
下北半島八戸市の沖合80km。海の深さは水深1,180m。その海底から、さらに2,000m以上の深さに石炭層があった。石炭から放出される有機物を地下にいる微生物が利用する。これが石炭層生命圏である。この生命圏は具体的にどういうものなのか、それは直接たどり着かなければ分からない。調査できる能力がある船、それは地球深部探査船「ちきゅう」だけだ。だが、2006年の慣熟訓練は爆弾低気圧の接近で途中断念。2011年の研究航海は、東日本大震災に見舞われ断念せざるをえなかった。2012年8月から9月にかけて行われた掘削調査は三度目の挑戦である。調査は困難と、そして予想外の発見の連続だった。
(2013年3月掲載)
取材協力者
![]() |
稲垣 史生 IODP第337次研究航海 共同首席研究者 海洋研究開発機構 高知コア研究所 地下生命圏研究グループ 上席研究員 |
![]() |
村山 雅史 高知大学 大学院 教授 |
![]() |
諸野 祐樹 海洋研究開発機構 高知コア研究所 地下生命圏研究 グループ 主任研究員 |
続く困難
下北半島八戸沖合、海底下約2,000m以深にあると考えられていた石炭層。石炭は陸上植物の遺骸に由来する。地殻変動とともに海底下深くに埋もれたこの石炭層は、いわば「海底下の森」だ。陸上植物の遺骸は石炭へと変わっていく過程で、有機化合物や水素などの無機エネルギー基質を放出し、それを利用する微生物達が海底下に存在する。埋もれた植物を微生物達が利用すること自体は、陸上でも起こることだが、海底下の森では、これが何千万年という長いスケールで起こっている。それを調べるために「ちきゅう」のライザー掘削を用いて石炭層まで掘り抜き、コア試料を得る。それが2012年に行われた調査の目的だった。
「まず心配だったのは、2006年に掘った孔を塞ぐために使った金属製のキャップでした。」この調査を共同首席研究者として率いた稲垣史生上席研究員はそう話す。2006年、爆弾低気圧の接近によって「ちきゅう」は海底下650mまで掘った孔をキャップで塞ぎ、現場海域から退避せざるをえなかった。あれから6年以上の月日が経つ。金属製のキャップが錆びて外れなかったら、どうするか。
「幸いにもキャップはピカピカでした。しかし、今度は噴出防止装置の調整に時間がかかってしまいました。」稲垣上席研究員はそう振り返る。海底下を掘削する時に恐ろしいのは暴噴である。地下に異常に高圧なガスや水があった場合、孔から噴出することある。これを防ぐのが孔口に設置する噴出防止装置で、重量は380トンに達する。
「この装置は安全を守る要です。船上で、すべての機能が正常に作動することを確認できなければ海底に降ろせません。この確認に時間がかかって、航海日数が一日、一日と過ぎていくのです。」稲垣上席研究員はそう説明する。ようやく噴出防止装置を深海底に設置し、掘削を始めると、深さ約1,166.5mまで掘り進んだところで今度は掘削孔内で問題が発生した。
「大深度掘削を行うためには、比重や粘性を調整した泥水を掘削孔内に循環させて孔壁の崩落を防ぐライザー掘削方式を使用するのですが、その循環がうまくいかないという問題が発生しました。」稲垣上席研究員そのように振り返る。地下には砂の層や割れ目など、泥水を吸いやすい層があった。専門的に「逸泥」と呼ばれる厄介なトラブルだ。泥水が循環できなければ、より深くまで掘削ができず、試料を採取することもできない。このままでは終わりだ。そこで逸泥防止用の泥水を掘削孔内に送りこみ、ブラックホールのような逸泥箇所を塞ぐようにする。少しずつ泥水の循環が戻り、掘り進めるようになったところで孔壁を保護するケーシングパイプを降下し、さらに周囲をセメントで固め、ようやく問題を乗り切ることができた。





