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アプリケーションラボ(APL)

APLコラム

土井威志
気候変動予測情報創生グループ 副主任研究員

世界の主要作物の収量変動を3ヶ月前から予測する
プロセス解像型シミュレーションを開発

1. ポイント

主要4作物(コメ、コムギ、トウモロコシ、ダイズ)の収量変動を3ヶ月前から予測するシミュレーション技術を開発した。
季節予測シミュレーションと作物生産性ナウキャスティング技術を融合させた技術で、気候・作物生長の両プロセスを解像可能である。
このようなプロセス解像型の作物豊凶予測シミュレーション技術を、世界規模で主要4作物を対象にして開発したのは世界初である。
現状では、統計モデルと比べて予測精度が優れているわけではないが、予測が外れた理由の切り分け解析や、仮説を検証するための数値実験、適応行動の評価実験、進行する温暖化世界で先例のない状況への対応などが可能であり、豊かな発展可能性がある。

2.概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(以下「JAMSTEC」という。)付加価値情報創生部門アプリケーションラボの土井威志副主任研究員と国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(以下「NARO」という。)の櫻井玄主任研究員らのチームが、主要4作物(コメ、コムギ、トウモロコシ、ダイズ)の収量変動を3ヶ月前から予測するシミュレーション技術を開発しました。JAMSTECの季節予測シミュレーションとNAROの作物生産性ナウキャスティング技術を融合させた技術で、気候・作物生長の両プロセスを解像可能な予測シミュレーション技術です。これを、世界規模で主要4作物を対象にして開発したのは世界初の試みです。現状では、統計モデルを利用した作物豊凶予測と比べて予測精度が優れているわけではありませんが、予測が外れた理由の切り分け解析や、仮説を検証するための数値実験、適応行動の評価実験、進行する温暖化世界で先例のない極端な気候不順が発生した時の影響評価や作付けの変化への対応などが可能な画期的な技術で、豊かな発展可能性があります。

本成果は、オープンアクセス誌のFrontiers in Sustainable Food Systemsに2020年6月16日に掲載されました。

タイトル:Seasonal predictability of four major crop yields worldwide by a hybrid system of dynamical climate prediction and eco-physiological crop-growth simulation
著者:土井威志1、櫻井玄2、飯泉 仁之直2
 1:国立研究開発法人海洋研究開発機構付加価値情報創生部門アプリケーションラボ
 2:国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構農業環境変動研究センター

3.背景

近年、世界各地で極端な気候不順(猛暑・暖冬・多雨・少雨など)が頻発しています。これは、温暖化の進行で、従来の乾燥(高温)地域がさらに乾燥(高温)化しつつある状況下で、エルニーニョ現象インド洋ダイポールモード現象などの自然発生型の経年的な気候変動による影響が重複することで生じていると考えらえます。その1例として、昨年発生した過去最悪と言われるオーストラリアの山火事なども挙げられます。また、元々は別の事象である地球温暖化と経年的な気候変動現象ですが、前者が後者の特徴を変化させたり、規模を極端化させたり、発生を頻発化させたりする可能性などが指摘されています。

従って、進行中の温暖化を背景として、数ヶ月から1年程度先の気候不順を予測する技術と、それを基盤とした適応策の探索は、益々重要になってきました。特に、極端な気候不順に伴い、人類とその活動基盤である「食」の安定供給が脅かされると、世界の社会経済は大きく混乱し、発展途上国においては地域紛争まで発展する可能性があります。従って、人間社会の持続的な発展のため、気候不順と穀物生産の関係を明らかにして、適切な減災、緩和策を探索することは大変重要な社会課題です(SDGsの2.飢餓、13.気候変動に関連します)。

4.プロセス解像型の作物豊凶予測シミュレーションとその精度

JAMSTECアプリケーションラボでは、最新の海洋観測データを初期値とし、スーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を使って、最大で2年先まで、世界のどの領域で、どのような気候不順が発生するのかを事前予測する数理予測シミュレーション技術を開発してきました(SINTEX-Fと呼ばれています。詳しくはここ)。近年、その予測精度は益々高まっており、気温や降水量などの物理変数を超えて、より社会に役立つ予測情報を創出し、ステークホルダーに配信する素地が整いつつあります(例えば、アフリカ南部でのマラリアの流行予測などに応用した実績があります)。

一方で、NAROでは、気象変数を入力値として、世界規模で、主要作物(コメ、コムギ、トウモロコシ、ダイズなど)の生長と生産プロセスを解像する作物生産性ナウキャスティング技術を開発してきました(PRYSBI2と呼ばれています)。

本研究では、SINTEX-FとPRYSBI2とを融合することで、気候・作物生長の両方のプロセスを数理的に解像する作物豊凶予測シミュレーションを開発しました。このようなシミュレーション技術を、世界規模で主要4作物を対象にして開発したのは世界初です。

このシミュレーション技術を使って主要作物の収量変動を3ヶ月前から予測した際の精度を図示したのが図1です。地域毎の違いもありますが、冬コムギの収量変動が比較的予測精度が高いことがわかりました。また、予測精度を改善するためには、コメ、冬コムギについては気温予測を、トウモロコシについては降水量予測を、ダイズについて作物生長モデリングを改善することが有効であることが示唆されました。

図1: 主要作物(トウモロコシ、コメ、冬コムギ、春コムギ、ダイズ)の収量の年々変動を3ヶ月前から予測した際の精度。1(赤色)に近づく程予測精度が高い。灰色の領域は作物が生産されてない地域。

5.今後の展望

本研究で開発されたプロセス解像型の作物豊凶予測シミュレーションは、現状では、統計モデルと比べて予測精度が優れているわけではありません。しかし、気候・作物生育の両方のプロセスを数理的に解像しているため、豊凶の予測情報だけでなく、その理由まで合わせて創出可能です。これは画期的な技術であり、予測の成否をそのプロセスに沿って検証することで、その実態を深く理解し、それを予測システムの高精度化に向けてフィードバックすることが可能です。また、仮説を検証するための数値実験、更には、進行する温暖化世界で先例のない極端な気候不順が発生した場合の影響評価や、作付け地域の変化への対応などが可能であり、豊かな発展可能性があります。加えて、作物の播種日や品種などを変えた場合、どのような結果が予測されるかをプロセスに即して評価することも可能であり、予測シミュレーションに基づく適応行動の探索ツールとしても発展可能です(例えば、Sakurai et al. 2018, Proceedings from EGU2018: https://ui.adsabs.harvard.edu/abs/2018EGUGA..2015786S/abstract)。天気予報が統計予測から、物理プロセスを解像した数理予測シミュレーションにとってかわった歴史が示すように、プロセス解像型の予測シミュレーション技術は画期的なイノベーションを引き起こすことができるかもしれません。