発表要旨
1. プロジェクトの目的
DDS(ドラッグデリバリシステム)のバイオソフトマテリアル的な現象の解明に大規模シミュレーションを導入する。本研究ではDDSの構造及び機能に着目し、先ず中核となる目的遺伝子の凝縮特性の把握、次に目的遺伝子をポリエチレングリコールで包む高分子ミセル構造の最適設計、さらにDDSを標的疾患部へ的確に輸送し、かつ薬理的作用を発現させるまでの薬物動態及び薬理効果を実現する分子機械設計を目的とする。これらの設計シミュレーションを薬理、臨床実験へフィードバックし、DDS開発の助けとする。
2. 今年度当初の計画
1) DNA凝縮挙動シミュレーション
前年度に準備開発したMORISによるシミュレーションを段階的に大規模化して適用し、DNA凝縮の基礎過程を約1,000原子程度から始め、原子数10,000個程度までの試行的計算から求める。同時に、これらの計算において計算効率等を測定し、アルゴリズムの改良を進める。
2) 高分子ミセルの自己組織化シミュレーション
簡略化した量子動力学モデルであるクォータニオンモデルを用いて、単一ブロック共重合体、ポリアミノ酸、遺伝子との相互反応特性に重点を置いた動的な機能シミュレーションを行なう。原子数の変化に伴う並列特性、ベクトル化特性の測定をも行い、大規模シミュレーションに備える。
3) DDS製剤の薬物動態のシミュレーション
細胞膜シミュレーションを段階的に大規模化するとともに、ミセルの血中移行挙動をシミュレーションによって把握し、機能修飾設計に役立てる。
3. 今年度得られた成果
DDSにおいて最も基本となるDNAとPEG等との結合挙動を詳細に把握することが必要とされている。そこで本年度は特にDNA凝縮挙動シミュレーションを重点に研究を進めた。
1) DNA凝縮挙動シミュレーション
① DNA凝縮においては、水溶液中でのDNAとポリエチレングリコール(PEG)とポリ-L-リシン(PLL)から成る複合体の挙動を詳細に把握する必要がある。そこでDNA+PEG-PLL+水からなる系の量子動力学シミュレーションを実施した。DNAの長さは14塩基対、PLL側鎖は4本、水分子260個、総原子数は約2000である。多原子種に対応した強束縛近似法プログラムMORISを使用して8ノードまでの並列計算を行い、50%以上の並列性能であることを確認した。現状ではDNA長やPLL側鎖数がまだ少ないが、今後のより大規模かつ長時間の計算可能性を示唆する結果である。しかしながら、計算資源が限られていたため、多くの計算資源が要求される詳細な凝縮過程については次年度以降に実施することとし、より優先度の高い②を先行させた。
② 部分的な詳細解析としてPEGとPLLからなるブロック共重合体がDNAと接合する条件を第一原理シミュレーションによって探索した。ES向けに並列化した平面波密度汎関数法プログラムPWSCFを使用した。PLL+DNAからなる系の構造最適化計算を行い原子結合状態や電荷分布を得ることができた。具体的には以下の二点である。
- a) 螺旋状に側鎖を12本付けた271原子からなるPLLのエネルギー構造最適化を行った。その結果、側鎖先端のアミノ基はカチオン化されC-N間距離は通常より長くなった。シミュレーションによってPLLのカチオン化を示したことはこれまでに前例の無い成果である。
- b) DNAと上記a) のPLLからなる908原子で構造最適化計算をおこなった。その結果、カチオン化されたPLLのアミノ基とアニオン化されたDNAのリンがイオン結合して安定に接合することが明らかとなった。これは実験家により提案されていた推論を裏付けるものであり、実験家と計算科学者を交えた本共同研究の特徴が活かされた成果である。
さらに上記の結果から、イオン結合を通して電荷移動が起こりDNAの凝縮が始まることが予想される。しかしその確認にはこれまで以上の長時間シミュレーションが必要であることが解った。
2) 高分子ミセルの自己組織化シミュレーション
今年度はクォータニオンモデルの導入と環境整備を実施し、高分子ミセルの自己組織化現象の計算にむけて準備した。
3) DDS製剤の薬物動態のシミュレーション
細胞膜や血中ミセルは量子論的に扱うにはあまりにも規模が大きすぎる。そこで古典的な手法の中で可能性を検討した。その結果、離散粒子法に基づくモデルが有望であるとの結論を得た。