞在深度において周囲の水と共に移動しているとみなせるので、海面 漂流中にARGOSシステムによって得られる位置とその時刻を用いて滞在深度における流 速を推定できる。すなわち、沈降前の位置(x0)、時刻(t0)と次回の浮上後の位置(x1)、時刻(t1) から距離L(x0, x1)と、時間t = (t1 − t0)を求めれば、滞在深度における流速はv = L(x0, x1) / tと表現できる。ただし滞在深度における流路は不明なため、Lは通常2点間の最短距離を 用いている。

2.1 ARGOSシステムによる位置の決定

ARGOSシステムは現在5機の衛星により運用されている。これらの衛星は地球の極軌道 を102分で一周し、一周毎に地球の経度で約25度ずれながら地球を周回している。衛星は、 地球上で直径約5,000kmの範囲を一度に見渡すことが出来る。極軌道であるため、極付近 では周回毎に飛来するが、赤道上は最も薄になる。しかし、赤道上における経度25度の幅 は約2,800kmであり、最も監視が薄になる赤道上においても、2,200km( = 2800 − (2800 − 5000 / 2) * 2) の視野の重なりをもって周回していることが分かる(図1、図2参照)。


図1:衛星軌道
Fig. 1: As schematic drawing of the ARGOS satellite orbit.


図2:赤道付近における衛星軌道
Fig. 2: Overlaps of the visibility area at equator.

衛星によるアルゴフロ−トの位置決定は、緯度・経度共0.001度の解像度で算出される。 ただし、衛星がフロ−トの直上近くに飛来したときは衛星の進行方向の相対速度差が大き くなるのでドップラ−シフトが大きくなり位置の精度は高く、フロ−トから見た衛星の軌 道の俯角が低い場合にはドップラ−シフトが小さく、位置の精度は相対的に悪くなる。こ のような精度を表すためARGOSシステムによりClassと呼ばれるフラグ(表1)がつけ られる。

Class
精 度
3
精度 < 150m
2
150m ≦ 精度 < 350m
1
350m ≦ 精度 < 1000m
0
1000m ≦ 精度
表1:位置測定精度(Class)一覧
Table 1: Positioning accuracy classes of the ARGOS system.

なお、赤道上において150mは、約0.002度であることから、Class = 3である場合の精 度は、±0.002度程度であり、同様に1000mは、約0.010度であることから、Class = 1の 場合は、±0.010度程度の精度であると言える。 つまり、アルゴフロ−トの位置デ−タとして上記のClass = 1〜3のデ−タを用いた場合、 最大で1kmの誤差があるため、滞在深度における流速を求める際にもこの分の誤差が含ま れることになる。


図3:ARGOSシステムによるアルゴフロ−トの位置測定
Fig. 3: Sample of Argo float positions fixed by ARGOS system.

図3は、ARGOSシステムにより測定された位置情報を元に、漂流の軌跡をプロットした ものである。海面漂流中に何度か位置を測定されていることがわかる(図3(b)の黒丸及び 白丸)。フロ−トの沈降前最後の測定位置と浮上後最初の測定位置を用いて滞在深度におけ る流速(v = L(x0, x1) / t)の分布を求めると図4、図5のようになる。


図4:滞在深度(Parking depth)における流速分布例(2001/4)
Fig. 4: Distribution of the drifting velocity at the parking depth (2000m) for April 2001.


図5:滞在深度(Parking depth)における流速分布例(2001/5)
Fig. 5: Same as fig. 4 but for May 2001.

しかしながら、衛星の飛来頻度を考えるとフロ−トが海面に浮上した直後に衛星が上空 を通過するとは限らず、また同様に、沈降開始直前に通過するとも限らないことから、海 面浮上位置・沈降開始位置は共に不明である。従って、浮上時刻から浮上後最初の位置測 定時刻までの時間と、沈降前最後の位置測定時刻から沈降開始時刻までの時間に海面でフ ロ−トが漂流するために滞在深度流速に誤差が生じると考えられる。図4、図5を見ると、 一部10cm/secを越える早い流れが認められるが、図6を見て分かるように海面での漂流速 度も早いために上記の誤差が影響している可能性がある。なお、図6はARGOSシステム により測定された位置情報を元に、海面漂流中のフロ−トの平均漂流速度つまり海面平均 流速を求めた結果である。


図6:海面流速分布例(2001/5)
Fig. 6: Same as fig. 5 but for the sea surface.

2.2 海面における漂流による誤差の評価

滞在深度の流速の推定に関して、フロートが位置取得前/後に海面で漂流することによ る誤差は、フロ−トの浮上時刻と沈降開始時刻が分かれば評価できる。フロ−トの沈降開 始時刻は、アルゴフロ−トの浮上・沈降サイクルを制御するプログラムにおいて次のパラ メ−タが設定されているため算出可能である。

1) First Down Time:アルゴフロ−トの電源投入時刻から第1回目沈降開始 までの時間(以下 FDT と記す)
2) Down Time:沈降開始時刻から浮上開始時刻までの時間(以下 DTと記 す)
3) Up Time:浮上開始時刻から沈降開始時刻までの時間 (以下UTと記す)
アルゴフロ−トは電源投入時刻からFDT後に第1回目の沈降を開始し、滞在深度まで沈 む。沈降開始からDT 後に浮上を開始し、水圧・水温・塩分を測定しながら海面まで浮上 する。海面に浮上すると観測デ−タの送信を開始し、浮上開始時刻からUT後に沈降を開始、 再び滞在深度まで沈む。2度目の沈降からはDTとUTを繰り返す(図7参照)。フロ−ト の浮上・沈降サイクルはフロ−ト内部の時計で管理されている。フロ−トの電源投入時刻 をtとすると、第n回目沈降開始時刻、第n回目浮上開始時刻は次のように求められる。

n回目浮上開始時刻 = t + FDT + ( UT + DT ) * ( n - 1 ) + DT
n回目沈降開始時刻 = t + FDT + ( UT + DT ) * ( n - 1 )

図7:アルゴフロ−トの浮上・沈降サイクル
Fig. 7: Cycles in the mission of an Argo profiling float.

一方、フロ−トの浮上時刻はアルゴフロ−トより送られてくるデ−タに含まれる情報に より算出する事が出来る。アルゴフロ−トは、取得した観測デ−タ及びフロ−トステ−タ ス情報を「ARGOSメッセ−ジ(以後、単にメッセ−ジと記す)」という単位(1メッセ− ジは32バイト)に分割してデ−タを送信している。これはARGOSシステムが一度に受信 できるデ−タ量が32バイトであるためである。このため、1回の観測分のデ−タを送信す るにあたり12〜14メッセ−ジ(観測する圧力層の数による)を必要とする。それぞれのメ ッセ−ジには「メッセ−ジ番号」と呼ばれる連番がつけられている。アルゴフロ−トは海 面に浮上するとメッセ−ジ番号 "1" のメッセ−ジから順に送信を開始し、一定時間 (ARGOS送信周期)毎にメッセ−ジ番号順に送信する。一通りのメッセ−ジを送信後は再 度メッセ−ジ番号 "1" から順に送信を繰り返す。なお、メッセ−ジ番号 "1" のメッセ−ジ には、何回目のメッセ−ジ番号 "1" の送信であるかを示す項目である「メッセ−ジブロッ ク番号」がつけられている(図8参照)。従って、次の式により送信開始時刻すなわち浮上 時刻を算出することが出来る。
メッセ−ジ番号 "1" 、メッセ−ジブロック番号 "m" であるメッセ−ジを受信した時刻:tm
1メッセ−ジブロックのメッセ−ジ数:n
ARGOS送信周期:τ とすると

浮上時刻 = tm − ( τ * n ) * ( m − 1 )

図8:浮上時刻算出方法
Fig. 8: Concept of the calculation the surfaced time from ARGOS messages.

この方法で算出した浮上時刻は、±1秒程度の誤差で算出できる。表2にARGOS送信 周期が90秒であるフロ−トの浮上時刻算出例を示す。なお、観測層が浮上毎に異なること があるため1メッセ−ジブロックを構成するメッセ−ジ数も異なることがある。

Profile No. 1メッセージブロックに含まれるメッセージ数 メッセージブロック番号 受信時刻(UTC) 見積もられた浮上時刻(UTC)
1
12
4 4/4/2000 08:32:58 4/4/2000 07:38:58
    10 4/4/2000 10:20:58 4/4/2000 07:38:58
    13 4/4/2000 11:14:58 4/4/2000 07:38:58
    40 4/4/2000 19:20:57 4/4/2000 07:38:57
    45 4/4/2000 20:50:57 4/4/2000 07:38:57
    51 4/4/2000 22:38:56 4/4/2000 07:38:56
    55 4/4/2000 23:50:56 4/4/2000 07:38:56
2
13
1 4/18/2000 07:35:47 4/18/2000 07:35:47
    3 4/18/2000 08:14:47 4/18/2000 07:35:47
    9 4/18/2000 10:11:46 4/18/2000 07:35:46
    34 4/18/2000 18:19:16 4/18/2000 07:35:46
    39 4/18/2000 19:56:45 4/18/2000 07:35:45
    41 4/18/2000 20:35:45 4/18/2000 07:35:45
    47 4/18/2000 22:32:45 4/18/2000 07:35:45
    52 4/19/2000 00:10:15 4/18/2000 07:35:45
    57 4/19/2000 01:47:45 4/18/2000 07:35:45
表2:浮上時刻算出例
Table 2: Estimation of the surfacing time.

以上のパラメ−タについて現在までに我々が投入したアルゴフロ−トの設定を表3に示 す。

WMO ID
FDT (hour)
DT (hour)
UT (hour)
ARGOS送信周期 (sec)
滞在深度 (m)
29032 6 649 23 90 1500
29033 6 313 23 90 1500
29034 6 213 27 90 2000
29035 6 213 27 90 2000
29042 6 225 15 44 2000
29043 6 225 15 44 2000
29044 6 225 15 44 2000
29045 6 225 15 44 2000
29046 6 225 15 44 2000
29047 6 225 15 44 2000
29048 6 225 15 44 2000
29049 6 225 15 44 2000
29050 6 225 15 44 2000
29051 6 225 15 44 2000
29052 6 225 15 44 2000
29053 6 225 15 44 2000
29054 6 225 15 44 2000
2900055 6 213 27 90 2000
2900056 6 225 15 44 2000
2900057 6 225 15 44 2000
表3:現在までに海洋科学技術センター/地球観測フロンティアで投入したアルゴフロ− トの仕様
Table 3: Specification of the Argo floats deployed by JAMSTEC/FORSGC.

ここで、算出された浮上時刻、沈降開始時刻を用いて、浮上時刻から浮上後最初の位置 測定時刻までの時間(図9の(1)、以降(1)と記す)、沈降前最後の位置測定時刻から沈降開始 時刻までの時間(図9の(2)、以降(2)と記す)について調べたところ、図10、図11の結 果が得られた。これより、(1)、(2)はそれぞれ約1時間であることが分かる。なお、図10, 図11はUT, DT, ARGOS送信周期、滞在深度が同一に設定されているWMO ID 29042〜 29054のフロ−トについて示した。


図9:浮上時刻から浮上後最初の位置測定時刻までの時間に生じる誤差
Fig 9: Concept of the error estimation for the period from the float surfaced and first position fixed.


図10:浮上時刻から浮上後最初の位置測定時刻までの時間分布
Fig. 10: Histogram of the time between surfacing first occurs and first position fixed.


図11:沈降前最後の位置測定時刻から沈降開始時刻までの時間分布
Fig. 11: Histogram of the time between last position fixed and descent begin.

次に上記(1)、(2)において海面でフロ−トが漂流するために生じる誤差の評価を行う。だ たし、ここでは誤差を簡便に見積もるため、海面の流れがすべて同じ方向に流れているも のと仮定し、流速を1次元で評価することにする。この場合、流向を含めた2次元で評価 するより誤差を大きく見積もることになる。

まず、(1)のフロ−トが海面で漂流するために生じる誤差について考える(前出の図9参 照)。ここで、海面でのフロ−トの漂流速度をvs、滞在深度における仮の漂流速度をvp'とする。すなわち、vs = Ls / ts、vp' = Lp / tp である。ここで、浮上時刻から浮上後最初の位置測 定時刻までの時間をΔt、その間の移動距離をΔLとすると、フロートはこの時間に海面に おいて速度vsで漂流するから、ΔL 〜 vsΔt である。 Δtは滞在深度における漂流時間tpに比べて十分に小さいので、

vp (Lp - ΔL) / (tp - Δt)
(Lp - vsΔt) / (tp - Δt)
(Lp - vsΔt) / tp (∵ Δt ≪ tp)
vp' - vsΔt / tp
となる。従って、誤差はε1 = vsΔt / tp と見積もることが出来る。tpはほぼ一定と言えるの で、Δt 及び vs の値が小さいほどε1が小さくなる。なお(2)に生じる誤差も(1)と同様に求 められる。

2.3 浮上中・沈降中にフロ−トが漂流するために生じる誤差

フロ−トは滞在深度から海面に浮上している間も周囲の水と共に移動している。しかし ながら、すべての深度において流速が等しいことはまれであり、一般に海面に近づくにつ れて流速は大きくなる。このため、正確な浮上・沈降の位置及び時刻から滞在深度の流速 を推定しても浮上途中における移動分が過大評価されていることになる。ここではフロ− トが浮上/沈降途中に漂流速度が変わることによって生じる誤差について評価をする。ま ず、浮上開始時刻と浮上時刻から浮上に要する時間を求めた。前節と同様にWMO ID 29042 〜29054のフロ−トを対象に調査したところ、図12の結果を得た。 浮上開始時刻から浮 上時刻までの浮上時間(図13の(3)、以降(3)と記す)はこれらのフロ−トについては約6.5 時間である。


図12:浮上時間の分布図
Fig 12: Histogram of the ascent time.


図13:浮上開始時刻から海面浮上時刻までの浮上時間に生じる誤差
Fig 13: Same as fig. 11 but for the ascent time.

誤差を簡便に見積もるため、海面、海洋内部の流れがすべて同じ方向に流れているもの と仮定し、流速を1次元で評価することとした。また、フロ−トは深度(z)に対し一定の速 度で浮上すると仮定(z = at ( a:浮上速度))、海面での流速をvs、滞在深度における仮の流 速をvp'とする(図13参照)。

ここで流速の鉛直分布をV(z) + vpと表すと(図14)、浮上開始時刻から浮上時刻までの 時間Δtの間に移動する距離ΔLは次のように表すことが出来る。

ΔL = ∫(V(z) + vp)dt
= ∫V(z)dt + vpΔt

図14:流速鉛直分布
Fig. 14: Conceptual drawing of the velocity profile.

ところで、

vp (Lp - ΔL) / (tp - Δt)
= 1 / (tp - Δt) * (Lp - ∫V(z)dt - vpΔt)
と近似できるので、これを展開して整理すると、
vp + (1 / (tp - Δt)) * vpΔt = 1 / (tp - Δt) * (Lp - ∫V(z)dt)
vp * {(tp - Δt) +Δt} / (tp - Δt) = 1 / (tp - Δt) * (Lp - ∫V(z)dt)
tp * vp = Lp - ∫V(z)dt
vp = (1 / tp) * (Lp - ∫V(z)dt)
= vp' - (1 / tp) *∫V(z)dt
従って、誤差はε2 = (1 / tp) *∫V(z)dt となる。

ところで、z = at ( a:定数)であるため、dt = (1 / a)dz。 従って、ε2 = (1 / a)(1 / tp)∫V(z)dz と表記できる。

∫V(z)dzはフロ−トの上昇速度によらず、流速の鉛直分布V(z)により決まるので、 ∫V(z)dz = (vs - vp) * R(R:定数)と表せるとすると、 ε2 = (1 / a)(1 / tp)(vs - vp') * R(∵ (vs - vp) 〜 (vs - vp'))である。

この場合もtpはほぼ一定と考えて良いのでε2には影響しない。すなわちε2は海面流速 と滞在深度流速の差が同じであっても流速の鉛直分布によって異なることが分かる。また 浮上速度aが早くなるほど、また海面流速と滞在深度流速の差(vs − vp')が小さくなるほど ε2は小さくなる。

沈降開始時刻から滞在深度到着時刻までの沈降時間(図13の(4)、以降(4)と記す)に生 じる誤差は、現在のフロ−トでは正確な沈降時間が不明であるため、仮に(3)と同じ程度の 時間を要するとすると、発生する誤差は(3)で発生する誤差と同じ程度であると考えられる。 ところで、Rは流速差の鉛直分布V(z)により異なる。そこで、我々のフロート展開海域 で流速差の大きさを見積もるため、過去のWOCEのCTD観測結果から比較的大きい流速 差のものを選んで、2000db基準の地衡流を計算した(図15、図16)。この流速鉛直分 布から、それぞれの流速分布の定数Rを求めてみた。ただし、積分の際には海面での流速 差で正規化した。すなわち、V(0m) = vs − vp、V(−2000m) = 0 である。すると図15の 場合R15 = 65527[cm]、図16の場合、R16 = 38461[cm]という値になる。定数Rの値は、 図15の場合は図16の場合の約1.5倍となる。

図15:(33N, 145E)、(34N, 145E)間の流速鉛直分布(2000db基準)
Fig. 15: Geostrophic velocity distribution referred to 2000db depth between the stations at 33N, 145E and 34N, 145E.


図16:(34N, 145E)、(35N, 145E)間の流速鉛直分布(2000db基準)
Fig. 16: Same as fig. 15 but for the stations at 34N, 145E and 35N, 145E.

3. 全体の評価

以上の誤差の評価式を用いて実際のフロ−トのデ−タから誤差を算出してみた(表4)。 ε2は図15の流速鉛直分布を持つ場合と、図16の流速鉛直分布を持つ場合の2通りを算 出した。また、上昇速度は8.6cm/sec(=2000m / 6.5hour)とした。

WMO ID Prof No. 浮上時刻から浮上後最初の位置測定時刻までの時間 (hour) 海面流速(vs) (cm/sec) 滞在深度流速 (vp) (cm/sec) ε1 (cm/se) ε2(R15の場合) (cm/se) ε2(R16の場合) (cm/sec)
29043 12 1.45 182.0 13.4 1.2 1.3 0.7
29043 11 0.06 161.9 9.2 0.0 1.1 0.7
29051 6 1.50 41.0 5.2 0.3 0.3 0.2
29051 12 0.05 33.1 2.9 0.0 0.2 0.1
表4:実際のデ−タから算出した誤差
Table 4: Estimated errors in case of the large drifting velocity at the sea surface and small drifting velocity.

ところで、2.1で示したARGOSシステムにおける位置測定誤差は、滞在深度流速に、 最大で1km * 1000m * 1000cm / ((225hour − 6.5hour) * 3600sec) = 0.1cm/secの誤差を 生じさせる。この誤差をε0とする。 海面、海洋内部の流れがすべて同じ方向に流れていると仮定しているため、誤差ε1とε2は同じ向きの値となり、単純に加算して(ε1 + ε2)である。ε0と(ε1 + ε2) は、独立した 事象の誤差の和であるため、(ε02 + (ε1 + ε2)2) (1/2) であると見積もることが出来る。また、 浮上時と沈降時の両方に誤差が生じるが、浮上時、沈降時の流れの向きも同一方向である と仮定すると、滞在深度流速に与える誤差全体は ε= {2 * (ε02 + (ε1 + ε2)2)}(1/2)であると 評価できる。

従って、真の滞在深度流速はvp = vp' − ε と見積もることができ、ここで求められた 真の滞在深度流速に対する誤差の割合を求めると表5を得る。なお、表5におけるε2の評 価にはR15(=65527)を用いた。この結果によるとARGOSシステムから得られた位置をその まま用いると滞在深度の流速を10%〜25%過大評価していると言うことが出来る。また、 浮上時刻から浮上後最初の位置測定時刻までの時間が1.5時間程度の場合、浮上時刻から浮 上後最初の位置測定時刻までの時間に海面で漂流してしまうために生じる誤差ε1と、浮上 中に漂流してしまうために生じる誤差ε2は同じ程度であると考えられる。すなわち、海面 で漂流してしまうために生じる誤差ε1を取り除くことによって、誤差の約半分を除くこと が出来る。

WMO ID Prof No. 浮上時刻から浮上後最初の位置測定時刻までの時間 (hour) 海面流速(vs) (cm/sec) 滞在深度流速 (vp) (cm/sec) ε={2*(ε02+(ε12)2)}(1/2) (cm/sec) 真の滞在深度流速 (vp) (cm/sec) ε/ vp (%) ε0/ vp (%) ε1/ vp (%) ε2/ vp (%)
29043 12 1.45 182.0 13.4 2.5 10.9 23 1 11 12
29043 11 0.06 161.9 9.2 1.2 8.0 15 1 1 14
29051 6 1.50 41.0 5.2 0.6 4.6 12 2 6 6
29051 12 0.05 33.1 2.9 0.3 2.6 10 4 0 9
表5:滞在深度流速に対する誤差の割合
Table 5: Error ratio for the cases listed in table 4.

ところで、誤差ε1には、海面流速と、浮上時刻から浮上後最初の位置測定時刻までの時 間が影響するが、海面流速は変えることはできないため、誤差ε1を左右するのは浮上時刻 から浮上後最初の位置測定時刻までの時間である。ここで、浮上時刻から浮上後最初の位 置測定時刻までの時間を0にするには、浮上位置が測定できれば良い。しかし、現在の ARGOSシステムでは浮上位置を測定できる可能性は低いので、フロートが海面漂流中に ARGOSシステムにより測定された位置情報を元に位置の外挿を行うことで浮上位置を推 測することができれば浮上時刻から浮上後最初の位置測定時刻までの時間を0に近づける ことができる。また、今後もしARGOSシステムに使用する衛星数が増えることになれば、 衛星がフロートの上空を飛来する頻度が高くなり、現在約1時間かかっている浮上時刻か ら浮上後最初の位置測定時刻までの時間を少なくすることができるため、位置の外挿精度 を良くすることができるであろう。さらに、フロ−トにGPSを搭載することができれば、 フロートがGPSにより浮上位置・沈降開始位置を得て、それを観測データと共に送信する ことで、浮上時刻から浮上後最初の位置測定時刻までの時間をなくすことができる。すな わち誤差ε1が発生しなくなる。

また、誤差ε2については、海面流速と滞在深度流速の差、及び、海洋中の流速鉛直分布 は人工的に変えることができないが、浮上速度を早くすることができれば、浮上にかかる 時間が短くすることになり、誤差を少なくすることが可能である。さらに、同化システム の利用、及び、海洋中のフロ−ト数の充実などにより海洋内部の流速鉛直分布が分かるよ うになれば、浮上中にフロートが漂流した距離を算出することができ、誤差を減らすこと が可能となる。

4. まとめ

現在のARGOSシステムではフロ−トの海面浮上直後および沈降開始直前に衛星が位置 測定を行わない限り浮上位置、沈降開始位置は不明である。また、フロ−トの浮上中・沈 降中にフロ−トが流される距離も海洋内部の流速鉛直分布がわからないため不明である。 このことから分かるように、滞在深度における流速には誤差が含まれてしまうのはやむを 得ない。しかし、現在のARGOSシステム及びアルゴフロ−トの仕様においてこの誤差を なるべく小さくするには、位置の外挿により浮上位置・沈降開始位置を推測することが最 も有効な手段である。ARGOSシステムにより測定された位置情報を用いて浮上位置・沈降 開始位置を外挿する手法の検討を行うことが今後の課題である。

参考文献

  1. Davis, R. E., Webb, D. C., Regier, L. A. and Dufour, J., "The Autonomous Lagrangian Circulation Explorer (ALACE)", J. Atm. And Oceanic Technol., 9(3), 264−285 (1992).
  2. Davis, R. E., "Preliminary results from directly measuring middepth circulation in the tropical and South Pacific", J. Geophys. Res., 103(11), 24,619−24,639(1998).
  3. Riser, S. C., "An Examination of the North Atlantic Circulation Using PALACE Floats", 1998 U.S. WOCE Report, 10 22−25(1998).
  4. 四竃 信行, 岩尾 尊徳, 金子 郁雄, "中層フロ−トによる西部亜熱帯域の中層循環観 測", 2000年度海洋学会秋季大会講演要旨集, 72(2000).
  5. 水野 恵介, "高度海洋監視システム(ARGO計画)について", 日本造船学会誌, 854, 485 −490 (2000).
  6. CLS/Service Argos, Users Manual 1.0. (CLS/Service Argos, Inc., January 1996).