地球環境観測研究センター地球温暖化情報観測研究プログラムの猪上淳研究員は、日本気象学会から2006年度山本・正野論文賞を授与されました。 この賞は、気象学に関連する論文の中から、基礎研究・応用技術研究を問わず、新進の研究者・技術者による優秀な論文を選び顕彰するものです。
受賞対象となったのは下記の論文です。(この論文は、猪上研究員が米国ジョージア工科大学所属時に発表したものです。)
Inoue, J., M. Kawashima, Y. Fujiyoshi, and M. Wakatsuchi, 2005: Aircraft observations of air-mass modification over the Sea of
Okhotsk during sea-ice growth, Bound.-Layer Meteor., 117(1), 111-129.
この論文は、冬季季節風の吹く2月にサハリン沿岸からその沖合にあたるオホーツク海において、
海氷の密接度がさまざまに変化する経路上で気団の性質が変化する過程を、ロシアの航空機を用いて調べた研究です。
大気乱流熱フラックス(大気の乱流による熱や水蒸気の鉛直輸送量)の連続観測とビデオカメラによる海氷の画像解析の結果から、
海氷域に無数に存在する狭い開水域(リード)で引き起こされる熱交換過程が、大気―海氷―海洋の相互作用の理解において極めて
重要であることが明らかになりました。
日本周辺の海域では、冬季季節風の吹き出し時に、大量の熱・水蒸気が海洋から大気に供給される気団変質が生じます。
特にオホーツク海では、気団変質を通じて熱を奪われた海洋が結氷し、海氷が形成されます。海氷は場所によってその海面に占める
海氷面の割合(海氷密接度)に差があり、リードを多く伴った海氷域ではそれらを介した気団変質が起きていると考えられていました。
しかしながら、この評価に不可欠な航空機観測は、オホーツク海においては殆ど実施されていませんでした。
そこで猪上研究員は、2000年2月中旬に2回実施されたロシア航空機によるオホーツク海での特別観測のデータを詳細に解析し、
上記の評価に真正面から取り組みました。まず、各々の飛行で得られた海氷上の大気境界層内の気温・湿度・風速の鉛直分布を基に、
サハリン東岸から沖合までの混合層内の構造が季節風に沿ってどのように変化するかを確認しました。さらに、高度200mから毎秒撮影された
海氷の画像について、太陽高度の違いや雲の影響などで撮影条件が逐一異なることへの配慮から、各画像内のリードを肉眼で判別し、
沿岸から沖合約300kmまでの海氷密接度を100mという高分解能で数値化しました。そして、この密接度分布と大気乱流熱
フラックスの分布の物理的関係を考察しました。
その結果、海氷密接度と上向き顕熱フラックス(乱流変動による熱の鉛直輸送量)との間に局所的な強い負相関があることや、
季節風の移流効果で個々のリード域から数km下流側で顕熱フラックスが最大となる傾向を見出しました。また、顕熱フラックスはリードからの
熱供給の累積効果を反映し、リード累積幅が数km以内で約400W/m2から100W/m2 程度へと急減した後は、ほぼ一定となることなどを示しました。この結果から、大気―海洋間の熱交換は海氷の有無に関わらず、
風上のごく限られた開水域で活発に行われていることが明らかとなりました。
このように、猪上研究員は稀少な航空機観測で得たデータを独自の方法で丹念に精査し、含蓄する貴重な情報を最大限に抽出することで、
海氷域に無数に存在するリードからの熱供給とそれに伴う大気境界層内の気団変質過程の様相の定量的評価にはじめて成功しました。
この成果は、リードからの熱供給の累積効果の重要性を顕示するとともに、大気―海氷―海洋結合系の理解とモデリングにおいて
海氷密接度の正確な把握が不可欠なことを観測事実から明確にするものです。
|