JAMSTEC > 付加価値情報創生部門(VAiG) > アプリケーションラボ(APL) > APLコラム > キッチンでできる自由研究〜海水が作る不思議な模様〜

アプリケーションラボ(APL)

APLコラム

尾形友道
気候変動予測応用グループ 研究員

キッチンでできる自由研究〜海水が作る不思議な模様〜

一般公開で、APLでは水槽実験として、地球の自転の効果を実感できる「回転水槽実験」、色付きの重い水を軽い水の下に入れる事で、綺麗な二色(三色)模様の色水を作って、水に働く浮力(+地球の重力)の効果を実感できる「海水カクテル」が定番になっています。

横須賀本部施設一般公開の様子

横須賀本部施設一般公開の様子

今年度はそれに加えて、「ソルトフィンガー」と呼ばれる現象を、家庭で用意できる簡単な道具で再現する実験をやってみました。

1)「しょっぱくて暖かい水」は重いか?軽いか?

「しょっぱい水は真水に比べて重いか?」→「しょっぱい水の方が重いよ」
「暖かい水は冷たい水に比べて重いか?」→「冷たい水の方が重いでしょ」
この二つは中学生あたりであれば、理科の知識として習ってますし、大人でも経験上知っているかと思います。
・・では、「しょっぱくて暖かい水」はどうなのでしょうか?
賢い方であれば「水はやがて冷えるから、ただのしょっぱい水になり重くなる」と答えるかもしれません。確かにそうなのですが、そこに至るまでの水の広がり方・混ざり方は、私たちに不思議な光景を見せてくれ、(海水を科学する私たちにも)豊かな物理の側面を見せてくれます。

2)キッチンでできる実験〜実際にやってみよう!〜

さて、この実験を思い立ったのが一般公開の前の週でした。幸いにも興味を持ってくれたAPLの同僚の青木邦弘さん・山本絢子さんが実験に付き合ってくれました。以下がレシピです。山本さんの考案で、私は目分量+砂糖やら塩やら入れたりで、訳のわからない珍妙なものばかり作ってました・・(実験で足を引っ張るタイプですね。。)

●用意するもの
・氷水の入ったアクリル水槽
・小カップ
・緑色の食用色素(小さじ1杯程度)
→今回は緑色を使いましたが、他の色(赤色などの食紅)でもOKかと思います

実験で使った食用色素とコップ

実験で使った食用色素とコップ

・実験の手順
1)アクリル水槽に氷水を用意し、氷を溶かし切って冷たい水を作る
2)小カップに暖かいお湯に注ぎ、緑色の食用色素(小さじ1杯)を溶かす
 (→レンジで40秒程度温めるのでも良いです:500W)
3)アクリル水槽にスポンジを浸して
4)スポンジの上に暖かい緑湯を注ぐ

この実験では「塩を溶かす=食用色素を溶かす」で代用しています。さて、この実験の手順で暖かい緑湯を注ぐと、どうなるでしょうか??

図1

図1:スポンジに暖かい色水を注いだ時点での写真

まず初めに、スポンジの上に落とされたお湯は、膜のように水面を広がっていく様子が見て取れます(図1)。これは緑色のお湯は軽い事を意味しています。
「しょっぱくて暖かい水」の「暖かい(〜軽い)」という性質が強調されているわけです。

図2a
図2b

(図2a・b):スポンジに暖かい色水を注いで、しばらく経った時点での写真

しかしながら、時間が経ってくると、不思議な模様が出てきます。緑色のお湯の下からエノキダケのように、色水が模様を作りながら落ちてくるのです(図2a・b)。色水が落ちてくる・・ということは、上に乗っかっていた色水が重くなったという事を示しています。時間が経つと、今度は「しょっぱくて暖かい水」の「しょっぱい(〜重い)」という性質が強調されているわけです。

3)色水は何故不思議な模様を作ったのか?

この実験から、「しょっぱくて暖かい水」は:

・冷水の上のスポンジに注ぐと広がるが、すぐに冷めるらしい
・冷めた色水は重くなり、沈もうとするが、その時に不思議な模様を作る

という事が見てとれます。
1つ目の「すぐ冷める(のに、色水は混ざらない)」という結果は、温度の混ざる速さと、色水(ここでは海水の塩分と考えてもらって結構です)の混ざる速さが違うために生じているのです。色水と真水の境界面付近では、温度はすぐに混ざり、温水は周りに熱を奪われますが、塩分は混ざりにくく、「上にしょっぱい水・下に真水」という形になっています。
2つ目の「上の色水が沈み込む時に、エノキダケのような不思議な模様を作る」のは、温度の混ざりやすさと塩分の混ざりにくさの兼ね合いで出てくる(難しい用語ですが)「ソルトフィンガー型不安定」という現象によるものです(※1)。「しょっぱい水の下に真水がある」というのは、「重いものほど下にある」という自然の法則からすると不自然なものです。暖かい色水が冷めるプロセスの中で、この不自然さ(〜不安定)を解消しようと水が勝手に流れを作り、そのパターンがエノキダケのような不思議な模様として現れているのです。

4)実際の海ではどうなってるか?

さて、今回はキッチンにありそうなもので、海水の不思議な現象を見てみました。このような模様は小さなアクリル水槽だけでなく、地球上の海洋にも存在するのでしょうか?「温度と塩分が作る海水の不安定」というのは広く研究がされており、先行研究によると大西洋上の90%(?)の海洋で、上記の「ソルトフィンガー型不安定」を作る状況にあるとの結果が示されています(図3)。

図3

図3:実際の海洋における「ソルトフィンガー型不安定」のマップ
https://gfd.whoi.edu/wp-content/uploads/sites/18/2018/03/lecture10_136325.pdfより)

例えば、熱帯では日射により水温は暖かく、蒸発によりしょっぱい水ができます。この様な「しょっぱくて暖かい水」が上にある事で、「ソルトフィンガー型不安定」の条件を満たす海域が広がっています。

・・さて、実験中のアクリル水槽を真上から眺めてみると、綺麗な筋模様が出ていました(図4)。

図4

図4:図2を上から眺めてみた図

私には意外な光景で、「なんでそうなるの?」という一般の方からの素朴な問いに答えられませんでした。この答えは何なのでしょうか?(私自身の不勉強もあったかと思うのですが・・)シンプルな実験に隠れた、豊かな物理の一側面を見せてくれた気がします。

(※1)ソルトフィンガー型不安定:「低音・低塩水」の上に「高温・高塩水」が位置する時に、温度の混ざりやすさと塩分(〜色水)の混ざりやすさの違いから起こる現象です。色水と真水の境界面付近に凹凸が生じると、軽い「暖かくしょっぱい水」は冷たい真水により速やかに冷やされ、重くなった「冷たいしょっぱい水」はさらに沈み込み、凸凹がさらに大きくなります。