1. 統合国際深海掘削計画(IODP)とは

CDEXのページを参照しましょう。
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2. 統合国際深海掘削初期科学計画(ISP)とは

 2001年の5月に、今後10年間にわたる統合国際深海掘削計画(IODP)を推し進めるための指針となる「こんな科学目標を明らかにするぜ」という重要課題を設定しました。この指針の策定には、世界中の関係する科学者が参加し、「あーでもない、こーでもない」としつこく議論をして、かつ各国の研究推進費用のパトロンたるファンディングエージェンシーの意向も多少反映させつつ創り上げられたものです。ですので、極めて重要な憲法に当たるものと言えましょう。

統合国際深海掘削初期科学計画の表紙

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3. 初期科学計画3本柱

 統合国際深海掘削計画で解明すべき最重要研究課題として「海底下生命圏と海底下の海」、「環境変動とその影響」、「固体地球の物質循環とダイナミズム」という大枠が挙げられています。2010年現在、計画の第1期終了まであと3年という段階ですが、実際はそれぞれの大きな研究課題は解明に近づいたでしょうか?勿論「ISPは理想を掲げた意思表明だから」という見方はできますが、およそその達成はかなり遠方に霞んでいます。目視困難です。なかでも「海底下生命圏と海底下の海」に関して、特に海底下生命圏に関する掘削研究は、2001年に行われた深海掘削計画(ODP)の201次航海以来、その研究課題を主目的にする掘削航海が実施されていないという状況です。まずいです。
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4. 新しい海底下生命圏像

 一方、ODPの201次航海の成果やいくつかの掘削航海から得られた試料を用いた研究によって、この10年間で新しい海底下生命圏の姿が明らかになってきました。以前は1998年のWhitmanらの研究成果に代表されるように「海底下には膨大なバイオマスが存在する」という巨大な潜在バイオマスのみが注目されていましたが、最新の成果では、もしかしたら「そんなに巨大なバイオマスは存在しないかも」という結果も出つつあります。また、もともと海底下生命圏とは言うものの、実際は「海底下堆積物生命圏」という海洋地殻の薄皮にすぎない堆積物のなかの微生物の世界しか相手にできていないという現状があります。とはいえ、これらの研究によって海底下生命圏が、「死の世界」ではなく、「めちゃくちゃゆっくりだがどうにかこうにか微生物が生きていること」、「暗黒の深部環境であるにも関わらず、実は地球表層の光合成生産のおこぼれを利用して喰いつないでいること」、「微生物の世界ではマイノリティーと考えられてきたアーキア(古細菌)が過半数をおけるマジョリティーを占めている可能性があること」、などの新しい海底下生命圏の姿がわかりつつあります。

海底下微生物圏のバイオマスの試算(Whitman et al., 1998)

Intact Polar Lipidの量比による海底下生命圏のアーキア優占度予想(Lipp et al., 2008)

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5. すべての海底下生命圏は「ギリッギリッ生命圏」か?

 では、すべての海底下環境が「ギリッギリッ生命圏」なのでしょうか?実は海底下にも、「豊穣なる生命圏」というものが存在すると多くの人が予想しています。最近私は、ある論文を読み返していて、今から30年以上も前にそれをはっきり予想していた人がいることに気が付きました。それは、Corlissらによって1979年にScienceに発表された「世界で初めて深海熱水活動を発見した」論文のなかに書かれており、当時オレゴン州立大学のポスドクだったJohn Barossでした。後年(1993年)、BarossはJody Demingと共に、高温の深海熱水噴出孔の海底下には豊かな「熱水噴出孔直下生命圏」が存在するに違いないという論文を発表しています。その論文は、私の研究の指針となる論文であり、かつ沖縄熱水海底下生命圏掘削を提案するきっかけとなった論文です。さらに、John Barossは私が博士学生1年生のときに留学していた先の指導教官です。つまり30年以上の月日を経て、Barossの「若き、青い、野心に満ちた科学仮説」が、国は違えどその弟子に受け継がれ世代を超えた証明に近づいている、という「さわやかな科学者青春小説」風な見方もできますね。私も半分はそういう澄み切った気持ちでいっぱいです。あと半分は、どす黒い野望に満ちていますが...。

1979年Scienceに発表された世界初の深海熱水発見の論文。この中に、驚くべき先見の明が記されてあった。

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6. なぜ熱水噴出孔直下生命圏は豊穣なのか

 海底下生命圏の多くが、地球表層の光合成生産のおこぼれを利用した「ギリッギリッ生命圏」であるのに対して、なぜ熱水噴出孔直下生命圏は豊かな生命圏なのでしょうか?答えは、海底で噴出する高温の熱水にあります。海底で噴出する熱水は、その海底下の数km以上の深い所で熱せられ、その勢いで噴き出してきたものが多いのです。深い所では熱水は400℃以上の高温で岩石やマグマ(成分)と反応し、岩石中の還元物質やマグマ還元物質が、めちゃくちゃ溶け込みます。これらの還元物質は、一言で言うならば「地球の内部エネルギーを象徴する化学物質」であり、つまり熱水は「地球内部エネルギー」を深海にもたらす河なのです。まるで陸上の河川が海に注ぎ込む河口域が豊かな「光の生態系」を育むように、熱水が深海に注ぎ込む海底熱水系の可能域も豊かな「暗黒の生態系」を育んでいると私や多くの日本の研究者達は考えています。最近このような海底下(海洋地殻)の熱水の動きや循環を「海底下の大河」として捉え、その役割や重要性を明らかにしようとする研究プロジェクトが展開されています。あっそう言えば、統合国際深海掘削初期科学計画のなかに、「海底下生命圏と海底下の海」という文言がありましたよね。この「海底下の海」というのは多分間違ってます。この部分こそ「海底下の大河」という概念がぴったりと当てはまると思います。

海底下の大河のイメージと4つの大河モデル

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7. なぜ沖縄熱水が選ばれたのか?

 ふっふっふ。ずばり本音を書いちゃいましょう。「けんちゃん。熱水噴出孔直下生命圏を掘削するならどこがいーい?」とお母さんみたいに尋ねてくれたなら、けんちゃん40歳はこう答えるでしょう。「インド洋かいれいフィールドがいい。かいれいじゃないとヤダー」。(理由については、海洋研究開発機構深海・地殻内生命圏システム研究プロジェクトのwebページを参照してください)。じゃあ何故、2001年に統合国際深海掘削計画の沖縄熱水掘削プロポーサルを書いたのか。だまされたのです。はめられたのです。ある意味、国家の陰謀なのです。でも私は良識ある大人ですので、そんなこと口が裂けても言いません。冗談はさておき、2001年の段階で、10年以内に掘削実現可能な対象熱水を考えた場合、やはり条件が揃っているのは、統合国際深海掘削計画を主導する国に近傍な研究の進んでいる熱水系に絞られました。そのなかでも、「掘削コアの回収」と「熱水噴出孔直下生命圏の直接証明」の可能性が最も高いと考えられたのが、沖縄熱水でした。
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8. 沖縄熱水の特徴と伊平屋北熱水活動域

 沖縄熱水活動の特徴とは何でしょうか?一番特徴的な性質は、熱水に二酸化炭素とメタンがべらぼうに含まれることです。沖縄の熱水活動は琉球諸島の北西に拡がる琉球弧や沖縄トラフという地質学的場に分布します。中央海嶺と呼ばれる海洋地殻が形成される場所ではなく、海洋地殻が大陸地殻の下に沈み込む地帯の熱水活動で、島弧熱水や背弧海盆熱水と分類されます。長い深海掘削研究の歴史上、熱水活動域の掘削は片手で数えるほどしか行われてきていませんが、そのほとんどは中央海嶺に起きる熱水活動域が対象でした。このようなテクトニックな特徴が異なる熱水活動の海底下がどうなっているかということを探ろうとすることは大きな科学的興味ですが、とりあえずそれはどうでもいいでしょう。もっと重要なのは、沖縄トラフや琉球弧は、中国大陸を流れる大河、黄河や揚子江によって、中国三千年の歴史がつまった泥、実は三千年どころか北京原人のかげかたちも見えないぐらい古い2百万年ぐらいの歴史が詰まった泥、で満たされていることです。この有機物に富んだ堆積物に埋もれた背弧海盆での熱水活動というのは、世界的には沖縄熱水しか知られていません。有機物に富んだ堆積物と背弧海盆という二つの特徴が、沖縄熱水の特徴的な高濃度の二酸化炭素とメタンという性質を決定づけているのです。さらに、この二つの特徴は、沖縄熱水が他の熱水活動とは比べものにならないぐらい長〜い海底下熱水の流れを作り出していると考えられるのです。なかでも最も長〜い海底下熱水の流れに支えられている沖縄熱水が、伊平屋北熱水活動域、つまり沖縄熱水掘削プロポーサルの対象なのです。

沖縄トラフの海底。左上に見えるのが揚子江。堆積物がたっぷり存在していることが見てとれる。

伊平屋北熱水フィールドの海底下熱水の流れの予想図。黒棒は掘削予定地点。

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9. 伊平屋北熱水活動は海底下のアマゾン川

 海底熱水は「海底下の大河である」いう考えを紹介しました。では、この掘削プロポーサルの対象である伊平屋北熱水活動はどのような大河なのでしょうか。実は「海底下の大河」には、その原動力の違いによって、異なる地球内部エネルギーに富んだ4つの大河があると考えられています(参考)。水素、イオウ、鉄、そしてメタンの大河と名付けられています。伊平屋北フィールドをはじめとする沖縄熱水は、言うまでもなく、そう「メタンの大河」です。メタンの大河というのは、陸上の大河で言えば、流域に豊かな生態系が育まれているような大河に相当します。しかも伊平屋北フィールドは、そのなかでも流域が極めて長いと予想されていますから、アマゾン川のようなものです。さらに、アマゾン川の特徴は、流域が長いだけではありません。鬱陶しいぐらいに枝分かれした支流の数々、そしてそれらがすべからくねっとりとした熱帯雨林ジャングルを流れてくるのです。あーもうそれ、ますます伊平屋北フィールドの熱水の流れそのものです。沖縄トラフの堆積物というのは、粘土―軽石―粘土―軽石―...というように水の流れやすい軽石のような層と水を通さない粘土が繰り返し繰り返し堆積しています。それが1000m以上。水は軽石層を水平方向に動きますが、鉛直方向には粘土が邪魔して動きません。しかし、有機物は粘土から溶け出してくるので、その水のなかでは微生物がぴちぴちしています。ところどころ断層があると、断層では水は水平に動かず、鉛直に動くようになります。そしてまたより深い軽石層で水平方向に動きます。このような面倒くさいことをずっと堆積物の中で繰り返しているうちに、どんどん微生物が繁殖し、メタンなどが蓄積していくのです。最終的には水は本流(地殻岩石の中の流れ)にたどり着き、伊平屋北海丘と呼ばれる火山の海底下で熱せられて、海底へ噴き出すようになると考えられています。実は2001年から10年近くかけてこのことを明らかにしてきたのです。その10年近い研究を一言でまとめると「伊平屋北フィールドは海底下のアマゾン川なのだ」という、一見おふざけに見える結論になるのです。
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10. 統合国際深海掘削計画プロポーサルロクマルイチ

 このような海底下のアマゾン川、伊平屋北熱水フィールドの源流(海水がしみ込むところ)から河口域(熱水が海底に噴出するところ)まで、全熱水循環経路は、水平距離で数10km、鉛直方向には数kmの拡がりが存在すると予想されています。そしてそれぞれの流域で、それぞれ異なる海底下の微生物群集が育まれ、またその活動によって海水から熱水への化学的性質変化が付加されていきます。この特徴的なステージの微生物―流体―固体(堆積物、岩石、鉱物)相互作用を全解明しようとした野心的な深海掘削提案が、IODP 601 Proposalでした。最初に、統合国際深海掘削計画に提出されたのは2001年の9月でした。それから9年後の2010年9月に、その掘削提案の一部が、「ちきゅう」を用いた統合国際深海掘削計画第331次航海として行われます。ただし、第331次航海では、伊平屋北熱水フィールドの河口域のみの掘削が予定されており、「熱水噴出孔直下生命圏の直接証明」が主目的になります。もうひとつの重要なテーマである伊平屋北熱水のメタンの生成場である「熱帯雨林地帯」に相当する部分は、第331次航海では時間が足りず、来年以降の掘削チャンスが待ち望まれます。
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11. 伊平屋北熱水フィールドの「熱水噴出孔直下生命圏」

 伊平屋北熱水フィールドの熱水化学・微生物群集の研究は、1997年からほぼ毎年続けられてきており、おそらくその微生物生態系は世界で最も研究が進んでいると自負しています。伊平屋北熱水フィールドには、7つぐらいの巨大な熱水マウンドがあり、それぞれのマウンドには、かなり化学成分が異なる熱水が噴出しています。これは海底下で、熱水が沸騰し、気―液二相分離を起こし、かつ複雑な熱水水路が形成されているため、ガスと水の移動能の違いにより再混合の比率が変わってしまうためと考えられています。というわけで、ガス成分の多いマウンドや塩分が濃いマウンドなどの多様性が生まれるのです。この熱水化学成分の多様性がそれぞれのマウンドに生息する微生物群集の組成に大きな影響を及ぼしていることを世界で初めて明らかにしたのです。このときは、熱水に現場培養器を設置して、熱水によって海底下から運ばれる微生物を濃し捕ったり、チムニーを細かく分けて詳細に解析したり、あるいは少し柔らかい場所から短いコアをとって調べました。ですので、間接的な解析方法といえるでしょう。これらの研究によって、海底下の微生物群集の棲み分けパターンを予想しています。統合国際深海掘削計画第331次航海では、「熱水噴出孔直下生命圏」が本当にピチピチしているのか直接証明するだけでなく、この棲み分けパターンが正しいのかどうか検証することができるでしょう。

伊平屋北熱水フィールド最大の熱水マウンドNBCの風景

伊平屋北熱水フィールドの熱水噴出孔直下生命圏の棲み分けモデル

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12. 「ちきゅう」と「なつしま」ジョイント航海

 統合国際深海掘削計画第331次航海では、まず、熱水噴出が一番緩やかな部分からピストンコアを採取し、固い金属鉱床が出現したら、ドリリングして、100-200mのコアを採取します。また、30m近い熱水マウンドを真上から掘り抜こうとするアクロバチックな掘削にも挑戦します。掘削した孔は、まるで河口域の分水路のような働きをするでしょう。つまり掘った孔から、新しい熱水が噴き出してくることが期待できます。これをほっておくとすぐに詰まり、何事もなかったように埋まるのはもったいないので、腐食しない金属のパイプを通して、海底下の熱水流路から直接海底に噴き出す人工熱水孔を作る予定です。この人工熱水孔は、普段海底の調査ではなかなか遭遇できない海底下を流れる熱水を直接研究する千載一遇のチャンスなのです。「ちきゅう」が作った人工熱水孔をすぐさま、「なつしま」と「ハイパードルフィン」で調査し、噴き出したほやほやの熱水を採取し、今後10年間ぐらい継続的に研究する予定です。じつは、熱水活動というのは非常に短い期間で、ダイナミックな変化をしています。例えば、地震とか火山噴火とかによって劇的な変化をします。それを我々が知らないだけで。人工熱水孔ができると熱水の成分はどのように変わり、どの微生物が最初に入植し、どの生物がフロンティアを開拓するのか、まともな研究はほとんどないのです。新しい人工熱水孔を作ることで、こうした変化を最初からじっくり研究できるようになるのです。さらに、人工熱水孔は、何メートルの深さから熱水が出てきているのか我々が調節することができます。その海底下の熱水の源に、現場培養器(カンダタシステム)を設置して、海底や海水からの混じりっけなしの真の海底下微生物を採取することにも挑戦します。私たちは最高300℃以上の高温でも耐え、海底下で密閉できる新しい機器を開発しました。これを使って、世界の誰もできなかったような熱水噴出孔直下生命圏への新しい研究を行っていく予定です。みなさん、今後の私たちの研究を是非楽しみにしていてください。

ROVを用いた人工熱水噴出孔とカンダタツールの設置

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