全球雲解像モデルを用いた雲降水プロセス研究
Study of cloud and precipitation processes using a global cloud-system resolving model
佐藤 正樹 (独立行政法人海洋研究開発機構 地球環境変動領域 全球雲解像モデリング研究チーム チームリーダー)
Masaki Sato
全球の雲・降水現象の正確な将来予測のためには, 現在気候における全球的な雲降水現象のプロセス解明が極めて重要である. 本課題では, 全球雲解像モデルNICAMを用いた数値実験を行なうことにより, 日から季節程度の時間スケールの降水現象における主要な雲・降水プロセスを明らかにすることを目的とする. この目的のために長期積分(半年程度)および最高解像度を用いた短期積分(数日から週)を複数ケース実施し, 現在進行中の大規模な国際観測プロジェクト(YOTC, AMY)と連携しつつ計算結果の定量的評価を行なう. また, 雲・降水に関連する物理スキームの大幅な更新も実施する. 得られた計算結果について, 観測の他これまでに行なった計算結果も有効利用して比較検討することにより, プロセス解明およびモデルの精度向上を推進する.
今年度当初は以下の3つの計算を研究計画の柱とした.
昨年度までに14 km格子を用いた感度計算を含む予備計算を完了した. 対象事例は集中観測PALAU2008において観測に成功した台風Fengshenの発生・発達過程である. 雲・降水過程が極めて重要な役割を果たす台風発生のメカニズムについて, 全球雲解像数値計算と現地観測により明らかにする. 計算データは全球的な雲・降水特性や個々の対流の大規模場への寄与に関する研究にも活用する.
物理スキームの精緻化の雲・降水プロセスへのインパクトに関して, 観測データおよび昨年までに行った計算ケースのデータとの定量的な比較を行なう. これらの比較はプロセス解明において極めて有効であるばかりでなく, モデル改善において非常に重要な足掛かりとなる. このための基礎データの収集を遂行する.
季節内程度の数ヶ月実験の事例を増やし, これまでの結果と照合しながら雲降水システムの詳細解明の解析を行う. 同時に解像度依存性についても調査する.
上半期は(1)を主体に, 下半期は(3)を主体に計算を行う. (2)については通年で実施する.
1) 上半期に10日積分を完了した. 当初計画ではアンサンブル計算を想定していたが, 積分期間を長く取る方がデータとしての利用価値が高いと判断し, 予備計算による調査に基づいて実験設定を定め10日間連続の計算を実施した. 計算実施にあたりスピンアップ後はタイムステップを長く(1.5倍)取ることができることが分かった. これにより, 当初予定の約3分の2の計算資源で目的を達することができた.
2) 通年を通して行い, 2004年4月を計算開始時期としたプロダクトラン遂行のためのモデル改良研究の一環として, 全球14km格子実験を中心としたパラメータ感度解析を行った. 気象衛星より得られた大気放射データや地表面降水量データ等との比較解析を行いながら雲物理計算数値のより適切な値の設定試験を進めた. (1)で予定していた計算資源の一部を用いて当初計画以上の計算を完了することができた.
3) (2)による知見を踏まえての実施が望ましいが, (2)の実施過程で様々な調整の必要性が判明したため, 一部の計算設定を理想化条件(水惑星)に切り替え, 季節内スケールの雲・降水変動現象(特にマッデンジュリアン振動, MJO)のメカニズム解明を主眼とする計算を系統的に行った. 単純化した実験設定は, 形成・維持や構造形成の要因のうち最重要と想定されるものだけを取り出してそのインパクトや役割を調べることを可能にし, 基礎的なメカニズムの理解の土台や現実条件の計算の物理的な解釈の根拠を与える. (3)に関する調整を行ったことにより今年度分の全計算資源の有効利用・研究計画の完遂は確実である.
台風発生に関る多重スケールのメカニズムを詳しく調べるため, 全球3.5km格子を用い台風発生4日前の2008年6月15日0時から計算を開始して10日積分を行った. 計算結果では台風の発生に関る大規模な雲の分布や西太平洋モンスーンに伴う循環場・熱帯季節内変動に伴う大規模場の特徴が再現されており, それらの中での台風の発生や発達もよく捉えられていた. 台風Fengshenは現業モデルによる予報進路の誤差が大きかった事例として知られている. 進路の予報誤差の原因を調べるため, 昨年度に継続して全球14km格子を用いた感度計算も実施した. 誤差の小さかった感度計算では, 活発な乱流鉛直混合により境界層内の水蒸気が対流圏下層に運ばれるため, 雲の分布が標準の計算に比べ現実に近くなることが分かった. また3.5km格子を用いた計算では境界層の乱流混合を大きくしなくても雲の分布の再現性がよく進路の誤差が小さくなるという結果を得た. 以上の計算結果からモデルの高解像度化による台風の雲の分布の再現性向上は進路予報の誤差軽減にも有効であることが示唆された.
主として2004年北半球春季から夏季に亘る高解像度数値実験の再現性向上を視野に入れた全球14km格子による雲物理過程等に関わるパラメータ試験解析を行った. NICAM雲物理計算モジュールにおけるより適切なパラメータ選定を行った. 本年度の解析結果は当機構の主要な研究課題の1つとして平行して行われる温暖化大気想定実験を遂行する上でも重要な基礎データの役割も成し得る.
過去の研究の結果を踏まえ, 東西一様な海面水温に波数1の東西変動を与えた実験(60日積分)を4ケース(変動の振幅ΔT = 1.5,2.25,3,4.5 K)実施した. 計算の結果, ΔTを大きくすると, 東西循環である準停滞性のウォーカー循環が生成され, 準停滞的な擾乱が卓越するようになり, ΔT=2.25の場合にはゆっくり東進するMJO的な擾乱が見られた. この結果から, 強制的な準停滞性のウォーカー循環と自由伝播モードである早いモードとの相互作用によってMJOのようなゆっくり東進するモードが発現したと考えられ, 海面水温の東西変動を通して作られるウォーカー循環がMJOの形成に重要であることが示唆された. 当初計画にあった現実条件の季節実験についても一部の計算を遂行した.
年度当初の研究計画を全て達成した場合を100%として数値で示してください.複数の目標があった場合は,それぞれについて達成度を数値で示してください.
※計画的に計算機資源を利用できているか, 状況を記載してください.
H22年12月末までに(1)-(3)の課題についてトータルで約35600ノード時間の数値計算を実施した. DISK領域の使用状況に関しては, 計算の実施期間の調整ならびに速やかなデータ転送の実施により, 20TBを最大限利用しつつ計算を滞りなく行うことができた. 1ジョブ辺りの利用ノード時間は40ノードを用いた. (80ノードの使用が望ましいが, その場合計算待ち時間が非常に長くなるため実質利用不可能な状況だった. )
※ベクトル化, 並列化チューニング等, 計算機資源を有効利用するために行ったこととその効果を記載してください.
ES2のアーキテクチャにおいて計算機資源を最大限有効利用できるようモデル(NICAM)の最適化を行った(地球シミュレータセンター及び日本電気株式会社と協力). 最も計算負荷の大きいルーチンを特定し(大気モデルにおける1次元の放射過程を計算するモジュール. 全計算時間のうち6.9%を占める)ソースコードの解析を行った結果, 冪乗計算・割り算が多くの演算量が多いことが高い計算負荷の原因であることが分かった. このルーチンに対し最適化を施すことにより, 全計算時間に占める割合を2.8%まで下げ, 処理時間を最適化前の38.9%に短縮することができた. 演算効率も約16GFLOPSから約19GFLOPSにまで改善できた.
2010年4月22日 : プレスリリース
「雲の組織化を直接計算できる数値モデルを用いた温暖化想定実験で熱帯低気圧の変化予測に大きな一歩」
2010年4月23日 : 日経産業新聞 「熱帯低気圧 温暖化で威力増す 海洋機構などスパコン分析 発生総数は減少」
2010年4月23日 : 日本経済新聞夕刊 「台風やハリケーン 温暖化で威力強まる 海洋機構など計算 発生は減少」
2010年4月28日 : 読売新聞 「「猛烈な台風」10倍に?」
2010年9月12日 : 読売新聞日曜版「巨大台風と温暖化」