プロジェクト

概要

 近年、北極海における海氷融解が予測以上に早く進行しているが、それに伴って海洋生態系がどのような影響を被るのか明らかになっていない。本研究では、海洋観測や衛星観測によって、海氷減少に伴う北極海の環境変化を捉え、海洋生物はどう応答するのか生態系変化の黎明を捉えるとともに、精密培養実験によって北極海の疑似環境を作り出し、動・植物プランクトンの生理・機能変化を理解することを目的とする。さらに、海洋・衛星観測と培養実験の結果を新しく構築する生物資源モデルに利用し、餌環境変化から魚類資源の将来像を予測することを目的とする。

研究代表者
独立行政法人海洋研究開発機構
地球環境変動領域
チームリーダー
原田 尚美

研究の背景

 北極域の湖沼堆積物や氷床コア、樹木年輪の分析結果から、太陽の日射量逓減などにより2000年前から-0.22℃/1000年と長期にわたり寒冷化傾向にあった気温の変化が、20世紀以降、上昇に転じた事が明らかとなってきた(Kaufman et al., 2009)。IPCC2007によると、アラスカの気温上昇は全球平均(0.67˚C/100年)より遥かに大きく(>2˚C:1970-2004年)、北極域は地球温暖化の影響を最も強く被る地域と言える。
  研究代表者および一部の研究分担者が所属する海洋研究開発機構(以下、JAMSTEC)では、北極海観測を精力的に実施し海氷分布域やその減少量の実態把握を行ってきた。その結果、海氷減少メカニズムを明らかにしつつあるとともにArgo-typeフロートを海氷に設置し、洋上気象および水中環境時系列データを蓄積してきた(Kikuchi et al., 2007) 。また、海洋酸性化の予測研究によれば、高緯度海域は、生態系への影響を早く被る海域であるとともに(Orr et al.,2005) 、温暖化に伴って海氷融解が進行し、その事が北極域の酸性化を促進する懸念も最近の観測結果から報告されている(Yamamoto-Kawai et al., 2009)。一方、北極海の西部カナダ海盆周辺海域においては、植物プランクトンの生産は増加し、海氷消失による生物ポンプの強化が示唆された(Nishino et al., 2009, JO, 60, 871–883.)。この結果は、海氷消失によって北極海が大気中二酸化炭素のリザーバーの役割を持つ可能性を示唆する。このように、北極域の海洋生態系を取りまく環境変化は、地球上で最も深刻かつ急激であるとともに、二酸化炭素吸収能力の変化も予想され、北極海における海氷の有無の海洋生態系への影響の解明と今後の海洋生態系像をモデルによって予測することが喫緊の課題である。
 海氷融解による極域海洋生態系への影響はどのように考えられているのか?負の影響として、表層の低塩化による成層構造発達のため、表層への栄養塩供給の減少により基礎生産力が低下すると考えられる。正の影響として、光環境向上及びユーラシア大陸からの淡水流入に伴う栄養塩供給が増加し、基礎生産力を高めると予想される。また、正負不明の影響として、ベーリング海から北極海に流入する植物プランクトン種組成の変化、動物プランクトンや魚類の摂餌活動の変化など食物網への影響が懸念される。しかし、複数のフィードバックがどの海域でどう発現するのか、基礎生産量の季節変化や経年変化、将来の魚類資源の予測も含め、北極海における海洋生態系の全容はわかっていない。本研究では、CTD/採水、流向流速計や時系列セジメントトラップ及びプランクトンネット等の現場観測に衛星観測、さらに培養・飼育実験を組み合わせ、1)北極域の海氷厚や海洋構造及び海氷面積変化を把握し、2)基礎生産量の時系列変化を把握、3)海氷融解に伴う昇温や低塩化への低次生産者の生理機能の応答を把握し、4)海洋生態系モデルにこれら現場データを組み込み、低次生産変化の予測、魚類の回遊経路変化予測を実施する。

参考文献
Kaufman et al., 2009, Science, doi:10.1126/science.1173983
Kikuchi et al., 2007, Deep Sea Res.,54, 1675-1686.
Nishino et al., 2009, J. Oceanogr., 60, 871–883.
Orr et al., 2005, Nature, doi:10.1038/nature04095.
Yamamoto-Kawai et al., 2009, Science, 326, doi: 10.1126/science.1174190.

研究計画概要

 海洋観測を実施し、物理係留系観測から海氷の成長・融解・移動及び海洋の水温・塩分・流向流速の年々変動を明らかにする。同時に、時系列セジメントトラップ係留系観測から海氷融解による海洋構造の変化にともなう海洋低次生産量や陸起源粒子供給量の季節および年々変動を明らかにする。培養・飼育実験から、海氷融解による低塩化や昇温が円石藻並びに浮遊性有孔虫の生理活性(細胞増殖、光合成、石灰化、脂質合成)にどう影響を与えるかを解析する。また、過去50年にわたる「物理生態系結合モデル(3D―NEMURO)」の結果と北極海物理モデル(現在と近未来)の結果を用いて、低次生態系将来予測を行うとともに資源変動モデルを作成し、上記の観測データ、衛星データ、培養実験結果と連携させて北極海生態系の現在と将来の姿を提言する。

研究対象海域と係留系設置点

 研究対象海域(図1の黒丸で囲った範囲内)は、北極海の中でも特に海氷減少が著しいチャクチ海、メンデレフ海嶺ならびにノースウィンド深海平原の海域である。これらの海域は、太平洋からの水塊及びシベリア河川水や大西洋水などが合流する海域であり、海氷の成長・融解・移動のみならず、北極海での水塊混合・成層構造の形成にも重要な海域である。図1の×印は、物理係留系ならびにセジメントトラップ係留系設置予定点を示す。

研究対象海域