ボルネオ島低地の熱帯雨林

アジア森林パートナーシップ等の会議が開催されるなど、アジアでの持続的可能な森林経営が求められています。西村研究員により、アジアの森林の現状と特徴をご紹介いたします。

西村貴司( 地球フロンティア研究システム生態系変動予測研究領域)


1990年代前半、年間1540万ヘクタールの熱帯林が地球上から消失しました。東南アジアでは年間420万ヘクタールの森林が失われました。熱帯林は大気中の炭素を固定したり、水蒸気を放出したりしているので、地球規模での気候や物質の循環に大きな役割を果たしています。低緯度に位置する熱帯林は、太陽から受けるエネルギー量が多いために、高い生産性を示しています。そのため高緯度地方の森林に比べて、熱帯林は地球規模の環境に与える影響が大きいのです。

熱帯林といっても、東南アジアでは低地から山岳高地まで様々な森林があります。山地林になるとブナ科の樹木が多く、南西日本で観察される樹木の仲間が多く存在しています。ボルネオ島の中央から南部は、年間降水量が3000ミリメートル前後で、フタバカキの優占した広大な低地林が広がっています。フタバカキ科の樹木は東南アジアを中心に分布していて、ボルネオ島では260種以上が知られており、大きいものは樹高7メートルに達するものもあります。フタバカキ科のShorea属の樹木はマレー語でメランチと言います。日本では一般にフィリピンのタガルグ語からラワンと呼ばれ、ベニア材などに利用されています。

一方で、ボルネオ島の中央部は海から数100キロメートル内陸に入っても標高は数10メートルしかありません。低地林のなかでも非常に特殊なのが、ヒース林と泥炭湿地林で、それぞれボルネオの低地林全体の10%を占める主要な植生です。ヒース林は白い砂地上に形成されています。先住民のイバン族の言葉でケランガスといわれ、「陸稲の育たない土地」という意味です。中南米の熱帯にも同じような白い砂地上の森林があります。砂は保水性が低いので、乾季になると非常に乾燥します。このため、小さな木はとても深い根をしています。しかし土壌栄養分が地表近くに集中していますので、大きな木でも根の深さは数メートル程度です。乾季には水不足で枯れてしまう木も多くあります。


 
パランカラヤ市(インドネシア中央カリマンタンの州都)を流れるカハヤン川

それに対して、泥炭湿地林は河川沿いや水の溜まりやすい低地に分布しており、雨季には数10センチメートルから数メートル冠水してしまいます。このため死んだ樹木が分解されずに「泥炭」となるのです。熱帯の泥炭は、高緯度地方の泥炭が、低温と水のため主として草本が分解されずに形成されるのとは大きく異なっていることから、「木質泥炭」と呼ばれます。過去数千年におよぶ堆積によって、泥炭の厚さが20メートル以上に達している場所もあります。泥炭は硫黄などの有害成分を含み、地下水位も高いため、湿地林の樹木はヒース林よりもさらに浅い根をしています。雨季に冠水しても呼吸できるように、地上高くからタコ足状に根を出していたり、膝を折り曲げたように地面から根を突き出している木も沢山あります。泥炭湿地林の樹木はヒース林のような乾燥にさらされることはありませんが、雨季の洪水のため大きな木がしばしば根こそぎ倒れてしまいます。このため、湿地林の地面は非常に凹凸がはげしく、高さが数メートルほどもある小高い丘がいくつも形成されています。湿地林の樹木は数週間水面下に沈んでも死ぬことはありませんが、頻繁に冠水するとやはり死亡率は高くなります。そのため、水に浸かることのない丘の上には小さな木が沢山固まっています。河川沿いの湿地林には、ウルシ科の樹木が多く、それらは冠水しにくい小丘の上を特に好みます。黒いウルシの樹液が頭上から落ちてくることもあり、長時間湿地林内にいると皮膚がかぶれます。それでも日本のウルシのように長期間にわたってひどくかぶれることはあまりありません。

ヒース林も泥炭湿地林も混交フタバカキ林と比べると、種多様性が低く、樹高も30メートルほどしかありません。フタバカキ林では1ヘクタールの森林で数百種類の樹木が観察され、数個体しかない樹種も沢山あります。ヒース林や泥炭湿地林ではせいぜい百種類ほどしか観察されず、特定の樹種が全体に占める割合も高くなります。


白い砂地上のヒース林

河川沿いの泥炭湿地林は、雨季に冠水すると樹木の搬出が容易なことから、有用樹種が伐採されることはありましたが、農地には全く向いていないので、長く開発の対象とはなりませんでした。ボルネオ島の大きな都市はほとんど海沿いに位置していて、大きな河川沿いの一部の街を除いて内陸部の人口密度は高くありません。しかし、インドネシアではスハルト政権時代、湿地に運河を掘削することで排水を促し、農地開発を進めようとしました。日本でも北海道の石狩平野の泥炭地の開墾が非常に困難だったの同じで、問題の多かった事業自体は成功したとはいえず、現在では中断されています。


乾季のため水位の低い河畔の泥炭湿地林

開発の過程で沢山の湿地林の樹木が伐採されたこともさることながら、大きな問題はその下の泥炭層にあります。雨水の滞水や川の氾濫による過剰な水が泥炭の堆積を促しているわけで、湿地が排水されて乾燥化が進むと泥炭はもはや堆積せず、むしろ分解していきます。地表近くの泥炭に含まれる大量の炭素は、分解とともに大気中へ放出されます。エル・ニーニョの発生した1997年には、乾燥した泥炭に火が入り、森林火災を長期化させる原因にもなりました。地中の泥炭から大気中に放出された炭素量を正確に推定することは困難ですが、消失した森林から放出された炭素量の4倍から5倍に達したと推定されています。熱帯低地の開発は世界中いたるところで進められ、土地の乾燥化が進行していますので、かなりの泥炭層が毎年失われているはずです。熱帯雨林の構造、そして役割を知ることは、今後の地球環境を考え、保護対策を作成する上でとても大切になってきます。

参考文献
ホイットモアT. C. (熊崎実,小林繁男訳)(1993):「熱帯雨林」総論、築地書館、東京、224.
リチャーズP. W. (1996):熱帯雨林(第2版)、ケンブリッジ大学出版、ケンブリッジ、575.


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