第8回 地球シミュレータセンター シンポジウム開催報告

- 安全・安心な社会の実現に向けて -

 独立行政法人海洋研究開発機構は「第8回地球シミュレータシンポジウム- 安全・安心な社会の実現に向けて」を平成22年10月5日(火)に秋葉原コンベンションホール(東京都千代田区)にて開催いたしました。

このシンポジウムは、地球シミュレータを利用した様々な分野における世界最先端の研究成果を親しみやすい内容で紹介することにより、シミュレーション科学の可能性を広く一般の方々に知っていただく事を目的として、毎年開催いたしているものです。

本年度は、「安全・安心な社会の実現に向けて」と言うサブテーマに相応しい「台風」「気象観測」「地震」「鉄道」と言った社会的関心が大きいテーマでの講演を行い、参加者の皆様も熱心に聴講されていました。

またシンポジウム実施にあたっては、単なる主催側と参加者側という個別の立場に留まらず、双方向の活発な意見や議論を得るため、各講演の終了後には質疑応答の時間を設け、またロビーには研究成果パネルおよび動画の上映を行いました。

それらの場面 においても、参加者の方々より熱心な質問、議論を行われている姿がありました。その様な終始盛況、活気のある状況でシンポジウムは終了する事ができました。誠にありがとうございました。

 

当日行われました講演概要は下記に掲載いたします。

  • スーパーコンピュータはどこまで台風を再現できるか
  • 複眼でとらえる気候システム
  • 海溝型巨大地震の発生予測を目指して
  • 鉄道の安全とシミュレーション - 地震対策など
  • 講演概要

    スーパーコンピュータはどこまで台風を再現できるか

    坪木 和久(名古屋大学地球水循環研究センター 准教授)

     地球の大気は、雲・降水の形成とそれに伴う水循環によって特徴付けられます。空気と水蒸気の流れのなかに雲や降水の粒子が形成され、それらが複雑に絡み合って多様な降水システムが形成されます。
    台風はその最たる例で、1000km以上に及ぶ大規模な台風をたかだか10km程度の積乱雲が駆動しているところが、台風を興味深い対象としている点であり、一方でそのシミュレーションを困難にしてきた原因でもあります。小さな雲を解像しつつ、大規模な台風をシミュレーションすることは、非常に大規模な計算になります。地球シミュレータの登場により、そのような大規模計算は革新的に発展しました。
    私は地球シミュレータの計算結果に、台風の雲が詳細に解像されているのをみたとき、かつてない新しい世界が開かれていくことを実感しました。その昔、ガリレオが望遠鏡で木星を、パスツールが顕微鏡で細菌を観察したとき、新しい世界をそこに感じたに違いありません。地球シミュレータは現代の科学を開く望遠鏡であり顕微鏡です。
    講演ではそれによって開かれた新しい世界の一つとして、台風をどこまで詳細に“観る”ことができるのかをお話したいと思います。

    複眼でとらえる気候システム

    榎本 剛(地球シミュレータセンター)

     日本の気候は北極域及び熱帯域の双方の影響を受けているため、私たちの暮らす日本域、中緯度だけでなく、北極域や熱帯域の気象・気候に無関心ではいられません。
     北極海では、近年海氷が急速に減少していますが、そのメカニズムは未解明です。熱帯域では、インド洋を源とする熱帯の対流活動が着目されています。この対流活動は、東に伝播して台風の発生にも影響を及ぼしますが、インド洋は観測が少なく発生メカニズムは十分に理解されていません。
     海洋研究開発機構では、観測の不足している海上でブイを展開するとともに、観測船「みらい」等を利用した集中観測を実施し、気候システムを監視するとともに、現象の解明に努めています。また、メリーランド大学及び同志社大学の研究者と共同で観測とシミュレーションとを組み合わせて、観測のない領域でも大気の状態を精度よく推定する手法を開発し、観測計画に役立てています。
     この講演では、気候システムをさまざまな観測やたくさんのシミュレーションといった複数の眼でとらえる重要性についてお話ししたいと思います。


    海溝型巨大地震の発生予測を目指して

    堀 高峰(地球内部ダイナミクス領域)

    はじめに
     皆さんは「地震の予測」と聞いてどのようなことを思い浮かべられるでしょうか?「地震雲」の出現や動物の異常行動といった何か大地震の前触れといった前兆現象でしょうか?あるいは最近実現された、地面の揺れを事前に知らせてくれる「緊急地震速報」でしょうか?我々の目指す「地震の予測」はそのどちらでもありません。今回は、我々が何にもとづいて何を予測しようとしているのかについて、ご紹介したいと思います。

    地震とは
     一般(例えばNHKの放送)では、地面が揺れることを地震と呼ぶので、その意味では地面の揺れを事前に知らせる「緊急地震速報」は「地震の予測」です。しかし我々地震の専門家は、その揺れを起こす原因である、地下の岩盤が断層に沿って急激なくいちがいを生じる現象のことを地震と呼びます。ですので、ここでの「地震の予測」というのは、地下の断層のくいちがいの場所・規模・時期を事前に予測するということになります。

    断層の位置
     断層がそれまで存在しなかったところに新しくできるのを予測しなければならないとしたら、場所や規模を事前に知るのは非常に難しいことになります。しかし幸いなことに、被害をもたらすような巨大地震の多くは、過去にほぼ同じ場所で似たような規模の地震を繰り返し起こしてきた断層のくいちがいとして起こることがわかっています。その中でも、海溝型巨大地震と呼ばれる沖合の海底下で発生する大地震は、沈み込むプレートとその上に載った陸側プレートの境界のくいちがいで生じます。つまり断層の位置はプレートの形からある程度事前にわかることになります。

    地震の規模
     地震の規模は、断層の面積とくいちがいの量に比例します。地震が起こる前にこれらの量を知ることはできるでしょうか?一つの手がかりは、過去に起こった地震の記録です。似たような地震が繰り返すのであれば、過去の地震の断層面積とくいちがい量から、次の地震の規模もある程度はわかることになります。もう一つの手がかりとして、プレートの境界で起こる地震の場合、固着域があります。プレート境界のうち、地震が繰り返し起こる場所は、たいてい普段固着しています。固着しているところとそうでないところがあると、周りに変形が生じるので、地表の変形を精密に測ることで、地下のプレート境界のどこが固着して、どこがずるずるすべっているかがわかります。カーナビ等に使われているGPSを用いることで、mm単位の地面の動きを測ることができるので、固着域の広がりが図のようにとらえられるようになっています。

    地震の繰り返し
     プレートは年間数cm程度の速度で動き続けています。そのためプレートとプレートの境界は、その程度の相対速度で本来くいちがい続ける必要があります。ところが、固着しているところはくいちがうことができません。境界がくいちがわないのに、プレート全体としては相対運動を続けているので歪みがたまることになり、限界に達すると、固着していたところが一旦はがれて、相対運動からの遅れを取り戻すべくくちちがいが起こります。これが地震です。はがれた場所は時間が経つと再び固着するため、地震が繰り返し発生することになります。つまり、プレート境界での地震の繰り返しは、境界でのくいちがいの時空間的な変化として表されるものと言えます。

    地震の予測
     以上のことから、地震、中でも海溝型巨大地震の予測というのは、プレートの境界でのくいちがいの時空間変化を予測することに置き換えられることになります。ここで重要なことは、予測すべきプレート境界のくいちがいの分布は、GPS等の観測データから日々(その気になれば時々刻々)求めることができることです。さらに、固着の仕方やはがれ方を決める境界面の摩擦の法則として、岩石実験から導かれたものを使うことで、過去の地震の繰り返しやこれまで観測されてきたプレート境界でのくいちがいの時空間変化を、コンピュータシミュレーションである程度再現できるようになっています。したがって、このシミュレーションが日々の観測データから求められるプレート境界のくいちがい分布といつも整合するようにすることができれば、その後の推移をシミュレーションから予測できることになります。これはデータ同化と呼ばれるもので、天気の数値予報でまさに行われていることであり、予測の精度を高めるための研究が進んでいます。我々はこうした研究を取り入れつつ、プレート境界のくいちがいの時空間変化を予測するシステム、すなわち海溝型巨大地震の予測システムを作る準備を進めています。


    鉄道の安全とシミュレーション - 地震対策など

    熊谷 則道(鉄道総合技術研究所 理事)

     日本の気候は北極域及び熱帯域の双方の影響を受けているため、私たちの暮らす日本域、中緯度だけでなく、北極域や熱帯域の気象・気候に無関心ではいられません。
     日本の鉄道は、通勤通学、旅行、ビジネスなど公共輸送機関を利用する方の移動距離(人キロ)全体の約70%を担っています。鉄道システムの技術開発や設計にあたっては安全の維持に細心の注意が払われ、解析と実験による試行と検証が繰り返されます。その過程で、実験では再現できない過酷な条件を設定し、時間をゆっくり進ませて可視化して物理現象を詳細に検討することにシミュレーションは大変役に立っています。
     自然災害から乗客を守る安全対策に関するシミュレーションの例として、大規模地震を想定して、新幹線が走行する高架橋の損傷対策の評価、車両の走行時の挙動と対策の評価などに活用している例を紹介します。加えて、安全設計の視点から車両の強度評価、駅での乗客の流動を考慮したホーム設備の評価など、メカニズムの解明や対策の効果の評価方法へのシミュレーションの活用例について紹介します。