平成18年度地球シミュレータ研究プロジェクト利用報告会

プロジェクトテーマ : 燃料電池の電極反応ナノシミュレーション

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発表要旨

1. プロジェクトの目的

燃料電池は、我々の生活レベルを落とすことなく、CO2削減を達成して地球環境を救う最も重要な技術であり、特に固体高分子形燃料電池は自動車や家庭用、さらに携帯機器等の電源として期待されている。しかし、その本格的な実現のためには大きな技術的な壁がある。その解決のために、単に試行錯誤で電極を開発するのでなく、燃料電池を構成するパーツの中で最も基本的な部分である電極について、電極反応を第一原理的に分子・原子レベルから解明することが求められている。これに答えるために、時間発展の追跡が可能な第一原理分子動力学法を用いて、電極を構成する金属原子、それに接する溶液の溶媒分子、電極反応する分子・原子、電気を運ぶイオンと電子などを含む大規模かつ複雑な系のナノ領域のシミュレーションを行う。

2. 今年度当初の計画

水素燃料電池の水素極の電極反応は、電気化学反応として最も基本的な電子移動反応であり、その解明は燃料電池という実用的な面で重要であるばかりでなく、基礎科学としても重要な課題である。本研究ではまずこの水素極のシミュレーションから始める。H17は電極反応のシミュレーションに必須である電位制御について、有効遮蔽体(ESM)を用いて効率的な計算ができる方法を提案し、第一原理分子動力学のコードSTATEに組み込んだ。すなわち、平面波基底ウルトラソフト擬ポテンシャルを用いた密度汎関数法により電子状態計算をして、そこから得られる各原子への力を用いて分子動力学計算を行う。コードチューニングの後、テスト計算を行った。H18から、この電子移動反応の電位依存性の本格的なシミュレーションを行う。電子移動反応はある電位で起こりそれぞれの電位での反応速度がわかって初めてその反応が完全にシミュレーションできたことになる。そのためには異なる電位で数点、それぞれの電位で反応を拘束して計算することを数点行う。計算時間としてはこれまでの10倍以上の時間が必要である。このようなシミュレーションにより、燃料電池の設計に必要な速度論的パラメータを得ることができると同時に、電極材料と反応速度との関係がわかり、新たな電極系の開発に大きく資するであろう。

3. 今年度得られた成果

燃料電池で最も重要なことは電位発生であるが、これは電極上での電子移動を伴って起こる化学反応に基づいている。その動的な第一原理シミュレーションは、これまで例がない。その原因は、第一原理的な電子状態計算における電位制御の方法と計算機資源に問題があった。我々は、H17に有効遮蔽体(ESM)を用いて効率的な計算ができる方法を提案した。計算対象は酸性溶液中での水素電極を模して、以下のように白金36原子を電極として、その上に水分子32個と水素原子1個を置き、真空(誘電率ε=1)と金属(誘電率ε=∞)のESM電極2個で挟んだ構造をしている。

EMS(ε=1) | 真空 | 36Pt | 32H2O + H | 真空 | EMS(ε=∞)


これを周期境界の中に置いて、第一原理分子動力学計算を行った。水素原子は、シミュレーション開始後すぐにヒドロニウムイオンH3O+となる。H18には、H17の計算を引き続き行い、水素発生の第一段階の電極反応がコンピュータ上で起こることを確認した。詳細は以下の通りである。

実験的には電極反応は電位差あるいは電流を制御するが(電位発生と電位制御は等価である)、シミュレーションでは電極上の電荷を制御することにした。すなわち、まず0.25〜0.4個の電子を電極に与えて、2 psほど全系をアニールした。この結果、溶液中のヒドロニウムイオンは電極に近づき、水分子はそのダイポールが電極の方向を向くように配向した。すなわち、電極上の電荷がスクリーニングされさらに電極に電子を入れられる状況になった。

次に、電子を急速に加えて、電子数0.95に保持した。これは、実験的には電極表面の電気2重層を充電して、定電位電解することに相当する。この状態で電荷を保持してシミュレーションを継続したところ、最初の電荷制御から5 psほどでヒドロニウムイオンが水素原子として白金上に吸着するフォルマー反応が見られた。(図を参照)

H3O+ + e- → H2O + H (on Pt) (フォルマー反応)

これにより、コンピュータ上で燃料電池の制御された電子移動反応が起こることが世界で初めて確認された。

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図 電子(青で表示)を伴って移動するプロトン。(上記の説明とはやや異なる第一原理分子動力学のテスト計算の結果。下側の層は白金原子層、上側は溶媒の水。いずれも、その周りの電子を等電子密度の面で表示。)

実験的には、このようにして生成した白金上の水素原子はターフェル反応、あるいはヘイロフスキー反応のどちらかで水素分子が生成すると言われている。このどちらが進むかは今後のシミュレーションの課題である。

以上のようにして、本研究の主要な課題である電極反応の第一原理シミュレーションが世界で初めて成功したが、今後は、計画にあるようにさらに詳細にこの反応過程を解析して、燃料電池の本格的な実用化に寄与したい。また、実用上は酸素極が問題であり、その反応のシミュレーションも次年度以降に行いたい。