特集 地球環境と大気汚染
メタンのエミッション・インヴェントリー
−モデル入力用、メタン排出量のグリッド・データベースの構築−
気候変動や地球環境問題を解き明かすためには、大気を構成する成分の変動を精度良く予測できるモデルの構築が重要な役割を果たすと期待されています。
この種のモデル計算へ入力するための、高精度かつ高分解の排出量データベース構築への取り組みを、アジア地域におけるメタン排出量の推計を例に取り、ご紹介致します。
地球フロンティア研究システム 大気組成変動予測研究領域
山地 一代

アジア域における高精度かつ高分解の排出量データベースの構築に向けて

 大気を構成する様々な微量成分の濃度や組成は、人間活動によって変化し、地球環境に複雑に影響を及ぼしていると考えられます。大気中の微量成分の化学的・物理的メカニズムを解明し、これらの濃度や組成の変動を定量的に評価できる大気成分変動予測モデルの構築は、将来の気候変動や地球環境問題を解き明かす重要な役割を果たすと期待されています。この種のモデルへ入力するためのエミッション・データは、その計算結果を大いに左右する事から、高精度で高分解なものが望まれております。現在、私たちのグループは、南、東南、東アジア地域を対象としたモデル計算へ入力するためのエミッション・グリッド・データベースの開発を進めています。今回は、メタンのエミッション・データベースに関する結果を紹介致します。

メタンの排出源として重要なアジア地域

 メタンは、二酸化炭素に次ぐ主要な温室効果気体であると同時に、その消失過程において、対流圏や成層圏の光化学反応系に影響を与えるものとして重要な気体です。大気中のメタン濃度は産業革命以来2倍以上に増大しており、この変動が地球環境に及ぼす影響は大きいと考えられます。今回、私たちが注目する農業活動、特に家畜の反芻作用や水田は、メタンの最大の人為的起源として知られています。私たちが暮らすアジアには、世界の約90%におよぶ水田が存在しており、また、数多くの家畜が飼育されています。このことから、この地域は、重要なメタン排出地域であると考えられます。しかしながら、排出量を算出する際、その推計方法や使用されるデータによって推計値に大きなばらつきが生じる上に、アジア各国の信頼性の高い情報を得ることは難しいため、排出量の推計結果に含まれる不確実性はかなり大きいと言われています。アジアにおいて今後予想される急速な変化を考慮した大気成分の変動予測モデルを実現させるために、私たちのグループは、現在のみならず将来の排出量を精度良く見積もり、高分解のエミッション・インヴェントリーを完成させる事を目指しています。


図1 2000年、南、東南、東アジアの主要国の農業活動(水田と家畜)からのメタン排出量。緑は、水田からのメタン排出量。水色は、家畜の排泄物の処理過程におけるメタン排出量。ピンクは、家畜の反芻作用におけるメタン排出量。

地域特有の排出係数と各国の詳細な統計値が、高分解データベースの構築を可能にする


 そこで、私たちのグループは、多くの観測データや異なる気候条件、農業活動に関する種々の情報(例えば、稲作の水管理や時期、有機肥料の使用量、家畜飼料の量や質)を十分に考慮した排出係数と国別、行政区別(特に、インド、中国、および日本)の詳細な統計値を利用して、年間のメタン排出量を推計しました。図1に、2000年、アジアの主要国の農業活動(水田と家畜)からのメタン排出量を示します。この地域の農業活動からのメタン排出量の合計は、従来の多くの推計結果よりも少ない55 TgCH4で、全球の年間メタン排出量の約10%を占めます。アジア地域に広く存在する水田からのメタン排出量の推計に対して、従来の研究では十分に考慮されていなかった水田の水管理状況や有機肥料の使用量などの測定値とメタン排出量の関係を詳細に解析したことによって、私たちは従来の研究結果よりも少ないメタン排出量を得ました。世界の水田の大部分がアジアに存在している事を思い出すと、全球メタンの総量に対する水田の寄与が過大評価されていた事が予想されます。これらの結果がIPCC第4次報告書へ貢献することを目指しています。
  2000年、アジアにおける農業活動(水田と畜産)からのメタン排出量のグリッドデータ(グリッドの間隔は、0.5°×0.5°)を図2に示します。この結果は、盛んにメタンを排出している地域が、バングラディッシュ、ジャワ島西部、およびメコン川デルタである事を示しています。現在、土地利用の変化、人口増加、経済発展を考慮に入れた排出量の将来予測、データベースの構築を進めています。


図2 2000年、南、東南、東アジアの農業活動(水田と畜産)からのメタン排出量グリッド・データ。各グリッドの間隔は、0.5°×0.5°。

   C o l u m n


ABC(Atmospheric Brown Cloud-Asia)オープンパブリックシンポジウム開催報告

 昨年9月23日、国連大学ウ・タント・ホールにおいて、環境省、文部科学省、国連大学高等研究所、海洋科学技術センター・地球フロンティア研究システム共同主催による「アジアの大気汚染と私たちのくらし」と題する一般の方々を対象とした国際シンポジウムが開催され、約150名の参加がありました。
  各主催者からの挨拶、趣旨説明の後、国連環境計画(UNEP)ディレクターのロナガン博士による「ポスト・ヨハネスブルグの世界における大気汚染・経済活動と社会」、カリフォルニア大学教授のラマナサン博士による「大気汚染の茶色雲」、1995年ノーベル化学賞受賞者で独マックスブランク化学研究所前大気化学部長のクルッツェン博士による「大気化学と気候に対する熱帯の役割」と題する講演と質疑応答がそれぞれ行われました。
  休憩を挟んで後半のパネルディスカッションでは、導傳愛子NHKニュース・ブロードキャスターによる司会のもと、東京大学中島映至教授からの「気候に対する人間活動の影響についてのコメント」が述べられた後、質疑応答に入り、開発・経済発展と大気汚染・環境問題、さらに貧困問題も絡むジレンマなどが取り上げられました。
  最後に、国連大学高等研究所の鈴木克徳上席客員研究員から、地球温暖化と並んで、ABCで取り上げられているような途上国と先進国を繋ぐ問題が重要となってきたこと、持続可能な開発に向けた教育、途上国における研究能力の向上、技術移転などが重要であるとの総括が述べられました。
  今回のシンポジウムには多くの方々にご参加頂き、環境問題についてみなさまと一緒に考えることができました。これからも、このような場を積極的に設けていきたいと思います。

 

Frontier Newsletter/No.25
FRSGC Index
<< BACK / TOP / NEXT >>