平成20年度 地球シミュレータ利用報告会

革新的シミュレーションソフトウェアの研究開発

発表資料 (508KB)

1. プロジェクト名

革新的シミュレーションソフトウェアの研究開発

Revolutionary Simulation Software for the 21st Century

2. プロジェクト責任者名

加藤 千幸 (東京大学生産技術研究所 革新的シミュレーション研究センター センター長/教授)

Chisachi Kato

3. プロジェクトの目的

文部科学省次世代IT基盤構築のための研究開発「革新的シミュレーションソフトウェアの研究開発」では、産業界での実用に耐えうる世界トップレベルの計算科学技術用ソフトウェアの開発を行っているが、その一環として基盤となるソフトウェア群を地球シミュレータに移植して従来の計算環境では不可能だった計算を実施することにより、我が国の計算科学技術政策の成果を目に見える形で世界に公表する。これにより、ハイパフォーマンスコンピューティング(HPC)技術を産業界等広く社会に技術移転し有効活用されることを狙う。

本プロジェクトでは以下の5テーマを実施する

次世代デジタルエンジニアリング
  • (1) 最も過酷な車両設計要件の一つであるフォーミュラカーを対象とし、世界最大規模・高精度・非定常空気力の予測を実現する。
  • (2) 現象解明が困難なターボ機械内部の非定常現象(例えば、音源、振動、流体力)をLES解析により高精度に予測する。
  • (3) 発電用ガスタービンの翼周りの流動状態とタービン翼の熱伝導を連成させた解析により、フィルム冷却現象を高精度で解明する。
ライフサイエンス対応
  • (4) フラグメント分子軌道(FMO)法に基づいたタンパク質量子化学計算による化合物と医薬品標的タンパク質の相互作用解析の実用化を目指す。
ナノテクノロジー対応
  • (5) 次世代CMOSデバイスの開発を促進させるために必要とされるシリコンのナノ物性を高度に解析する。一方、新奇なナノバイオデバイスの発明を支援するため、生体物質-無機物質間反応を解析する技術を開発する。

4. 今年度当初の計画

(1) フォーミュラカーの非定常空力評価

平成19年度までに得られたHPC-LESによる車両空力予測技術に対して、新たに熱・流体連成解析技術を導入し、非定常風下でのラジエータ冷却効率等のエンジンルーム熱環境予測に対応することで、産業界での革新に寄与するソフトウェアの高機能化を行う。

(2) ターボ機械内部流れ解析

斜流ポンプの内部流れ解析を実施し、全流量域にわたる水力特性と定量的に予測するとともに、ポンプ不安定特性のメカニズムを解明する。

(3) ガスタービンフィルム冷却の連成解析

平成19年度度に実施したガスタービン翼の伝熱解析をベースに、予測精度の向上を検討する。

(4) タンパク質の大規模電子状態解析

タンパク質の大規模電子状態解析の高精度化・高速化を行う。

(5) ナノテクノロジー
  • (a) シリコン表面のナノ構造と物性:Si(110)表面は、高誘電率ゲート絶縁材料との格子整合性、チャネルの高移動度性などからナノトランジスタデバイスの基板として有望である。この表面では五員環構造が形成されることがSTM像から分かっているが、構造モデルとして完全に確立されたものは未だない。そこで、大規模第一原理シミュレーションにより構造モデルを確立させることを目指す。
  • (b) シリコン中原子空孔のナノ物性:原子空孔は、シリコンデバイス作製における酸化過程と添加物拡散において重要な因子であり、ナノデバイス開発において原子空孔を直接観察する技術が必要とされている。最近、高純度シリコンウエハーの超音波測定を用いて弾性定数のソフト化が観測された。これは、原子空孔が持つ電気四重極子によっていると予想されている。この実験観測に対応する構造が何であるかを、第一原理シミュレーションにより同定する。
  • (c) DNA-金属錯体間相互作用の研究:白金錯体シスプラチン(cis-[PtCl2(NH3)2])はDNAと反応し、インターストランド・クロスリンクを形成する。シスプラチン-DNA間相互作用を高度に解析し、DNAベースのナノバイオデバイスの作製を支援するシミュレーション技術の開発を目指す。
  • (d) 固体表面上でのDNAの反応解析:Cu(110)表面上におけるDNAの反応を解析する。この固体表面上でのDNAの反応性を調べることにより、ナノバイオデバイス開発の基盤となるDNAナノ構造作製のナノテクノロジーを創出するための糸口を探索する。

5. 今年度得られた成果、および達成度

成果

(1) フォーミュラカーの非定常空力評価

非定常風下でのラジエータ冷却効率とエンジンルーム熱環境予測を実現するために、ガスト風を再現する新たな数値モデルを提案し、ソフトウェアに導入した。突風を想定した風環境下での大規模LESによるフォーミュラカーの空力解析を実現し、風洞実験では予測が非常に困難な非定常空気力の評価に成功すると共に、非定常風特性を考慮したエンジンルーム熱環境評価が可能となり、風洞実験に替わる次世代空力予測システムとしてスパコンによる大規模LES解析の有用性を実証した。

(2) ターボ機械内部流れ解析

ターボ機械内部流れ:斜流ポンプの水力性を全流量域にわたり予測した。予測結果は概ね実験値と一致した。内部の乱流境界層を解像することを意図した大規模メッシュ(約8000万要素)を用いた場合は、ポンプの不安定特性を含め、水力特性と定量的に予測できた。また、流れ場の分析により、不安定が発生するさいの特徴的な流れ構造を抽出することができた。

(3) ガスタービンフィルム冷却の連成解析

ガスタービン翼の伝熱解析:境界条件、入口乱流強度、格子解像度、格子アスペクト比が伝熱係数の予測精度に与える影響について調査した。乱流遷移後の伝熱係数が過大評価される点に課題が確認された。

(4) タンパク質の大規模電子状態解析

従来のABINIT-MPの限界であった1,000フラグメントから、10倍の10,000フラグメントのFMO計算を行うためのプログラムの改良を行った。

(5) ナノテクノロジー
  • (a) シリコン表面のナノ構造と物性:これまで提案されているモデル構造(A. A. Stekolnikovら、PRL 93, 136104 (2004))の構造緩和計算を行い、STM像を模擬した。その結果、確かにこの五員環構造モデルは壊れず安定に存在するが、STM実験観察結果と五員環像の大きさなどに無視できない違いがあることが分かった。提案された五員環構造モデルは準安定な構造であり、さらに安定な表面構造が存在することが強く示唆される。そこで、新たに5種類の五員環構造モデルを作成した。構造緩和を行った2種は、五員環構造が崩れた。3種は、緩和計算を完了していない。
  • (b) シリコン中原子空孔のナノ物性:空孔のうち単原子空孔の対称性の高い(Td)構造は、超音波測定の弾性定数のソフト化を説明するとされるが、これまでの理論計算では、高対称性(Td)の単原子空孔はヤーン・テラー効果により対称性が下がった構造に変化するとされている。そこで、シリコン単原子空孔の複数の構造(Td、D2d、C2vなど)の安定性が濃度(セルサイズ)にどのように依存するかを調べた。 10.86、16.29、27.15Å立方中にそれぞれ1個のシリコン単原子空孔を導入し(セル中に63、215、999個のシリコンを含む)、Td、D2d、C2vの対称性を保った構造緩和を行った。その結果、(1) 欠陥濃度の高い場合(シリコン63個)には、Tdの欠陥生成エネルギーは僅かに(0.02 eV程度)他に比べて小さいが、濃度が低くなるに従い、D2dの欠陥生成エネルギーが低くなる(ヤーン・テラー効果により構造変化するとする説を支持。単原子空孔でない他の原子空孔構造が存在する可能性を示唆)。(2) 215個と999個のセルでは、D2dとTdの生成エネルギー差が 60meV変化する。長距離にわたる緩和の影響と見られる。(3) 63個のセル計算で見つかった二つのペアリング構造(D2d、C2v)の内、C2v構造(小さい格子緩和)は、999個のセル計算では不安定であることが分かった。
    また、大規模計算を行う場合に、小規模な系の計算結果を使って電荷・原子構造埋め込み法により電荷と構造の初期値を与える手法を(この単原子空孔計算用に)開発し、その有用性を確認した。
  • (c) DNA-金属錯体間相互作用の研究:気相におけるシスプラチンの水和反応の解析を行い、文献データとの一致を得た。第一原理分子動力学シミュレーションにより水中におけるシスプラチンの水和反応の機構の解析を行うため、メタ・ダイナミクス法を実装し動作確認を行った。シミュレーション時間が足りなく、水分子と塩素の置換反応まで到達しなかった。今回のシミュレーションにより、第一原理分子動力学による水溶液中の反応機構解析の準備ができた。また、シスプラチンとDNA塩基の複合体の構造解析を行い、シスプラチンとDNA塩基の結合を再現できた。
  • (d) 固体表面上でのDNAの反応解析:Cu(110)表面上でのアデニン分子の吸着構造と自己組織化構造の解析を行った。得られた自己組織化構造の模擬STM像は実験結果と一致した。DNA鎖の固体表面上での反応を正確に解析するには、DNA塩基間のファン・デル・ワールス相互作用を再現することが必要であるが、密度汎関数法ではファン・デル・ワールス相互作用を再現することが難しい。そこで、全エネルギーに逆6乗則ポテンシャルを加えることにより、ファン・デル・ワールス相互作用を再現する方法を採用した。ポテンシャルのパラメータは高精度な量子化学計算結果を再現するように調節した。アデニンとチミンを重ねた場合の塩基間距離が量子化学計算結果を再現できるようになった。この手法の開発によりCu(110)表面上のDNA鎖の反応解析を行う準備が整った。

達成度

  • (1) フォーミュラカーの非定常空力評価 70%
  • (2) ターボ機械内部流れ解析 100%
  • (3) ガスタービンフィルム冷却の連成解析 90%
  • (4) タンパク質の大規模電子状態解析 50%
  • (5) ナノテクノロジー
    • (a) 50%
    • (b) 75%(もう一回り大きな(1728シリコン原子)系の計算を行いたかった)
    • (c) 50%
    • (d) 50%