研究紹介
相模湾初島沖の冷水湧出生物群集に生息するシロウリガイ類の繁殖生態を1年間断続的に観察した結果,
1)シロウリガイ類の繁殖行動,
2)放卵放精の頻度と年間放卵数,
3)メスの放卵トリガーについて新たな知見が得られた.
水塊中に放卵放精を行う生物にとって,受精させることは最も重要な生命活動の一つである.海洋生物は,そのために繁殖期が決まっていたり,放卵放精のタイミングをあわせたりしている.深海生物の場合,調査手法が困難なために浅海性の生物に比べ繁殖生態に関する情報が乏しい.乏しいながらも,深海生物の繁殖期は季節性があるタイプや季節性はなく常時繁殖スタンバイ状態にあるタイプが見いだされている.深海生物の大まかな繁殖期は生殖腺の組織学的研究によって推察できるが,放卵放精のタイミング,放卵放精の頻度,繁殖行動といった活動を明らかにするためには,実際に観察することが最良の手段である.このような繁殖活動は,深海に行けばいつでも観察できるというものではないため,長期間にわたる観察が不可欠になる.
相模湾初島沖の水深約1200mには,海底下からのメタンのわき出しに伴った冷水湧出域があり,2種のオトヒメハマグリ科二枚貝シロウリガイとシマイシロウリガイが高密度の大集団を形成している.この地点には,これらの生物群集を観察できる長期観測ステーションが1993年から設置されている(門馬ほか 1994).このステーションは,TVカメラ,CTD,流向流速計などを装備しており,データはリアルタイムで記録・観測できる.ステーションによる観察と,潜水調査船「しんかい2000」を用いたin-situ実験によって,シロウリガイは繁殖期に季節性がないこと,0.2°Cほどのわずかな水温上昇がオスの放精トリガーになっていること,メスの放卵は放精の後に生じることなど非常に興味深い繁殖生態がわかってきた(門馬ほか 1995, Fujiwara et al. 1998).
しかしながら,長期観測ステーションの映像を見直してみると,オスの放精後に必ずしもメスの放卵が起こらないことが見いだされた.そこで,映像と水温・流速を対応させながら詳細に解析したところ,
1)シロウリガイ類のオスに興味深い繁殖行動見いだされたこと,
2)年間に放卵は約90回,放精は約200回と見積もられること,
3)放卵は放精のみならず流速変化と関係があること,などが示唆された.
そして,このような長期観測システムは,深海生物の繁殖生態を解明する上で,有効な武器になるであろう.