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研究テーマRESEARCH TOPICS

1. クロロフィルとその分解生成物ポルフィリンを用いた地球環境の研究


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クロロフィル色素は光合成において,アンテナ色素あるいは反応中心として機能しています。堆積物中には,その分解生成物が含まれており,それを分析することによって当時の光合成生物の組成や,光合成が行われた当時の海洋表層環境の復元を行うことができます。数千万年前や数億年前の堆積岩からも,クロロフィルの中心核であるポルフィリンが,ニッケルや酸化バナジウムの錯体として見出されます。さらにポルフィリンが分解して形成されるピロール類(マレイミド)は,数十億年前の堆積岩からも見出されています。これらの化合物は,その化学構造が当時生息していた光合成生物群に関する情報をもたらすだけでなく,炭素・窒素の安定同位体比が当時の海洋表層で起きていた生物地球化学プロセスを教えてくれます。特に,窒素を含むバイオマーカーは現時点でこのポルフィリンとマレイミド以外にないため,海洋の一次生産を支える窒素サイクルの詳細について理解する唯一の手掛かりになります。

私たちのグループは,堆積岩中から単一のクロロフィルやポルフィリンを化学的に単離し,微量でその炭素および窒素同位体比を精密に測定する微量分析法の開発に成功しました。例えば,ポルフィリンがわずか1マイクログラムあれば,その同位体比を測定することができます。またマレイミドは,100ナノグラムというさらに微量で同位体比を測定できます。私たちは自ら開発したこのような研究手法を駆使して,さまざまな地質時代における地球表層環境の復元だけでなく,現在の海洋に生息する光合成細菌の生理生態や堆積物中に含まれるクロロフィルやその同位体比を決める要因に関する基礎的研究を行っています。



2. アミノ酸の窒素同位体比を用いた食物綱解析


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生物の体内で様々な機能をもつタンパク質は,20種類のアミノ酸が配列することによって成り立っています。私たちのグループは,あらゆる生態系において,1栄養段階につきグルタミン酸の窒素同位体比が8パーミル近く上昇するのに対し,フェニルアラニンのそれはほとんど変動しないことを明らかにしました。これは,フェニルアラニンがいわゆる「必須アミノ酸(不可欠アミノ酸)」であるだけでなく,代謝プロセスでほとんど同位体効果がないことに起因しています。言い換えると,フェニルアラニンの窒素同位体比は,究極的には食物連鎖の原点である植物が合成したフェニルアラニンの窒素同位体比にほぼ一致していることになります。それに対して,非必須アミノ酸であるグルタミン酸の窒素同位体比は,その代謝時における強い同位体効果を反映し,高次捕食者ほど高い同位体比をもつことになります。こういったアミノ酸の窒素同位体比にみられる規則を各種生物に当てはめることにより,生態系における食物網を解析することができます。これまで知られてこなかった生き物の生態について知るだけでなく,昨今の富栄養化などが魚の食性に及ぼす影響などを定量的に示す手法として現在多くの研究者から脚光を浴びています。さらに私たちは,過去の生物化石(殻,骨,歯)中に死後長らく保存されているアミノ酸を用いて,古食性解析を行っています。私たちは,自ら編み出したこの新しい手法を駆使して,地球環境の変遷が生態系の進化にどのような影響を及ぼしたのかについて研究しています。

私たちのグループでは,上に述べたポルフィリンの分子組成や窒素同位体比を測定した証拠をもとに,窒素固定を行うシアノバクテリアがこのヘドロに含まれる有機物の主要な起源であることを初めて明らかにしました。海洋全体が無酸素になることによって有機物の分解速度が遅くなるだけでなく,海洋表層の生態系の変化がこの堆積岩の形成に決定的に重要な役割を果たしていたわけです。この黒色頁岩は,白亜紀以外にも数多くみられ,多くのものは大量絶滅をともなっているため,地球史に楔を打ち込んできました。原始の地球環境において主要な生産者であったシアノバクテリアが,生物進化の節目節目において,繰り返し主役として蘇ってきたことは,地球の進化を考える上で非常に興味深いことです。

もう一つ,アミノ酸の興味深い特徴として挙げられるのが,D-体とL-体からなる立体異性体(エナンチオマー)の存在です。これは,右手と左手のような鏡像関係と同じです。生体中のタンパク質は,基本的にL-体アミノ酸から構成されますが,原核生物であるバクテリアや真核生物の一部の組織には,いくつかのD-体アミノ酸が「必須」の化合物になっています。私たちは,有機合成による化学プロセスではD-体とL-体が極めて均質な同位体組成を保持するのに対し,酵素反応が関与する生物プロセスでは,不均質な同位体組成を持っていることを初めて明らかにしました。現在,この特徴を用いた生物活動の痕跡を捉えるツールの開発を行っています。



3. 温室地球、白亜紀の地球環境の復元


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白亜紀は大気中の二酸化炭素濃度が現在より一桁ほど高く,地球温暖化が極端に進んでいた典型的な「温室地球」の時代です。それと同時にこの時代は,速いプレート移動速度,巨大火成岩区の形成,地磁気静穏期,高い海水準,黒色頁岩の形成,生物の大量絶滅など多様な事象によって特徴づけられます。特に,黒色頁岩が汎世界的に数十万年にわたって堆積したことは,その1億年後に起きた人類の繁栄に深く関わっています。なぜなら,この黒色頁岩は現代文明を支える石油の根源岩だからです。黒色頁岩とは,その名の通り黒色のペラペラと板状に割れる堆積岩で,重量比にして数十パーセントもの有機物を含む「ヘドロ」です。海洋全体が無酸素状態になることによって有機物の分解速度が遅くなり,このヘドロ堆積物が形成されたという考え方がかつて提唱され,この黒色頁岩が形成されるイベントは「海洋無酸素事変(OAE: Oceanic Anoxic Event)」と呼ばれてきました。

私たちのグループでは,黒色頁岩中に含まれるポルフィリンの分子組成や炭素および窒素同位体比を測定した証拠をもとに,窒素固定を行うシアノバクテリアがこのヘドロに含まれる有機物の主要な起源であることを初めて明らかにしました。海洋全体が無酸素になることによって有機物の分解速度が遅くなるだけでなく,海洋表層の生態系の変化がこの堆積岩の形成に決定的に重要な役割を果たしていたわけです。さらに珪藻とシアノバクテリアの共生も重要な役割を果たしていた可能性もあり,生物進化という観点からも非常に興味深い視点をもたらたしくれます。この黒色頁岩は,白亜紀以外にも地球史に断続的にみられ,多くのものは大量絶滅をともなっているため,地球生命史に「楔」を打ち込んできました。原始の地球環境において主要な生産者であったシアノバクテリアが,生物進化の節目ごとに主役として繰り返し蘇ってきたことは,地球の進化を考える上で非常に興味深いことです。

さらに地球内部変動研究センターの鈴木勝彦PI,高知コア研究センターの谷水雅治研究員らと共同研究を行い,鉛やオスミウムの同位体比の異常を見出し,火山活動がOAEの究極的な引き金になったことも明らかにしました。現在,さらなる地球化学的な証拠を集めるとともに,モデルシミュレーションを用いて火山活動と海洋環境の変化をつなぐメカニズムの解明を目指しています。また,統合国際深海底掘削計画(IODP: Integrated Ocean Drilling Program)にプロポーザルを提出しており,近い将来オントンジャワ海台などで最新の掘削技術を駆使した掘削計画を行う予定です。



4. 微生物のバイオマーカーを用いた地球深部生物圏の探査


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近年,地下の奥深くにまで,これまでの想像を超える数の微生物が生息していることが明らかになりました。海底下で生成され,私たちにとって温室効果ガスでもありエネルギー源でもある「メタン」も,こういった地下生物圏と密接に関係しています。しかしこういった地下に生息する微生物が,どのような種組成をもっているのか? どのような活動(化学反応)を行っているか? どれくらい深くにまで存在しているのか? どのような場所を好むのか? など生理や生態に関する数多くのことについて,未だに明らかにされていません。現在私たちのグループは,高知コア研究センターの稲垣史生PI,諸野祐樹研究員やブレーメン大学のカイ・ヒンリックス教授らと共同で,深海底掘削船「ちきゅう」によって掘削された下北半島沖の堆積物コア,南海トラフ大断層帯の堆積物コア,熊野灘沖の泥火山堆積物中などに含まれる古細菌などが合成する脂質化合物の解析や,その安定同位体組成の分析を行っています。特に近年,培養が難しいと言われている海洋性古細菌について,実際の海洋環境中でトレーサーを用いた生死識別法や難培養性古細菌の代謝活性を評価する手法を確立しました。また,脂質化合物の部位特異的同位体組成から脂質生合成経路における種々の代謝強度の評価にも成功しています。

海底堆積物は,「過去」の海洋一次生産を記録しているだけでなく,「現世」の地下生物圏を育む場になっています。いいかえれば,地質学的な時間スケールを越えて,有機物が過去と現世の生物活動をつなぐ重要なリンクになっているのです。人類にとって未知の世界である地下生物圏の探索は,私たちの足元で微生物が何をしているかについて教えてくれるだけでなく,私たちにとって有益な微生物の発見など,地球科学と生物学のまさに接点に位置するエキサイティングな研究分野です。



5. 最終氷期以降の西南極氷床の変動の復元


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現在起きつつある地球温暖化による脅威の一つが海面上昇です。例えば,海面が1メートル上昇するだけで,それにより被害を受ける人口は世界で1億人を越えると推定されています。今後地球温暖化によって引き起こされる海面上昇は,西南極氷床あるいはグリーンランド氷床の融解によるものと考えられています。このうち西南極氷床は,海洋中に形成された氷床であるため,気候モデルを用いてその地球温暖化に対する応答をシミュレーションすることは非常に難しいことが知られています。さらに,氷期から間氷期へ至る気候の再編(大規模な温暖化)時における,この氷床の動態についてもほとんど明らかにされていません。その最大の原因は,西南極氷床周辺域で採取される海底堆積物コアの解析から,過去の地球環境記録を読み取る技術が進展していなかったからです。この海域では,南極大陸で削剥され運ばれてきた大量の物質が堆積しており,堆積物中に残されている過去の地球環境記録が「ノイズ」に埋もれてしまっています。

私たちは,特定のバイオマーカーの放射性炭素年代や,ステロール類など海洋のプランクトンが生合成するバイオマーカーの水素同位体比を測定することにより,ノイズの中から純粋な気候変動のシグナルだけを抽出する手法の開発を行っています。この手法を応用した結果,完新世に西南極氷床が融解するイベントが数回あったことを突き止めました。これらの研究は現在,東京大学海洋研究所の横山祐典准教授やライス大学のジョン・アンダーソン教授らと共同で行っています。

そのような氷床融解に伴い,間氷期の南極では大陸面積の約1パーセント程度の露岩地域を見ることができます。氷床重量から開放されると,アイソスタティック・リバウンドによる相対的な海水準変動がおきます。それは,海水から陸水に変わる離水イベントや特殊な生物相を形成する一次因子となっています。私たちは,化学的手法を用いて1年間に数ミリメートル単位で変化してきた東南極の大陸隆起速度を捉えることに成功し,地質学的セッティングの変化に伴う微生物相との応答を解明しようとしています。



6. 日本海の最終氷期における高精度古環境復元


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日本海は,いくつかの浅い海峡によって太平洋とつながっています。両者をつなぐ海峡のうち,最も深いのは対馬海峡と津軽海峡で,その最大水深はいずれもおよそ140mです。これらの海峡は,海面が低下した最終氷期には非常に細い海峡となり,日本海はほとんど「湖」のようになります。したがって,日本海の環境は,海面変動に極めて敏感に反応して変動してきました。

私たちのグループは,東京大学海洋研究所の横山祐典准教授らと共同で,最終氷期とそれ以降の環境変化を数十年間隔の高い時間精度で復元する研究を行っています。詳細な放射性炭素年代や浮遊性および底生有孔虫の詳細な同位体記録の結果は,ダンスガード・オシュガー・イベントと呼ばれるグリーンランドで見出された短周期の気候変動と同調して,日本海における深層水の形成量が低下していたことを示し,かねてから提案されていた日本海と北部北大西洋域のテレコネクションを実証しました。今後,日本海の環境変化と日本列島の気候変動との関係についても詳しく研究していく予定です。