発表要旨
1. プロジェクトの目的
北大西洋での深層水形成量は,全球規模の熱塩循環を通して,100〜1000年スケールの気候に大きな影響を及ぼし得ると考えられている.海洋循環モデルを用いて,その深層水形成量を的確に見積もるためには,渦の適切な表現が不可欠である.本研究の目的は,渦解像海洋海氷結合循環モデルを用いて,深層水形成量を見積り,深層水形成過程における渦の役割を理解することである.
2. 今年度当初の計画
ラブラドル海は,冬季に深層対流(1990年代は約1000〜2300m, Lazier et al., 2002)が起こる,世界でも希有な海域の一つである.その深層対流により形成される深層水形成量の変化は,全球熱塩循環を通じて,長期の気候に影響を及ぼし得る.それ故,深層水形成量を的確に見積もることは,気候研究において重要である.
また,ラブラドル海の深層対流の起因の一つである密度成層の不安定性には,グリーンランド西岸沖やラブラドル大陸棚からの中規模渦による熱塩輸送が関与していると考えられる.本研究の目的は,中規模渦を直接表現する渦解像海洋海氷結合循環モデルを用いて,深層水形成量を見積もることである.そして,ラブラドル海の中規模渦を特徴付け,密度成層の不安定性との関係を理解することである.
まず第一に,観測事実と定性的に整合性のとれた基本場のシミュレーションを実行する.ラブラドル海でRossby〜の変形半径程度5kmの水平解像度の計算では,水平場は比較的良く観測事実と整合性がとれた.
次に,鉛直場の整合性を見るために,その一つの指標である混合層深度を調べた.冬季3月に
〜混合層深度1500mがラブラドル海西部に局在することが観測されている.計算結果では,冬季3〜月に混合層深度3000mがラブラドル海全域に広がった.この結果は,混合層深度とその水平分布を過大評価しており,観測事実と反する.対流スキーム(対流調節, 拡散調節)と混合層スキーム(Mellor-Yamada, Pacanowski-Philander)と海面塩分緩和時間(30, 60, 100日)および含海氷塩分量(5, 10psu)を変えて再計算したが,混合層深度とその水平分布を改善することはできなかった.
その原因の一つとして,塩分濃度が観測値より高すぎることが分かった.塩分が高くなり過ぎる原因として,東グリーンランド海流の塩分が高いもしくは低塩分水の輸送量が足りない,中規模渦によるラブラドル海中央部への低塩分水輸送が十分ではないことが考えられる.これらを解決するために側面塩分濃度緩和時間の変更とモデル領域の変更およびモデル解像度2kmの計算を実行し,混合層深度の改善を試みる.
このようにして得られた基本場を用いて,ラブラドル海の中規模渦を特徴づける.そして,中規模渦が背景にある密度成層に与える影響を詳細に調べる.
3. 今年度得られた成果
CCSRの海洋海氷結合モデルをラブラドル海域に適用し,28年間分の数値計算を実行した.まず第一に,計算された流れ場の妥当性を検証するため,これまでに観測等で知られている事実の再現性を調べた.計算された8年平均水平循環場は,観測されている(1)表層の東グリーンランド海流と西グリーンランド海流とラブラドル海流および北大西洋海流が形成する反時計回りの循環と(2)中層700mでの一連の局在した反時計回りの再循環とその結果形成される時計回りの循環を定性的に再現した.また,8年平均水平循環場からの変動場がつくる(渦)運動エネルギー密度の8年平均海面分布も,観測事実を定性的に再現した.現時点で,水平運動に関しては,観測事実と定性的に矛盾はない.
また,本課題の重要な要素である中規模渦に関しても,人工衛星で観測されているグリーンランド西岸沖の渦対と渦群を定性的に再現した.Bedford Institute of Oceanography (Dartmouth, Canada)の観測事実によると,鉛直方向に比較的長い暖水渦が東部ラブラドル海で,比較的短い冷水渦が西部ラブラドル海で観測された.モデルは,この事実を定性的に再現した.また,モデルの結果解析から,サイクロン(長細い構造)とアンチサイクロン(軸対称構造)に構造的な非対称性が見つけられた.物理的に興味深い現象である.
更に,海氷密接度分布に関しても,分布が最も広がる3月でもラブラドル海は海氷で覆われず,分布が最も狭まる9月にはラブラドル海だけでなくバフィン湾も海氷で覆われないという観測事実を定性的に再現した.
一方,今年度の主目的である鉛直場の整合性に関して,その指標の一つである混合層深度の改善を試みた.昨年度の結果より,混合層深度とその水平分布の過大評価の要因の一つとして,ラブラドル海盆で塩分濃度が観測値より高すぎることが分かっていた.塩分濃度が高くなりすぎる原因として,北極海から東グリーンランド海流によってラブラドル海に流入する低塩分水が十分表現されていないことが考えられる.そこで,その低塩分水が流入する側面境界での塩分濃度と温
度の緩和時間を,従来の50m以深100日から表層を含む全層10日に強めた.モデル再計算の結果,冬季混合層深度はラブラドル海北西部で約1500mとなり,混合層深度が改善された.このモデル計算場を用いて,冬季の深層対流を実際に捉えることに成功した.