第5回 地球シミュレータセンター シンポジウム

平成18年9月22日(金)、第五回地球シミュレータセンター・シンポジウムを都内港区の「女性と仕事の未来館ホール」にて開催しました。

今回は「やさしいシミュレーション科学講座」というテーマで、ヒートアイランドや海溝型地震等自然災害の予測研究や、温暖化による生態系への影響の研究、また、自動車開発や医療への貢献が期待される血流のシミュレーションなど、私たちの毎日の生活に密接に関わる「地球シミュレータ」の成果を取り上げ、紹介しました。7時間に及ぶ講演でしたが、今年も多くの参加者が最後まで聴講され、アンケートでは多数の方が大変面白かった、あるいは面白かったという感想をもたれていました。

第5回地球シミュレータセンター シンポジウム

アンケート結果

アンケート結果

  • 色々な分野の研究内容が知ることができた
  • シミュレーション研究の可能性に期待を持った
  • 最新の研究内容を聞けた
  • 専門用語が難しかった

貴重なご意見をありがとうござました。

講演資料

ローカル気象予測のための挑戦 -豪雨や台風、ヒートアイランド現象も含めて-

高橋桂子 (地球シミュレータセンター グループリーダー)

ローカル気象予測のための挑戦

2003 年、台風10 号のシミュレーション。台風の強風で海がかき混ぜられて温度が下がっているのが見える。

講演資料

気象や気候の現象は、自然の環境や人間活動から生じる様々な空間、時間スケールの現象と、それらの相互作用の上に成立しています。夏には、梅雨に伴う豪雨や、台風の進路や降雨量など、予めもう少し詳しくわかっていたら、より万全な対策をとることで、被害をさらに少なくすることができるでしょう。

また、私たちの生活に身近な、ヒートアイランドに代表される都市の気象現象について、さらに理解が深まれば、地球によりやさしい、暮らしやすい環境が実現できるのではないでしょうか。

このような数10mから数キロの単位で考えられる気象現象の機構解明や予測には、地域の地形や土地利用の詳細情報、都市域のビルの影響や排熱などの影響も考慮したシミュレーション予測がもとめられます。

地球シミュレータセンターでは、地球シミュレータの能力を最大限に発揮させ、このような局所的な気象現象の予測向上を目指したシミュレーションモデルの開発に取り組んでいます。地球シミュレータを使用して展開する、最先端の予測シミュレーションへの挑戦をご紹介します。


巨大地震は繰り返す -東海・東南海・南海地震の場合-

堀 高峰 (地球内部変動研究センター研究員)

巨大地震は繰り返す

南海トラフ巨大地震発生時系列 : シミュレーションによる地震すべり分布(上図・右下図)と18世紀以降に発生した南海トラフ巨大地震(左下図)

講演資料

地震、それも被害をもたらすような巨大地震は、一度だけ起こって終わるものではなく、同じような場所で、ある程度の期間をおいて繰り返し起こってきたことがわかっています。このように地震が繰り返し起こるのは、おもりをのせたブロックをバネで引っ張るのと似ています。最初はブロックがじっとしてバネだけが伸びますが、ある所までいくとブロックが急に動き出します。ブロックが動くと伸びていたバネがもとのように縮むのでブロックは止まります。このブロックの急な動きが地震で、それが繰り返し起こるというわけです。

地震が繰り返し起こると言っても毎回同じ地震が同じ間隔で起こるわけではなく、規模も繰り返し間隔も様々に変化します。今回ご紹介する東海・東南海・南海地震のシミュレーションでは、観測からわかっている震源の形やプレートの動く速度を取り入れ、700km × 300km という広大な領域を無数のブロックに分けて地球シミュレータで計算をしました。その結果、江戸時代以降にこの地域で見られた巨大地震発生の変化のパターンの再現に成功し、その変化のメカニズムもわかってきました。


岩をも動かす巨大熱エンジン -数値シミュレーションで探るマントル対流-

亀山 真典 (地球シミュレータセンター 研究員)

マントル内の対流パターン

マントル内の対流パターン。橙色の部分は高温の上昇域、緑の部分は低温の下降域。

講演資料

半径約6400km の地球の内部のうち、その9 割以上はマントルと呼ばれる岩石で占められています。マントルの中で対流が起こっていることはよく知られています。マントル対流といえば、地震や地殻変動、火山活動といった自然災害の究極の原因としての負の側面ばかりが強調されがちでしょう。しかしこの対流は、高温の地球の内部を冷やそうとする活動そのものであり、数十億年という時間スケールでの地球のありようをコントロールする重大な要因でもあります。この講演では、マントル対流研究の歴史を簡単にふり返りながら、私達が行っているマントル対流シミュレーション研究の成果をご紹介します。


地球温暖化と生態系の明日を考える

和田 英太郎 (地球フロンティア研究センター プログラム・ディレクタ)

ヒトの社会はその歴史上初めて生態系の観測から社会システムの形成に至るハードルを越えることに挑戦しようとしています。

自然界の生態システムは食物網に見られるように、生物相互作用が色々なサイクルを形成し、サイクル間を情報によって繋いで全体の順応性と持続性が保たれている世界に見えます。図はこのことを強く意識して生態系変動の研究調査と人間社会システムの相互関係を図式化したものです。先ず自然界の調査・研究によって精度の高い観測を行い、指標や環境容量を定めます(青色)。さらに多角的な切り口で統合化したモデルの信頼性を高め、予測モデルを創ります。ここで初めて文理連携が可能となり、社会科学者と協力して、さらにわかりやすい形で住民参加や順応的マネージメント(緑色)に繋げてゆきます。

この意味において観測・モデル・シミュレーションの三位一体の研究は明日の生態系を考え、社会が環境変動に対処する具体策を構築する入り口に位置していると言えるでしょう。


血液の流れのシミュレーション -循環器病の予防・診断・治療に向けて-

和田 成生 (大阪大学 教授)

赤血球の変形から心臓内の流れまで

図: 赤血球の変形から心臓内の流れまで

講演資料

心臓から拍出される血液は、全身に張り巡らされた血管系内を絶えず循環し、体を構成する全細胞に酸素や栄養分を供給しています。何らかの原因で血液循環に障害が生じると、直ちに生命の危機に陥ります。血液の体積の約半分は、赤血球と呼ばれる両凹円盤形をした有形成分の細胞で占められています。このため、心臓や大動脈のような太い血管では、血液は流体のように振舞いますが、毛細血管のような細い血管では、赤血球が変形しながら血液は流動しています。

実は、血流によって引き起こされる様々な力学的因子が、心筋梗塞や脳卒中の原因となる動脈硬化や動脈瘤の発症と進行、血栓の形成や溶血の発生などに深く関与していることが知られています。こうした血管病の発症や進行のメカニズムを知るためにも、血流解析は重要な課題となっています。本講演では、心臓や大動脈内のマクロな血液の流れから、毛細血管のミクロな赤血球の変形運動までの血液のマルチスケールな流動現象を、地球シミュレータを用いて再現するためのモデリングとシミュレーションについて解説します。


最先端シミュレーションによる物づくりの変革 -フォーミュラーカー、ロケットエンジンなど-

加藤 千幸 (東京大学 教授)

図1. フォーミュラーカーまわりの空気の流れ

図1. フォーミュラーカーまわりの空気の流れ

図2. 医薬品とタンパク質の結合解析

図2. 医薬品とタンパク質の結合解析

講演資料

理論でもない、実験でもない、第3の方法として近年、飛躍的に進歩してきた計算機シミュレーションが21世紀の科学・技術の発展の原動力となることが期待されている。ものづくり分野においても、従来は構造解析などごく一部の解析が設計に適用されていたが、現在では、量子力学計算も設計に適用されようとしている。たとえば、図1はフォーミュラーカーまわりの空気の流れを詳細に解析した例であり、風洞実験ではとても得られないような細部にわたる流れの情報が得られるようになっている。

今後、微小なエアロパーツの影響も含めて、コーナリング時などの空気の流れと空力性能を予測することに期待が集まっている。また、図2は生体機能をつかさどる分子であるタンパク質と医薬品化合物との結合性を量子化学計算により予測したものである。このような計算は、医薬品と結合したタンパク質の電子状態を調べるのに有用であり、高品位の医薬品の開発に役立つものと期待されている。

本講演ではものづくり分野における計算機シミュレーションの現状や今後の展望を分かりやすく解説します。


シミュレーションと未来社会

佐藤 哲也 (地球シミュレータセンター センター長)

地球シミュレータセンター センター長

地球シミュレータセンター センター長

講演資料

シミュレーションの使命は、活動している自然をリアリティある形で再現することにある。再現できるということは、そのシステムの未来の発展を予測できることを意味している。その意味で「シミュレーション」とは「未来」を見る「望遠鏡」と位置づけても良い。本来の「望遠鏡」は宇宙の「過去」を見る道具であり、決して未来を見る事はできない。近代科学は望遠鏡によって宇宙の過去を支配してきた法則を次々と明らかにしてきた。20 世紀までの西洋科学はその意味で過去を探る科学であったといえる。

21 世紀初頭に現れた「地球シミュレータ」は、その能力の大きさによって一つのシステム、例えば、地球の気候システムを丸ごと扱うことを可能した。システムの丸ごとシミュレーションが可能となってはじめてシステムの未来の発展を見ることが可能となる。

20 世紀までのシミュレータでは、その能力の低さからシステムの一部しか取り扱うことができなかった。部分シミュレーションではシステムの未来の発展は見ることは不可能である。いうなれば、地球シミュレータの出現によってはじめてシミュレータがシステムの未来を予想できる科学的な道具に昇華したといえる。

地球シミュレータは確かにシステムを丸ごとシミュレーションすることを可能にした。しかしながら自然のリアリティを再現するにはまだほど遠い状態にある。

自然は「生きている」、「活動している」。「生きている」「活動している」とは、組織を造り、発展し、崩壊を繰り返すことである。その活動は、日常的な規模のもの、地球規模のもの、宇宙スケールのものなど様々な時空間スケールで起きている。これは自然がのっぺりしたものではなく、はっきりと「階層化」していることを意味している。

実は、地球シミュレータはシステムを造り上げているひとつの階層を丸ごとシミュレーションすることを可能にしたのである。自然を構成している階層間の複雑な営みを解きほぐすには地球シミュレータといえどもまだまだ能力不足である。地球シミュレータを超える新しいシミュレータの実現が待たれる。

自然のみならず人工物もまたいくつかの階層からなっている。このことは、複数の階層を一度に取り扱うことのできるシミュレータが実現すれば、新しい産業製品もシミュレーションによってどしどし設計、開発が可能になることを教えている。

シミュレーション科学とは、気象、地震、環境など自然の未来を科学的に予想し、防災、減災など人間生活に安心と安全を与えるための科学であり、新しいものづくりのあり方を変え、人間に潤いを与える社会を造り上げるための科学である。さらに言うならば、21 世紀に「シミュレーション文化」を花咲かせ、「持続可能」の社会を築くことにある。

本講演では、連結階層シミュレーションという複数の階層を同時に取り扱うことを可能にする新しいシミュレーションの概念を導入し、そのいくつかの成果をお話します。