シンポジウム
「海況予測の現状と課題-水産試験研究機関の
現場データとJCOPEの統合に向けて-」
開催報告
独立行政法人海洋研究開発機構地球環境フロンティア研究センターJCOPEグループ
独立行政法人水産総合研究センター海況予測システム開発グループ
 

本シンポジウムは,水産総合研究センターと海洋研究開発機構の共同研究「太平洋及び我が国周辺の海況予測モデルの高度化と魚類生態モデルとの結合化に関する研究」(FY2004-)の現状を報告し今後の展望について広く議論することを目的として,2005年度日本海洋学会秋季大会の一部として開催されました。最初の趣旨説明により,本共同研究が,近年内外の諸機関で開発されている数値海況予報を発展させるためには海洋関係諸機関の連携が不可欠であるとし,本共同研究がそうした連携の「モデルケース」になるとの認識が提示されました。連携の具体的な目的は,現状では海洋関係者に広く利用されているとは言い難い水産試験研究機関の現場観測データ(図1)を,地球環境フロンティア研究センターが開発したJCOPE海洋変動予測システムの検証に用い,さらに予測システムに導入することで予測の精度を高め,現場観測データの有効性を示していくことです。

図1: 水産試験研究機関における定線観測網分布


午前中のセッション「JCOPEの現状」では,現場観測データを用いた現状のJCOPEシステムの精度検証が報告されました。まず,予測の精度,初期値の再現性が検討され,黒潮流路については予測,初期値ともに一定の精度があるが,黒潮・親潮混合域については初期値の再現が不完全であることが指摘されました。その後の発表では,データ同化の細部に立ち入ることでその原因が検討されました。まず,黒潮・親潮混合域では現場観測データが国際的なデータ交換網に通報されず,JCOPEに反映されていないこと,通報されている場合でも予測システムの初期値に有効に反映されていないことが指摘されました。その原因として,同化パラメータの違い等により同化システムにおける現場観測データの寄与が衛星海面高度データなどに比べて限定的であることや数値モデルのバイアスの存在が示唆されました。

午後の最初のセッション「JCOPEの改編と課題」では,検証結果に基づく数値モデル改編と,実際に水産試験研究機関のデータを現状の予測システムに導入した試みが報告されました。その結果,豊富な現場データにより同化に入れる観測値としては相当な改善がみられるものの(図2),モデルに導入された場合に初期値の再現精度が上がる場所もあれば,精度が思うように上がらない場所もあることが示されました(図3)。その原因のひとつとして,既に事前の精度検証によって指摘されているように同化システムにおける現場観測データの寄与が限定的であることが示唆されました。また,現場データの導入によって黒潮流路の予測精度がかえって下がる例も示されました。

午後の二つめのセッション「データ流通の現状と課題」では,水産試験研究機関が取得している現場観測データを国際的なデータ交換網に導入するにあたっての様々な課題が検討されました。「観測されたデータはどのようなものであれ,人類共通の財産である」という理念を掲げ,水産総合研究センター独自の運営交付金研究プロジェクトで開発が進められている現場観測データの収集システムによってJCOPE等の日本周辺の海況予測システムに導入されるデータが拡充されます。同時に開発中の可視化システムを用いて予測システムのプロダクトが各水産試験研究機関等の日常業務に直接役立つことも期待されます(データ提供に対する「利益還元」)。数値海況予報利用の最初の関門として,現在,水産試験研究機関が行っている統計的な予報を上回ることや,長年の伝統として引き継いでいる経験的な予測の「秘伝」を数値海況予報が内容としてしっかり包含していくことが具体的な課題として提示されました。

最後に,ARGOなどの観測コミュニティと,気象庁における海況予測の立場から,本共同研究への期待と今後の課題が提言されました。まず観測の立場から,ARGO等の外洋観測の成果をより沿岸に近い海況予測につなげる橋渡しのひとつとして本共同研究が位置づけられました。次世代のARGO計画として沿岸域を観測する新しい観測システム「グライダー」の開発が本格化しており,本共同研究の成果を高精度近海予測システムの実現へつなげることはまさに時宜にかなっていると言えそうです。気象庁においては,次世代の渦解像海況予測システム「MOVE/MRI.COM-NP」の開発が急ピッチで進行しています。本共同研究において,予測の対象設定の明確化,同化システムの強化,検証の方法など様々な点でその成果が参考になるでしょう。

学会本大会前日にもかかわらず多くの参加者を得て,会場では開放的な議論が活発に行われました。その中で,「何を目的とした予測システムなのか今ひとつはっきりしない」,「現場データを入れて良くなるといったのに必ずしもそうなっていないのはなぜか」,「駄目なところがあるならさっさと改良すればいい」などと真摯な批判と激励をたくさん頂きました。本共同研究が議論のたたき台としての「モデルケース」にとどまっている段階はそろそろ過ぎつつあるようです。今後は,現在順調に行っている共同研究の連携をさらに緊密に進め,一体となって火だるまのごとく日本近海の海況予測システムの「モデルケース」実現に向けて突き進む覚悟が求められます。

図2: 2003年10月11日の200m深水温観測格子点値。
上: 水産試験研究機関の水温データが無い場合(現状)。
下: 水産試験研究機関の水温データを導入した場合。


図3: 数値モデルで再現された2003年10月11日の200m深水温。
上: 水産試験研究機関の水温データが無い場合(現状)。
下: 水産試験研究機関の水温データを導入した場合。

上図に比べて、三陸沖の低温部や暖水塊の構造が明確になっているが、黒潮続流の再現はやや不明瞭である。