第11回 ESCセミナー

ゲノムから環境の理解へ

日時
2005年12月16日 (金) 10:00-11:30
場所
横浜研究所 シミュレータ研究棟1F 会議室
講演者
高見 英人 (海洋研究開発機構 極限環境生物圏研究センター ゲノム解析研究グループ グループリーダー)
使用言語
日本語

要旨

生命の成り立ちや生物進化の謎解きは、同じ生物である我々にとって最も大きな関心事の一つである。しかし、生物は環境変化に大きく左右され、繁栄と絶滅の歴史を繰り返してきたことから、生物の過去、現在、未来の姿は、環境との相互作用を論ずることなしに理解することはできない。

ところで、生命現象をその生物が持つ全ての遺伝子(ゲノム)情報を網羅的に明らかにすることによって理解しようとするゲノム科学は、1995年に発表されたインフルエンザ菌の全ゲノム配列決定にその端を発する。2005年現在までに全ゲノム配列が決定された生物種は320種を越え、ゲノム科学的新しいアプローチによって、複雑な生命現象の理解へ向けての研究が急速に進みつつある。我々ゲノム解析研究グループでも国内ではいち早くこのゲノム科学的アプローチを取り入れ、極限環境微生物の環境適応機構の理解を目指して世界的には31番目となる好アルカリ性細菌をはじめ、これまでに深海から分離した高度耐塩性菌、好熱菌などの全ゲノム配列決定を完了し、得られた遺伝子情報からそれぞれの微生物の環境適応能を探る研究を行っている。

その一方、我々がこれまでターゲットにしてきた微生物は、ある環境中で単独に、かつ我々が設定した実験室における疑似環境中で生育可能なものばかりである。しかしながら、分離された微生物が棲息していた本来の環境中には我々の技術では培養不可能な様々な微生物が存在するので、単独では生育出来なくでも他の微生物または環境因子と正または負の複雑な相互作用をしながら環境に適応し、生命活動を営んでいるものと考えられる。したがって、必ずしも単独で生育できる微生物のみが環境中で優位であるかどうかは疑問であり、実環境における生物活性の把握には、環境中に存 在する微生物フローラ全体をターゲットとした解析が必要である。

これを可能にする手段の一つとして、環境中に存在する微生物フローラから培養や分離を介さず直接DNAを抽出して塩基配列を決定し、その遺伝子情報を直接調べる方法がある。これは、従来のゲノム解析よりも色々な意味で困難を要するレベルの高い解析という意味も含めて、"メタ"ゲノム解析と呼ばれるが、莫大なゲノム情報を取り扱うため、その解析はコンピュータのマシンパワーに大きく依存することになる。ゲノム解析研究グループでは、今年から試験運行が開始された"ちきゅう"の掘削作業によって得られるコアサンプル中に存在する微生物フローラをメタゲノム解析により明らかにすることを目指して、菱刈金山地下熱水系から得られた材料を用いて現在 メタゲノム解析に関する手法の開発を行っている。

また、コアサンプルの地質学的、物理・化学的な基礎データが得られれば、これら微生物が存在する場(環境)とゲノム情報から微生物や環境動態変化をシミュレーションできるのではないかと期待している。生物には、明確な理論体系がないため、物理化学的、数学的な理論に基づいたシミュレーションは現状では困難であるが、地球シミュレータセンターで行われている連結階層シミュレーションの考え方を持ち込ん で、生物を見つめ直すことは、極めて有意義であると考えている。

以上の背景を踏まえて、ESCセミナーでは、世界のこれまでのゲノム研究の流れに沿ってこれまでゲノム解析研究グループで行ってきた研究を紹介するとともに、今後の展望についてお話したい。今後得られるであろう地殻内コアサンプルに秘められた様々な地球史・生物史に思いをはせて共に研究するきっかけになれば幸いである。