特集・森林が地球環境に果たす役割と世界の森林の現状

森林は、私たちの生活に土地の保全、水源のかん養、木材生産、生物多様性の保全など、さまざまな恩恵を与えてくれます。しかし、陸地の半分を覆っていたと言われる森林も、様々な人間活動により、年々その面積は減少し、今では過去の半分以上が失われました。気候変動政府間パネル(IPCC)、ヨハネスブルグサミットでも森林は政策の決定を左右する大きな要因として取り上げられています。

今回は、森林が地球環境に果たす役割と世界の森林の現状に関する研究を特集してご紹介いたします。

地球環境と森林生態系の炭素ダイナミクス

京都議定書でも大きく取り上げられましたが、森林に関する研究の重要な要素に、炭素収支があります。伊藤研究員により、この炭素収支の研究について地球環境への役割等をご紹介致します。

伊藤昭彦(地球フロンティア研究システム生態系変動予測研究領域)


炭素は植物バイオマスや土壌有機物の約半分を占めているため、森林の炭素バランス(収支)を研究することは森林の構造やダイナミクスを研究することでもあります。森林は、大気中の二酸化炭素(CO2)を光合成によって吸収し、呼吸によって放出していますが、このCO2は重要な温室効果ガスであるため、森林の炭素収支は地球の気候にも影響を与える可能性があります。地球上の森林には大気CO2の2倍近くの炭素が貯留されていると考えられているので、わずかな森林の変化が非常に大きな影響力を持つかもしれません。一方、森林が1年間に光合成で固定する炭素の量(約60×109トン)は人間活動による放出量の約10倍にも達するため、森林が地球温暖化を緩和する機能があると期待されていますが、多くの森林では光合成に匹敵する量の呼吸を行っている点には注意が必要です。つまり、森林の炭素収支をきちんと算出するためには、高精度の測定と精密な計算モデルが必要になります。気候変動に関する京都議定書では、各国の温室効果ガス放出の削減量に森林の炭素収支を加えることになったため、このような研究の重要性が非常に高まっています。

モンスーンアジア地域の純一次生産力
 
図1 陸上生態系の炭素循環モデル(Sim-CYCLE)によって推定されたモンスーンアジア地域の純一次生産力。衛星データに基づく高分解能(5分メッシュ)の土地被覆データを使用(Ito, 2003)。
空間的階層をもつ炭素循環モデル
図2 階層構造を持つ炭素循環モデルによって1地点からモンスーンアジアまでの広域でシミュレーションを行うことを示す概念図。

私たちの研究グループでは、陸域の炭素循環モデルを開発してグローバルな数値実験を行っていますが、その中には森林の光合成生産力やバイオマス、そして炭素収支を推定するものも含まれます。樹木が成長するには数十年以上を要し、土壌の変化にはさらに数百年の時間がかかるため、モデルは光合成や呼吸だけではなく、生態系の内部で営まれる様々な過程を取り入れて炭素循環を表現する必要があります。またグローバルな実験では、熱帯多雨林から温帯林、亜寒帯針葉樹林までの多様な森林生態系に対応できる柔軟性がモデルに求められます。図1に示したのは、衛星データから得られた現実のモンスーンアジア地域の植生分布に基づいて、植生の生産力をモデルによって推定した結果です。これを見ると、砂漠や草原で占められる内陸の乾燥地域に比べて、森林の分布する東南アジアなどの熱帯湿潤地域が高い生産力を持つことがわかります。同様にして、バイオマスや土壌炭素の分布もモデルから推定することができます。このモデルに温暖化や森林伐採などの操作を加えてやり、環境変動が森林の炭素収支にあたえる影響を評価することが、目下のところ主要な研究課題となっています。森林生態系の炭素循環については未解明な部分が多いので、新しい観測手法が次々と開発されていますが、そのデータをモデルに反映させるのも重要な課題です。例えばここ数年の間に、国内の約20カ所で森林のCO2交換が微気象学的な手法によって観測されるようになりましたが、そのデータはモデルがある地点の炭素収支を正しく推定できているかを検証する材料になります。また、人工衛星による観測も、データの豊富さや精度が格段に向上しており、植生の分布や活性度について広い範囲の情報をモデルに与えてくれます。

これまでのモデルでは、森林の炭素収支に影響する要因として主に温度や降水量などを扱っていました。確かに、大気CO2の増加や気候変動は、光合成や呼吸の速度を変化させて、森林の炭素交換のバランスを大きく変えてしまうかもしれません。さらに、最近では、人間による森林破壊や火災などがより直接的な影響をあたえている可能性も指摘されています。これらのインパクトを評価することは、先ほど述べた京都議定書における森林の炭素吸収量の問題とも深い関わりがあるので、モデル研究の発展が望まれています。しかし、森林の伐採や火災などの限られた地域で起こる現象は、図1に示したような大きなスケールのモデルで扱うことは困難でした。最近の私たちの研究によって、異なるスケールの階層をモデルに持たせることで火災などの影響評価が可能になりつつあります。例えば、図2に示したシベリアの北方林地帯のモデルでは、頻繁に起こる火事が森林バイオマスを大幅に減少させており、また気候の乾燥化が進めばさらに火災が増加して炭素の放出をまねくことなどがシミュレートされています。つまり、将来の気候変動が起こったときに森林が炭素を吸収して温暖化を緩和するかどうかを推定するには、多くの複雑な要因を考慮に入れねばならなりませんが、そのためのモデル研究はこれからが本番というところなのです。

参考文献
伊藤昭彦(2003): 東アジア陸域生態系の純一次生産力に関するプロセスモデルを用いた高分解能マッピング、農業気象(印刷中)


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