TOP Frontier Newsletter No.13 Jan.2001


シベリアのタイガは水循環を媒介にした気候・植生共生系である?



安成氏顔写真 地球フロンティア研究システム水循環予測研究領域
地球観測フロンティア研究システム水循環観測研究領域

領域長 安成 哲三

Dr.Tetsuzo Yasunari


図1:東シベリア・カラマツ林上での熱収支の季節変動と地表面状態

 異なる気候帯には異なる植生が対応するということは、古典的なケッペンの気候区分などに見られるように、多くの人の常識のようになっている。しかし、ある植生が広大な地域に卓越していると、植生自体が逆に、大気や水循環に作用して、独自の気候環境をつくり出している側面もあるはずである。すなわち、少なくともある空間スケール以上での気候と植生の関係は、一方的な関係ではなく、相互作用系として理解する必要がある。地球フロンティア、観測フロンティア両研究システムの水循環研究領域の研究者は、大学グループとも協力してシベリアの広大なタイガ(亜寒帯針葉樹林帯)を舞台に、この古くて新しい問題の解明に協力して挑戦している。


 シベリアは広く永久凍土に被われているが、その凍土帯にほぼ対応するかのように、カラマツ、アカマツなどを中心とするタイガが存在している。このタイガは、衛星観測による植生活動指数の空間分布と季節変化を解析した地球フロンティアのグループ(Suzuki et al., 2000)は、このタイガが高緯度としては非常に活発な光合成と蒸散をしていることを示唆した。その典型的な地域であるレナ河流域のヤクーツク付近のカラマツ林内で、観測フロンティアの研究者達は、地表面・植生・大気間のエネルギー・水収支を2年以上にわたり連続観測を行ってきた。冬季がマイナス40度以下になるこの地域での通年観測自体、人間にとっても測器にとっても過酷な観測である。しかし、このような努力により得られた冬から夏にかけての熱収支と水収支、および森林のフェノロジー(植物の季節変化)から、非常に興味深い事実が見えてきた(Ohta et al., 2001; 図1参照)。


 4月中旬から融雪が活発になり5月上旬には完全に雪が消え、凍土の融解も開始する。この時期、地表からの顕熱フラックスは急激に増えるが、潜熱フラックス(蒸発散)はまだほとんどない。しかし、6月はじめ、突然のカラマツの展葉(新緑の開始)とともに、葉からの蒸散が急速に開始され、顕熱は小さくなる。なぜ突然展葉と蒸散が開始されるのか。この答えは、まだ完全には出ていないが、凍土の融解進行と木の根の深さが関係しているようである。この地域の森林の根の深さが20センチ程度であり、凍土の融解がこの深さに達した時、はじめて土壌水分の吸収と葉からの蒸散が開始されるのである。


 いっぽう、この同じ植生が大部分を占めているレナ河流域全体での水収支を、全球客観解析データを用いて解析したグループ(地球フロンティア+宇宙開発事業団)の結果(Yasunari and Yatagai, 2000)は、この地域の夏の降水量は、基本的に地域内の地表(すなわち森林域)からの蒸発散量に依存していることを明らかにした。夏の降水で保持された土壌水分は、9月には凍結して、次の夏以降に持ち越されるという、水文気候メモリーの役割も、凍土は演じている。



 これらの研究は、シベリアのタイガが、凍土と大気のあいだで、短い夏季のあいだに水を再循環させることにより自らの生命維持をはかると同時に、凍土もタイガの存在で維持されているという「植生・気候共生系」の存在を強く示唆している。今後の私たちの大きな課題のひとつは、この共生系のダイナミクスをさらに理解し、モデル化して、気候モデルに組み入れることにより、温室効果ガス増加や森林破壊などの人間活動のインパクトが、大陸スケールの気候と水循環、そして植生をどう変化させる可能性があるかを評価、予測することである。ユーラシア大陸で起こりうる、あるいは起こりつつあるこれらの変化は、風下側に位置する日本の気候にも、当然大きな影響を与えるはずである。



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