高品質気候学データセット(HydroBase)を用いた アルゴデータの品質管理 I

小林大洋1、市川泰子1、高槻靖2、須賀利雄1、 岩坂直人1、安藤健太郎2、水野恵介2、四竃信行1、竹内謙介1

要旨

アルゴ計画により、海洋の表・中層をリアルタイムかつ高密度に観測することが可能とな る。しかしながら、漂流中のフロートに搭載されたセンサーの状況を直接把握することは 困難であり、センサー感度に経時変化が生じても、その原因を突き止めることは難しい。 アルゴデータの品質管理を行う方法として最も現実的なのは気候学データと比較すること である。海洋科学技術センターと地球観測フロンティア研究システムでは、気候学データ セットとしてHydroBase (Macdonald et al., 2001)を用いて、独自の気候学データベース を作成し、高い精度でのアルゴデータの品質管理を行う。そこではHydroBaseの高精度 データセットとしての特徴を利用するとともに、精度の高い観測データを選抜する品質管 理手法を応用している。ここでは、現在までに研究・開発が終了した品質管理手法につい て紹介する。

キーワード: アルゴ計画、品質管理、HydroBase

Quality control of Argo data based on high quality climatological data set (HydroBase) I

Taiyo Kobayashi3, Yasuko Ichikawa3, Yasushi Takatsuki4, Toshio Suga3, Naoto Iwasaka3, Kentaro Ando4, Keisuke Mizuno4, Nobuyuki Shikama3, and Kensuke Takeuchi3

Abstract.

By the Argo project, a huge number of T-S profiles can be observed in the world ocean. However, it is very difficult to research changes of the sensitivity of the sensors equipped at the Argo floats, because it is difficult to understand their condition in the sea. One of the most realistic methods for quality control of the Argo data is the comparison with the climatology in the deep layer. JAMSTEC/FORSGC uses the climatological data set, HydroBase (Macdonald et al., 2001) for the quality control. We attempt to check the Argo data with higher quality based on the two advantages of HydroBase, its high quality climatological data set and its excellent quality control method. We explain some of the quality control methods of the Argo data which have been developed.

Key words: Argo project, Quality Control, HydroBase

1 地球観測フロンティア研究システム 気候変動観測研究領域
2 海洋科学技術センター 海洋観測研究部
3 Frontier Observational Research System for Global Change, Climate Variations Observational Research Program
4 Japan Marine Science and Technology Center, Ocean Research Development


1.はじめに

2000年に開始された国際プロジェクトであるアルゴ計画により、海洋の表・中層をリア ルタイムかつ高密度に観測することが可能となる(たとえば水野, 2000)。観測にはアルゴフ ロートが用いられ、このフロートが約10日おきに滞在深度(約2,000m)から海面まで浮上 する際に、搭載された水温および電気伝導度センサーにより水温・塩分の鉛直分布を観測 する。アルゴ計画では世界中の海洋に約3,000本のフロートが投入されることになってお り、年間約10万件という膨大な量の水温・塩分プロファイルが得られることになる。

船舶による観測と異なり、アルゴフロートによる観測では、海中投入後の搭載センサー の状況を直接把握することが難しい。従って、フロートが海洋中を長期にわたって漂流す る間に、センサー感度に経時変化が生じても、その原因を突き止めることは非常に困難と なる。そのため、アルゴフロートにより取得されたデータ(アルゴデータ)の品質を評価す ること、そして可能ならば補正する方法を模索し、より高品質なデータを得ることは、現 業・研究の双方にとって極めて重要である。また、この一連の作業を、限られた時間内に、 大量のデータに対して行う必要に迫られる。従って、アルゴ計画の成否は、効率よくデー タの品質管理を行うことができるか否かにかかっているともいえる。

アルゴデータの品質評価や補正を行う際に、時空間的に近傍で行われた船舶観測データ を基準として用いる方法が最良であることは言うまでもない。しかし、全てのアルゴデー タに対してこの方法を適用することは不可能であり、これに代わる何らかの方法を確立し なければならない。一般に海洋深層は、水温・塩分ともに比較的安定であるものと考えら れている。そこでアルゴデータの深層部分を気候学データと比較することによって、デー タの品質評価および補正を行う方法が、最も現実的であると考えられており、国内外の他 機関の多くでもこの方針を採用している。たとえば、ワシントン大学ではWorld Ocean Database 1998の採水およびCTDデータを使って塩分データの修正を行う方法の研究が 進められている(Wong et al., 2001)。また、オーストラリア連邦科学産業研究機構(CSIRO) では、観測点近傍で行われた1995年のWOCE-CTDデータを用いて塩分値の修正を行っ ている(CSIRO, 2001)。

気候学データセットとしてはS. Levitus博士らにより編集されたWorld Ocean Atlas 1998 (WOA98)などが良く知られている。海洋科学技術センター海洋観測研究部と地球観 測フロンティア研究システム(JAMSTEC/FORSCG)ではアルゴデータの品質管理を行う に当たり、その基準に用いる気候学データセットとして、このWOA98とHydroBase (Macdonald et al., 2001)の2つを採用することにした。HydroBaseとは、Macdonald et al. (2001)がWOA94の各層データを元に独自の品質管理を施して編集した各層観測データセ ットおよびこれらデータの処理ソフトウェアからなるデータセットシステムであり、一般 に公開されている。HydroBaseは高品質なデータセットであるとして知られているだけで なく、その品質管理手法も、データセットが高い精度を保つことができるように工夫され ていると同時に、可能な限り自動化がなされている。そこで、JAMSTEC/FORSCGでは、 HydroBaseの持つ気候学データセットとしての高い精度と、質の高い観測データだけを選 抜する品質管理手法を応用する事によって、アルゴデータの品質管理を極めて高い精度で 行うことを目指す。ここでは、我々が行う品質管理手法の詳細、およびその現状について 報告する。

2. 気候学データセットの作成

アルゴデータの品質管理および修正を行うにあたり、その基準となる気候学データセッ トは可能な限り大量・高品質であることが望ましい。そこで、北太平洋におけるHydroBase の品質管理済データ(HydroBaseデータ)に加えて、2001年4月1日現在で公開されてい るWOCE/WHPのOne-Time及びRepeat Section CTDデータ(WOCE-CTDデータ、な おこれ以外のCTDデータを一部含む)を北太平洋におけるアルゴデータ品質管理用の気候 学データセットとして採用した。

2.1. HydroBaseデータ

HydroBaseデータは、基本的に全てのデータを採用する。
ただし、一部海域では不良データが含まれていたので、目視による品質管理を施して削 除した(海域1013, 1213, 1215, 1313, 1314, 1315, 1414, 1415, 1416, 1515, 1516, 7314)。 また、インドネシア多島海内部のスル海深層では、この海域における水塊特性を無視した 品質管理が施されていた。そこで、スル海における観測生データからMacdonald et al. (2001)と同様の品質管理を施して新たに高精度データを作り直し、元データと入れ替えた (海域1011, 1012, 1112)。また、HydroBaseデータには、一部データの抜け落ちている海 域(海域7312)、品質管理済データが存在しない海域(海域1617)も見られた。そこで、これ ら海域の生データに品質管理を施し、元データに加えた。

2.2. WOCE-CTDデータ

WOCE-CTDデータ(多くは1dbarもしくは2dbar間隔)は、品質フラグが"good"もしく は"raw"であるものだけを利用した。なお、品質フラグが"good"であっても、周囲の状況か ら判断して異常と考えられるデータが一部に見られたので、目視による品質管理を施して これらの異常データを削除した。

前述したように、アルゴデータの品質管理に用いる気候学データセットは可能な限り大 量・高品質であることが望ましく、WOCE-CTDデータはこれらの条件を十分に満足して いる。さらに気候学データが満たすべき条件として、気候学的な状況を良く反映している ことがあげられる。WOCE-CTDデータは、観測時期が限られている上、そのほとんどは 1回限りのsnap-shot的な観測であるので、この条件を満たすとは限らない。むしろ、大 量のデータであることが災いし、品質管理用の気候学データがWOCE観測の行われた時 期の海洋状況に大きく左右されることがあり得る。そこで、WOCE-CTDデータは10dbar 間隔に間引いてその比重を下げ、またHydroBaseデータを参考にして気候学的に極めて 稀と判断できるデータはあらかじめ取り除いた。

最終的に北太平洋用アルゴデータ品質管理用の気候学データとして使用した HydroBaseデータは約11万5千点、WOCE-CTDデータは約3500点であり、その観測 点の分布を図1に示す。


Fig. 1: Horizontal distribution of the climatological data for quality control of Argo data in the North Pacific.
図1: アルゴデータの品質管理に用いる気候学データの分布(北太平洋)。

3. アルゴデータ品質管理用の基準データの作成

気候学データセットを用いて、アルゴデータ品質管理用の基準データを作成する。その 際、HydroBase編集時の品質管理方法をほぼ踏襲した。これにより、HydroBaseの利点 を最大限に活用できるものと期待される。その作業手順は以下の通りである。

3.1. 海域区分

観測点の分布密度および水塊分布を考慮して、北太平洋を数多くの小海域に分割する。 1000 m以深の深層では、水塊の空間的な変化が表層ほど大きくないので、海底地形を考 慮した比較的大きな海域区分を用いることとし、10×10度格子を基本に海域を分割した。 なお、観測数が少ない海域で水塊構造が空間的に大きく変化するような場合は、後者を優 先して(ある程度)細かな海域区分を用いている。

図2および3に北太平洋西部、日本近海における海域区分を示した。密な観測の行われ ている(図1参照)日本近海では、非常に細かい(その多くは1度×1度)海域区分を設定して いる。これに対し、亜熱帯循環の内部領域や熱帯域などでは、観測数が少ないこと、水塊 の空間的な変化が乏しいことなどの理由により、海域区分は非常に大きくなっている(最大 で東西20度×南北5度)。なお、区分海域の総数は、表層(1000 m以浅)では約800、深層 では約100である。


Fig. 2: Horizontal geographical binning for quality control of Argo data in the western North Pacific. The light-green-hatched area represents the area shown in Fig. 3.
図2: 西部北太平洋における区分海域の分布。薄緑の領域は図3で示される領域を示す。


Fig. 3: Same as Fig. 2 but for the neighborhood of the Japan.
図3: 日本近海における区分海域の分布。

海域区分は試行錯誤の結果であるが、その区分方法は、アルゴデータ品質管理用データ ベースの構築・更新・運用・管理などの作業を容易にさせるため、次のような規則に従っ ている。

基本小海域として用いた1度×1度の格子状海域は、大洋内部における水塊構造の空間変 化を記述する際の最小単位として、ほぼ十分な細かさを持つ。また、この格子状海域を任 意の直線で分割できるようにしたことにより、列島(海底山脈)・半島・湾などの陸岸・海 底地形によって分けられた海域を正確に表現できるようになった(後述)。

3.2. 各区分海域における水塊特性の数値化

区分された小海域のそれぞれに対して、あらかじめ設定された密度ビン(海域により異な るが20程度)毎に水温・塩分の平均値を計算する。この際、各密度ビンにおける観測デー タ数(平均を求める際の標本数)が30以下とならないように注意し、多くの密度ビンで30 以下となる場合は、密度ビンの設定や海域区分に変更を加えた。ただし、水塊構造の空間 変化を再現することを優先しているので、一部海域の密度躍層などでは例外的に観測デー タ数がこの値を下回る場合がある。

各密度ビンの水温・塩分の平均値を連続的に直線で結ぶことにより、平均的なT-Sプロ ファイル(の構成要素)を密度ビン毎に計算する。さらに、そのプロファイルの(塩分)変動量 を密度ビン毎に算出する。その結果、小海域毎に水塊の平均(気候学)的なT-Sプロファイ ルとその変動幅が得られ、水塊の空間的な分布を数値化することができる(図4、表1)。


Fig. 4: An example of the digitized T-S structure of the water-mass based on the climatological data.
図4: 数値化された、区分海域におけるT-S構造(例)。

sbin-u sbin-l Tmean Smean T/S slope y-cept Std.D. data #
1 18 22 28.606 34.574 T -0.02643 35.33 0.1233 43
2 22 22.5 27.46 34.605 T -0.01455 35.004 0.1588 89
3 22.5 23 26.084 34.611 T -0.03859 35.618 0.1626 119
4 23 23.5 24.758 34.709 T -0.03043 35.462 0.1534 94
5 23.5 24 22.891 34.708 T -0.03346 35.474 0.1301 81
6 24 24.5 21.251 34.826 T -0.04729 35.831 0.1062 123
7 24.5 24.9 19.685 34.86 T 0.00039 34.852 0.0778 278
8 24.9 25.3 18.078 34.825 T 0.03425 34.206 0.0437 612
9 25.3 25.65 16.423 34.748 T 0.06268 33.719 0.0336 634
10 25.65 26 14.263 34.586 T 0.07493 33.517 0.0332 351
11 26 26.4 11.525 34.381 T 0.07021 33.572 0.0326 360
12 26.4 26.7 8.507 34.182 T 0.05306 33.73 0.0371 331
13 26.7 26.95 5.987 34.087 T 0.00062 34.084 0.0298 311
14 26.95 27.2 4.551 34.179 T -0.09135 34.595 0.0406 463
15 27.2 29 3.759 34.291 T -0.15107 34.859 0.0339 138
16 36 36.85 2.674 34.463 T -0.15681 34.882 0.0143 1939
17 36.85 38 1.582 34.632 T -0.14752 34.866 0.0044 1905
18 45 45.87 1.227 34.676 T -0.11702 34.82 0.0027 1404
19 45.87 48 1.084 34.69 T -0.09867 34.797 0.0021 1524
Table 1: An example of the digitized T-S structure of the water-mass based on the climatological data.
表1: 数値化された、区分海域におけるT-S構造(例)。

3.3. 水塊特性の季節変化の取り扱い

夏季における加熱や冬季の冷却などの影響を受け、海洋表層の水塊構造は季節的に変化 すると考えられる。これらの変化量は海面において最大で、深くなるにつれて小さくなり、 ある深さからはそれ以外の理由で生じる変動成分との区別が付かなくなるものと考えられ る。そこで、どの程度の密度レンジまで季節変動が及んでいるかを事前に調べた(小林ら, 2001)が、明確な結論は得られなかった。そのため、全ての海域および密度レンジで、通 年および冬(1-3月)、春(4-6月)、夏(7-9月)、秋(10-12月)の4季節毎に品質管理用基準デ ータを用意し、2段階の品質管理を行うことができるようにした。

ただし、我々が運用する品質管理用データベースでは、得られたアルゴデータが気候学 的に妥当なものかどうかを判断することを優先している。そのため、実際に4季節の全て で精度良い品質管理を行うことが可能な海域は、密な観測が行われている日本近海や北米 大陸沿岸の一部に限られる。

3.4. HydroBase的な品質管理方法の利点

以上見てきたように、HydroBase的な品質管理方法を用いることによって、水塊の気候 学的な構造を求める海域の広さを観測数に(ある程度)依存させることが可能となる。その 結果、密な観測が行われる(多くの場合、前線域などの水塊構造の空間的な変化が大きい) 海域では、空間分解能の非常に高い品質管理が可能となる。この点は、空間分解能が海域 によらずほぼ一律で、強い平滑化操作が行われているWOA98等とは大きく異なる点であ る。

また、WOA98など多くのデータセットでは、水塊の気候学的な構造を求める際に、等 深面に沿って平均操作が施されていることが多い。この方法では、密度面が傾いているよ うな場合に、密度の異なる水同士の平均操作が行われ、非現実的な「平均」水塊が生成さ れることが指摘されている(Macdonald et al., 2001)。HydroBaseでは等密度面に沿って平 均操作を行うので、この問題を避けることができる。これがHydroBase的品質管理法の 最大の特徴である。

アルゴデータ品質管理用の基準データを作成するに当たり、HydroBaseの高精度気候学 データセットとしての特徴と、優れた品質管理手法を最大限に活用した。また、以下で述 べるように問題となる点は改良を行っている。そのため、JAMSTEC/FORSGCのアルゴ データ品質管理システムは、非常に高い精度で品質管理を行うことができるものと期待さ れる。

以下では、具体的な海域区分について、いくつかの例を挙げて説明する。

3.4.1. 千島列島周辺海域

オホーツク海内部と太平洋亜寒帯では、千島列島を境にして水塊の性質が大きく異なる ことが知られている(たとえば大谷, 1989)。しかし、Macdonald et al. (personal communication)では千島列島をまたぐ海域区分を用いて品質管理が行われている(図5a)。 これでは、2つの異なる水塊(図6a)を含んだ形で基準データを作成することになり、次の ような問題が生じて品質管理の精度を下げることになる。


Fig. 5: An example of the improvement of the geophysical binning in the area 1415. (a) Macdonald et al. (personal communication) and (b) this study.
図5: 海域区分の改良例。(a) Macdonald et al. (personal communication)と(b)本研究。


Fig. 6: T-S diagram of the climatorogical data in (a) the area 1415_Dh of Macdonald et al. (2001) and (b) the areas 1415_nwDh (red) and 1415_seDh (blue) of this study.
図6: 気候学データのT-S分布。(a) Macdonald et al. (2001)における1415_Dh海域と(b) 本研究における1415_nwDh海域(赤)および1415_seDh海域(青)。

基準データに大きなばらつきが含まれている場合、その海域は変動が激しいと認識され るので、観測データに大きな変化が生じても許容されうる。従って、アルゴデータの品質 管理の精度は低下する。また、水塊の異なる海域での観測数に大きな差がある場合、品質 管理基準は観測が多い方に偏ることになる。その場合、観測数の少ない側で得られたデー タは、水塊特性の異なる海域で作られた基準による品質管理が行われることになり、正常 なデータであっても「異常」データと判定される可能性がある。

そこで、我々は基準データ作成の際に千島列島を境にして海域を分け、オホーツク海と 太平洋を区分できるようにした(図5b)。これにより、2つの水塊を明確に区分することが でき(図6b)、より精度の高い品質管理が可能となった。

3.4.2. 赤道周辺海域

熱帯域では観測数が少ないため、一般的に非常に大きな海域区分が用いられている。 しかし、26.7σ0より軽い密度層では、ほぼ0.5Nを境にして水塊特性が非常に大きく変 化する(図7)。この水塊特性の空間変化を表現するため、各密度ビン内の観測データ数が少 なくなっても、赤道付近に非常に南北幅の狭い海域区分を設定した。


Fig. 7: T-S diagram of the climatorogical data in the areas 0-0.5N (red) and 0.5-2.5N (blue) in the tropical region of 160-170E.
図7: 160-170Eにおける気候学データのT-S分布。赤は0-0.5Nのデータを、青は 0.5-2.5Nのデータを示す。

4. アルゴデータの品質管理

現在までに行った研究により、いくつかの品質管理手法について、その方針がほぼまと まり、その特性も明らかになった。以下ではこれらの手法について説明する。なお、本稿 で用いるアルゴデータの観測点分布を図8に示す。


Fig. 8: Horizontal distribution of the observations by the Argo floats (WMO 29032, 29033, 29034, and 29035). Note that the location of the profile number 11 of WMO29033 was not measured.
図8: アルゴフロートによる観測点分布。WMO29033の11回目の観測点はデータ欠落に より不明。

4.1. フロートデータのT-Sクラスターの時間変化に基づいた品質管理

同一フロートによって得られたデータ群をT-S図上に描き、その集団としての時間変化 を追うことによりセンサー感度の経時変化を調べる方法である。

図9は、この手法をWMO29033のデータに適用した場合の結果である。このフロート は夏季の約3ヶ月間、フロートの浮上能力が不足した(伊澤ら, 2001)ために海表面まで浮 上することができなかった。この期間のことを我々は「夏休み」と称しているので、本稿 でもこの用語を用いる。深層部分に注目すると、「夏休み」後(12回目以降)はその前と比 べて0.02 psu程度塩分が高くなっていることが分かる。「夏休み」期間中は海面近くを漂 流していたと考えられるため、フロートの観測点は比較的離れている(図8参照)が、気候 学データから判断する限り深層における塩分変化は非常に小さい。従って、この高塩化は フロートに搭載されたセンサーの感度に経時変化が生じたためであると考えられる。

また、WMO29032フロートへの適用結果が図10である。このフロートも9回目頃から 徐々に塩分が高くなり始め、11回目以降は投入直後に比べて約0.02-0.03 psuほど高塩な 値を示している。このフロートはほとんど同じ海域を漂流している(図8参照)ため、これ は明らかにセンサー感度の経時変化が原因であるといえる。


Fig. 9: T-S diagram of the observed data by Argo float, WMO 29033. The red, blue, and green circles show the profiles of #1-10, #12-19, and #20-28, respectively.
図9: WMO29033データのT-S分布。赤、青、緑は1-10回目、12-19回目、20-28回目の 観測データを示す。


Fig. 10: T-S diagram of the observed data by Argo float, WMO 29032. The red, blue, green, and light-blue circles show the profiles of #1-8, #9-10, #11-13, and #14-15, respectively.
図10: WMO29032データのT-S分布。赤、青、緑、淡青は1-8回目、9-10回目、11-13 回目、14-15回目の観測データを示す。

見てきたように、この方法は非常に原始的かつ簡単である。また、0.02 psu程度のセン サー感度の経時変化を十分に判別できることから、かなり高い精度で品質管理を行うこと ができると考えられる。しかし、全ての作業を人間が行う必要があり、大量のデータ処理 には向かない、作業者の熟練度によって品質管理の精度に差が生じる、等の問題がある。

4.2. 海域毎の気候学的水塊情報に基づいた品質管理

前節で求めた海域毎の水塊特性情報に基づいて、気候学的に異常と見られるアルゴデー タを判別する方法である。

図11はWMO29034および29035フロートによる観測データを、該当する1214_Dh 海域における気候学的水塊情報と比較した例である(図8参照)。緑色の線分群は、気候学 的T-Sプロファイルから変動量(標準偏差)の2倍だけ塩分値がずれた場合を示し、観測デ ータが正規分布をしているならば、およそ95%がこの範囲内に存在する。つまり、アルゴ データが、この範囲内に存在すれば、そのデータは気候学的に異常な(稀な)ものではない と判断することができる。明らかなように、WMO29035のデータが大きく外れている。 このフロートはハードウェアの不具合により、投入直後から異常な塩分値を通報してきて いたが、この方法でもデータが異常であると判断できる。

また図12はWMO29032および29033の観測データを1314_1h海域の水塊情報と比較 した場合である(図8参照)。WMO29032データには、センサー感度に経時変化が生じる前 後のデータが含まれているが、どちらも「気候学的に異常ではない」と判断されている。 この海域では約1500 dbarでのT-Sプロファイルの変動量(標準偏差)は0.017 psuである ため、0.02 psu程度の塩分ドリフトを判別することはできない。


Fig. 11: An example of quality control results by the method 4.2. The black and light-blue circles show the observations by WMO 29034 and 29035, respectively.
図11: 品質管理手法4.2の適用例。黒、薄青はWMO29034および29035のデータ。


Fig. 12: An example of quality control results by the method 4.2. The red and green circles show the observations by WMO 29032 and 29033, respectively.
図12: 品質管理手法4.2の適用例。赤、緑はWMO29032および29033のデータ。

つまり、この方法は非常に簡便ではあるが、明らかに異常な観測データに対して有効に 働くにすぎず、センサーの経時変化によって生じたような微少な塩分ドリフトをとらえる ことは難しい。しかし、逆にこの手法で異常と判定されたデータは、それ以降の高精度の 検討を必要としない。つまり、最初に行う品質管理法としては極めて有効といえる。

4.3. 気候学平均値からの塩分偏差の時間変化に基づいた品質管理

アルゴフロートに搭載されたセンサーが経時変化を起こした場合、その影響は海域によ らず観測データ全体に及び、プロファイル全体が高塩方向もしくは低塩方向にドリフトす るものと考えられる。そこで、観測の行われた海域の気候学的平均T-Sプロファイルを基 準とし、それからの塩分の偏差量を計算する。この時間変化を調べることで、センサー感 度の時間変化を検知できるものと考えられる。

この手法をWMO29033に適用した結果が図13aである。何カ所か塩分偏差が大きく変 化している。これはフロートが別の区分海域へ移動したために、基準となる平均T-S構造 が変わり、それに引きずられて出現した見かけ上の変動である。深層部分に注目すると、 センサー感度に経時変化が生じる前(10回目まで)は、0を中心とした比較的小さい値を示 している。これに対し、それ以降は気候値に対して0.02 psu程度高塩な値をほぼ連続的に 示している。しかし、密度の高い部分は比較的高塩分を示すのに、比較的軽い部分は低塩 側に振れるなど、鉛直的な変化も比較的大きい。

全体的な様子を見るために、図13bには表層および深層での塩分偏差の平均値およびそ の標準偏差を時系列で示した。「夏休み」前は、深層部の塩分偏差はほぼ0に近く、多少 大きく振れたとしても再び0に回帰している。これに対し、センサーに経時変化が生じた 後は、正の値を保ち続け、0に回帰することはほとんどない。これは細かい海域区分で見 た場合に特に顕著である。そのため、「夏休み」の前後でセンサー感度に変化が生じて 0.02-0.03 psu程度高塩方向にドリフトが生じた、と判断することができる。


Fig. 13: Results of quality control by the method 4.3 for WMO 29033. (a) Time series of salinity deviations from the local climatology in the layers above 1000 m (upper panel) and below 1000 m (fine/coarse geophysical binning: middle/lower panel), respectively, and (b) their averages and standard deviations. The open/filled triangles represent the change of the fine/coarse geophysical binning, respectively.
図13: 品質管理手法4.3をWMO29033データに適用した結果。(a)塩分偏差の時系列(上: 表層1000 m以浅、中:深層1000 m以深・細かい海域区分適用、下:深層1000 m以深・ 粗い海域区分適用)。(b)塩分偏差の平均および標準偏差。△および▲は、海域区分の変 更(細かい/粗い)を示す。

また、WMO29032に適用した結果が図14である。やはり表層では海域移動による変動 や、一時的な高塩分(6回目の観測)等が見られるが、深層部の変動は比較的落ち着いている。 深層部では、細かい海域区分および粗い海域区分のいずれも、10回目頃の観測から高塩分 側に遷移していることが認められる。これは平均値の変化でも認められ、それまでは正負 に大きく振れても0に回帰していたが、10回目以降は回帰していない。この結果は、4.1. の手法とほぼ同じ結果であり、この手法がセンサー感度の経時変化の発見に有効であるこ とを示すといえる。


Fig. 14: Same as Fig. 13 but for WMO 29032.
図14: 品質管理手法4.3をWMO29032データに適用した結果。図13に同じ。

細かい海域区分を用いると、センサー感度の変化に比較的敏感に反応するが、反面フロ ート移動に伴う基準T-Sプロファイルの変化が頻繁になり、センサーの経時変化のシグナ ルが隠れてしまいがちである。これに対し、粗い海域を用いた場合は、基準となる海域平 均T-S構造の代表性が十分でないためか、鉛直方向に逆の偏差が現れる傾向が見られる。 そのため、平均値は細かい海域区分に比べて0に近い傾向が強い。しかし、フロートの移 動による影響を受けにくいので、変化が小さく値が安定しており、長期の傾向を見るのに は適している。

また、表層部分で計算された気候値からの塩分偏差は、時間的な変動が非常に大きく、 それ単独ではセンサー感度の変化を検出することは難しい。つまり、フロートによって得 られたプロファイルが1000 m以浅に限られているような場合、この方法でセンサー感度 の経時変化を検出することは困難である。

4.4. フロートデータの自己統計値に基づいた品質管理

図9および10で見たように、アルゴフロートによる観測結果はばらつきも小さく、搭 載センサーは非常に安定している。そこで、同一フロートによって観測された過去数回分 のデータからこの間の平均T-S構造とその変動量を(気候学的な平均値を求めたのと同じ ように)計算する。新たに得られたデータがこの情報から予想される範囲内(許容量±2σ) にない場合は、そのデータは過去のものとは異質のデータであるといえ、センサー感度の 変化を検知できるものと考えられる。

図15は、WMO29033に対して、過去6回(約3ヶ月)の観測結果を基準として、自己統 計値による品質管理を行った場合の結果である。「夏休み」前には、基準からはねられたデ ータは全体の10%程度以下にとどまっているのに対し、その直後である12回目の観測デ ータは深層部分を中心に30%以上のデータがはねられている。つまり、「夏休み」期間中 にセンサー感度に変化が生じたものと判断することができる。判定に用いられたデータの 標準偏差の時間変化を見ると、それまでは深層で0.006 psu程度の比較的安定した値を示 していたのに、13回目以降は0.02 psu程度と急激に大きくなっている。このことも、12 回目のデータはそれ以前のデータとは異質のものであることを示す。標準偏差が大きくな った結果、13回目以降の判定基準は緩くなり、はねられるデータの数は急速に減少する。 つまり、この手法で現れるセンサー感度の変化のシグナルは一過性であり、蓄積されない。 また、20回目のデータにもセンサー感度の変化らしきシグナルが現れている点も注目であ る。図9では、明瞭ではないが塩分ドリフトらしきものを認められ、センサー感度が変化 した可能性がある。


Fig. 15: Results of quality control by the method 4.4 for WMO 29033. (a) Time series of expected (black) and unexpected (red) data above 1000 m (upper panel) and below 1000 m (lower panel), (b) the ratio of the unexpected data, and (c) standard deviations of salinity used for the check, respectively.
図15: 品質管理手法4.4をWMO29033データに適用した結果。(a)予測内(黒)および予測 外(赤)のデータの密度分布(上:表層1000 m以浅、下:深層1000 m以深)。(b)予期外デー タの率。(c)判定に用いた標準偏差の時系列。

また図16はWMO29032に対して過去5回(約5ヶ月)の観測結果に基づいて品質管理を 行った場合である。4.1.及び4.3.の品質管理法では、9もしくは10回目の観測からセンサ ー感度に変化が生じ始めたとの結果が得られているが、この品質管理方法では、9回目、 10回目ともにはねられたデータは20%以下であり、その前後と比べても際だって多いと はいえない。また、標準偏差にもほとんど変化が現れていない。つまり、これらの指標だ けでセンサー感度の変化のシグナルを検出するのは困難である。ただし、10回目にはねら れたデータは深層部分に多く(図16a)、これをセンサー感度の変化のシグナルと捉えるこ とは可能である。


Fig. 16: Same as Fig. 15 but for WMO 29032.
図16: 品質管理手法4.4をWMO29032データに適用した結果。図15に同じ。

つまり、データの異常値の割合や標準偏差の値の変化だけでなく、異常データの存在す る密度なども判断材料として用いなければならない。しかしWMO29032の場合のように、 搭載センサーの感度がゆっくりと変化するような場合、この手法でその経時変化を見つけ だすのは難しくなるものと考えられる。

また、この方法はフロートの観測した値そのものに反応する。そのため、センサー感度 の経時変化だけでなく、フロートが大きく移動するなどして、観測される水塊構造が変化 した場合にも反応してしまう(たとえばWMO29032の6、14回目のデータなど)。そのた め、前線域など水塊構造の時空間的な変化の大きな海域ではうまく働かないと予想される。

以上、現在までに評価の済んだ4つの品質管理手法の詳細について述べた。これらには それぞれ長所と短所があり、確実な方法というものは見いだせない。また、4.2.-4.4.の手 法は原理的に自動化が可能であるが、その具体的な判定基準の設定には至っていない。従 って、当面の間は人間が品質管理作業を行わなければならないが、4.2.の手法により明ら かな異常値を排除した後、4.3.や4.4.の手法でフロートデータがおかしい、もしくはセン サー感度に何らかの変化が生じた、との判断に至った場合、4.1.の手法でその是非につい て判定を下すのが最も効率良く作業が行えるものと考えられる。

5. 今後の予定

 現在まで我々が運用したアルゴフロートは、本数も少ない上、投入してからの期間もそ れほど長くはない。そのため、アルゴデータの品質管理システムを構築するために必要な、 観測データのサンプル数の不足は否めない。従って、今後発生する問題に対処していくこ とにより、ここで示した手法を検討し、必要に応じて改良を施さなければならない。

 それとは別に、大量のデータを迅速に処理できるよう、システムを改良して半自動的な 品質管理を行えるようにする計画である。当然のことであるが、新たな品質管理の方法の 研究・開発やその評価は引き続き行っていく。

また、用いているHydroBaseデータには最近のものが少なく、多くの海域では1970年 代までに行われた(あまり精度の高くない)観測結果に基づいて品質管理基準が計算されて いる。そのため、気候学データ自体の更新も必要であろう。

HydroBaseを用いたアルゴデータ品質管理用データベースは、現在のところ北太平洋版 のみ完成しているが、JAMSTEC/FORSGCで計画中のアルゴフロート展開計画に合わせ て、インド洋・南太平洋にも拡張する予定であり、現在構築作業が進められている。

謝辞

WOCE/WHPのOne-TimeおよびRepeat Section CTDデータのうちP2断面およびP1 再観測断面データは深澤理郎博士(JAMSTEC)から、P13J断面データは川辺正樹助教授(東 京大学 海洋研究所)を通じて入手いたしました。また、これらCTDデータのHydroBase 形式への変換および品質のチェックは、東北大学 理学部 地球環境物理学講座との共同に より行いました。感謝いたします。

引用文献

  1. Commonwealth Scientific and Industrial Research Organization (CSIRO), "Salinity Calibration", http://www.marine.csiro.au/~fen051/float/calibrate/salinity-calibration.html (2001).
  2. 伊澤堅志, 水野恵介, 宮崎基, 井上亜沙子, 安藤健太郎, 高槻靖, 小林大洋, 竹内謙介, "プロファイリングフロートの浮力調整について", 海洋科学技術センター試験研究報 告, 44, (2001).
  3. 小林大洋, 市川泰子, 高槻靖, 須賀利雄, 水野恵介, 岩坂直人, 四竃信行, 竹内謙介, “水塊特性に季節変化が見られる密度レンジについて”, 海洋科学技術センター試験研 究報告, 44, (2001).
  4. Macdonald, A. M., T. Suga, and R. G. Curry, "An isopycnally averaged North Pacific Climatology", J. Atmosph. and Oceanic Tech, 18(3), 394?420 (2001).
  5. 水野恵介, "高度海洋監視システム(ARGO計画)構想について"、日本造船学会誌, 854, 485-490 (2000).
  6. 大谷清隆, "親潮水形成に係わるオホーツク海の役割", 海と空, 65(2), 63-83 (1989).
  7. Wong A. P. S., G. C. Johnson, and W. B. Owens, "Delayed-mode calibration of profiling float salinity data by historical hydrographic data", Integrated observing system V, Albuquerque, New Mexico (2001).