現場観測班
現場観測班 成果報告3
連携研究者:JAMSTEC小野寺 丈尚太郎研究員
1. 研究方法
セディメントトラップ係留系の海底係留により得られる沈降粒子の時系列試料分析
全沈降粒子フラックス(全粒子束)、有機炭素・無機炭素および全窒素の含有量分析、有機炭素および窒素の安定同位体比、珪質植物プランクトン遺骸の沈降量と沈降群集分析
2. 研究経過
本研究で得られたStation NAPの沈降粒子は、年間を通じて総量の約60-80%が粘土鉱物(粒径5~30µm程度)で構成されており、有機物の含有量は5-20%程度であった。鉱物を主体とする沈降粒子組成は北極海の海盆域全体にいえる特徴である。Station NAPの表層は貧栄養なカナダ海盆側の水塊に覆われている。そのため、Station NAPにおける珪藻沈降フラックスは北太平洋亜熱帯西部における観測例と同様のレベルであった。この珪藻沈降フラックス時系列変動は、生物生産の活発な夏の時期だけでなく、極夜となる11月~12月にも大きく増加する特徴が見られた。しかし、植物プランクトンである珪藻が極夜の時期に活発な光合成を行うとは考えにくいことから、完全結氷後に観測された珪藻沈降粒子の一部は異地性と思われる。また、今回得られた有機炭素/窒素比は一般の海洋沈降粒子よりも高い傾向があり、カナダ海盆で実施されている先行研究と同様に分解の進んだ有機物も含まれている可能性がある。このような結果から、11月~12月の高い沈降フラックスを支えた粒子の大部分は、陸棚域から長径程度の鉱物粒子や有機物と共に輸送されてきたものであると考えられる。
Station NAPtの珪藻群集は基本的に浮遊性が多く、海氷付着性は少なかった。これは現場周辺の海洋表層における栄養塩濃度が低いことが関係している。2011年夏にはチャクチ海北部で高基礎生産の観測結果が報告されているが、本研究のStation NAPでもFossula arctica(浮遊性~海氷付着性)が群体を形成しながら優占し、2011年8月の高い珪藻沈降フラックスに寄与した。この時には沿岸水に多い尾虫類のハウスなどゼラチン状物質も多く捕集された。一方、2012年夏には珪藻沈降フラックスの増加が目立たず、F. arcticaの優占や前年のようなゼラチン質物質の増加は見られなかった。2011年秋の珪藻沈降群集には一時的にProboscia属の割合増加が見られ、2012年秋にはThalassiosira属の増加が見られた。前者は夏季の成層構造が顕著に見られる水域で多く見られ、後者は比較的栄養塩濃度の高い海域で多く見られる。チャクチ海陸棚域では、2011年9月の海面水温アノマリーが+1~2℃と高く、2012年夏は-1~0℃で前年より低かった。これらの群集変化は珪藻生産の多いチャクチ海陸棚域の水塊環境と珪藻生産の状況を反映している可能性がある。
3. 今後の展望
2013年秋の航海で、東シベリア海からの水塊の影響を受けるStation CAPの沈降粒子が回収される見込みである。Station CAPとStation NAPとの比較が可能になることで、表層循環系の違いに対応する沈降フラックスと生物群集組成の違いが明確に分かるようになると期待される。また、沈降粒子フラックスの季節変動にも対照的な結果が得られることが予想される。
海氷が減少していく過程では、カナダ海盆表層の基礎生産が高気圧性のボーフォート循環の強化によって低下すると予想される。陸棚から海盆への輸送には、海氷減少に伴い発達しやすくなった中規模渦が重要な役割を果たしている可能性が示唆される。海氷減少が進む過程において、Station NAPにおける有機物の深層への輸送過程は、活発化する海洋循環と渦形成によって、陸棚域からの再懸濁粒子の水平輸送や陸棚側から供給される栄養塩が重要な役割を果たすことになると考えられる。
2012年夏季は、海氷面積が観測史上最低の年であった。もし2012年夏に沈降フラックスが増加しなかったことと海氷減少に有意な関係があるならば、Station NAPにおける沈降フラックスは、夏と初冬の年2回から初冬だけに変化していくことも考えられる。その高フラックス期の季節性が変化することで、中・深層の捕食者や分解者の生態系に影響があるのかどうか、今後観測とモデルの両面から探っていく必要があると思われる。
4. 成果発表
<口頭発表>
小野寺丈尚太郎・原田尚美 (2012) チャクチ海Northwind深海平原における珪質植物プランクトン殻の沈降フラックス、2010年-2011年. 2012年度日本海洋学会秋季大会、東海大学海洋学部, 静岡県清水市, 2012年9月16日.
Onodera, J., Harada, N., Honda, M., and Tanaka, Y. (2013) Diatom sinking fluxes in the Northwind Abyssal Plain, 2010-2011. Hakodate, 7 January 2013.
Onodera, J., Harada, N., Honda, M., and Tanaka, Y. (2013) Sinking fluxes of diatom and siliceous flagellates in the Northwind Abyssal Plain. The Third International Symposium on the Arctic Research (ISAR-3). Tokyo, 14-17 January 2013.
小野寺丈尚太郎・原田尚美 (2013) 2010年10月から2012年9月にかけてのStation NAPtにおける珪質植物プランクトン沈降フラックス. 2013年度日本海洋学会春季大会シンポジウム「急激な海氷減少と北極海海洋生態系の変化II」, 東京海洋大学(品川キャンパス), 東京, 2013年3月21日.
<ポスター発表>
Onodera, J., Harada, N., Tanaka, Y., Honda, M.C., Okazaki, Y., Kimoto, K., and Chiba, S. (2012) Time-series monitoring of sinking particle flux in the Northwind Abyssal Plain, 2010-2011. 2012 Ocean Sciences Meeting, 2012年2月20-24日、米国ソルトレイクシティ.
5. 新聞掲載などの情報
2012年12月3日付 北海道新聞夕刊 7面


