JAMSTEC
平成10年11月26日
海洋科学技術センター


トライトンブイの不具合への対応について


  1. 経緯
    海洋科学技術センタ−(理事長 平野拓也)のトライトンブイ1号機(平成10年3月9日 、北緯8度、東経156度に設置)は、平成10年6月7日に通信が途絶えた。このため6月14 日にこのブイを回収し、同ブイを点検したところ、ブイ直下の係留金具の一部に腐食が 認められた。そこで他の2〜4号機についても6月19日までに回収し点検したところ、 いずれも腐食が認められたため、持ち帰り原因究明及び対策を図ることとし、詳細な調 査を行ってきた。また、調査の過程で水中センサの一部に不具合(CTセンサーの水温デ ータ異常、データ送信停止等)が生じていることが判明し、原因究明及び対策を図った 。

  2. 原因及び対策
    (1) トライトンブイ係留金具の腐食
    1. 状況 (図1参照)
      • 回収した1号機を点検した結果、ブイ本体とワイヤーロープを接続しているブイ直下の シャックル、チェーン、そしてワイヤーロープソケット部が異常に発錆し、シャックルの 一つにはナットのない状態であることがわかった。2号機、3号機、4号機にも同様の腐 食が生じていた。

      腐食状況

      1号機2号機 3号機4号機
      金属表面の状況 各金物共、表面の亜鉛メッキ層が消失して全体に赤く錆びている
      防食アノードの状況防食アノード(注1:アルミニウム合金)は全て消耗している
      腐食による損傷状況 シャックルの状況
      ネジ山が赤黒くなり、手で触れればボロボロと落ちる
      シャックルの状況
      ナットがほとんど腐食でなくなっている
      金物は全面に腐食しているが損傷なし

      但し、シャックル付属の割ピンが一部腐食

      ナットが脱落
      他の金物は全面に腐食しているが損傷無し

      但し、シャックル付属の割ピンが一部腐食


    2. 原因
      • 1〜4号機では実証機(注2)の結果をもとに実機に装着する防食アノードの数を決定 (135gを3個)していた。しかし、実証機においてガタつき防止のため本体と係留金具の 間に装着していた樹脂製スペーサーを実機では装着しなかったため、腐食の進行が早かっ た(実証機では実験中にこのスペーサーが破損していたためガタつき防止には役立たない と判断した。)。
      • トライトンブイ本体の係留金具接続部近傍に塗装の剥離箇所があり、小さな剥離面積で あっても腐食電流(注3)の増加に大きく寄与していることが分かった。
      • トライトンブイ本体の架台部に取り付けている鉛バラスト(ブイの姿勢を保つ重り )の一部に本体構造と電気的に接触しているところがあり、腐食電流の増加に寄与してい ることが分かった。
      • 環境的要因の検討の結果、海水温度が10度上昇すると、異種金属間の接触腐食(注4) が約50%増加することが分かった。

    3. 対策(図1参照)
      • ブイ本体と係留金具結合部のアイプレートを溶接接合一体型からボルト接合の分離型に 変更し、間にナイロン製の絶縁シートを入れて異種金属間の接触腐食を防ぐ。
      • 万一絶縁シートが破れた場合でも腐食の進行を避けるため、ブイ本体にも防食アノード を取り付ける。また、鉛バラストを腐食を起こしにくい鉄製バラストに替える。
      • 係留金具とブイ本体に取り付ける防食アノードの量を増やす。
        (135gを3個→63個)
      • ブイ本体の部材の表面は平滑な鏡面であり塗装が剥離しやすいため、部材の表面に目荒 らしを施すなど部材の塗装が剥離しにくいように、部材の下地処理及び塗装方法を改善す る。

    (2) 通信不良(図2参照) 
    1. 状況
      • トライトンブイ1号機からの通信が平成10年6月7日午前4時56分(日本時間)を 最後として途絶えた。その後、6月12日12時頃から一部のデータが送られてきて回復 する兆候が見られたが、アルゴス衛星での受信レベルは通常(−108〜−125dB) (注5)に比べて低いレベル(−135dB)であった。
      • 2〜4号機には、通信不良は無かった。

    2. 原因
      • 1号機のアンテナを分解したところ、内部に水滴が発見された。このことから、この水 滴により中央の芯線と周辺のポリエステルチューブとの間が電気的に短絡し、通信不良と なったことが判明した。
      • 水滴はアンテナ先端のプラスチックストッパーの間隙から侵入したと考えられる。

    3. 対策
      • アンテナ先端にゴムキャップを追加し水滴が入らないように処置する。
      • アンテナの受入検査として、アンテナを海水に一日間つけた後、水滴が入っていないこ とを確認するとともに、通信試験により送信レベルを確認する。

    (3)CTセンサ(伝導度・水温センサ)の温度データの異常
    1. 状況
      ・係留系のCTセンサの温度データが計測中ドリフトした。
      各ブイともCTセンサ12個装備しており不良な水中センサは、
      1号機は水面から  50m,750mの2個、
      2号機は水面から 300m     の1個、
      3号機は水面から 750m     の1個、
      4号機は水面から 250m,750mの2個である。 

    2. 原因
      • 水温センサーを収めている耐圧チューブの先端は溶接技術の熟練度の浅い技術者により 溶接(肉盛り)されていたため、溶接部に非常に小さな穴(ピンホール)ができ、ここか ら海水が浸水し、水温センサの抵抗値が変化して水温データに異常が発生してたと推定さ れる。

    3. 対策
      • 新たにキャップパーツを機械加工で作り耐圧チューブの先端をフタする形式でフタの周 辺を自動溶接する方法により、防水性をより確実なものとする。
      • 圧力試験は漏水の有無を水温センサ回路の抵抗値の変化で判断するが、従来実施
        してきた清水による試験では抵抗値の変化が少なく、漏水の判断をしにくく見逃しやす かった。このため海水試験に変えることで抵抗値の変化を大きくし漏水の判断をしやすく する。 

    (4)CTセンサのデータ送信停止(図4参照)
    1. 状況
      ・各ブイともCTセンサ12個装備しており、データ送信停止の水中センサは
      1号機は水面から 75m,500mの2個、
      4号機は水面から 75m     の1個である。   

    2. 原因
      • 電池ユニット部の固定ボルト締付け不具合とワイヤーロープの振動によりユニット部の 上下の基板が変形、ガタ付いて電路が切断され、電源が途絶えてデータ送信が停止してい たことが判明した。電池ユニット部の強度不足と、破損の状況から組み込み時に過度の力 で締付けたことが考えられる。

    3. 対策
      • 電池ユニット部の上部にプラスチック製リングを追加し、上部基板と軸をネジで 固定して、締付け時の変形を解消し、また上下基板を電線で接続する構造に強化した。


    (5)流速計のデータ送信停止(図5参照)
    1. 状況
      • 各ブイとも流速計1台を水面から10mのところに装備しているが、1〜3号機 の流速データの送信部に不具合が発見された。
      • 回収後、流速計の内蔵データを確認した結果正常に記録されていた。

    2. 原因
      • 回収後、流速計の内蔵データを確認した結果正常に記録されていたので、流速計センサ ー部以降の電磁モデム通信の異常と考えられる。
      • 流速計の信号処理部と通信装置部間の通信では、観測データと制御コードのセットで送 信されるが、観測データの一部の数値を制御コードの数値と誤認するソフト上の欠陥(誤 認すると観測データがクリアされて不完全なデータと判断して送信を止めること)があり 、リアルタイムデータの送信が停止していたことが判明した。

    3. 対策
      • 観測データと制御コードの表記方式は両方ともに数字であったが、誤認を防ぐた  めに観測データのソフトを文字表記に変更する。また万一通信異常が発生しても、 誤認のないようソフトを改良する。

    (6)水中センサ取付治具の一部破損 (図6参照)
    1. 状況
      • 一部の水中センサ取付治具に破損が生じた。
      • 各ブイとも13台の水中センサ取付治具を装備しており、破損した水中センサは、
        2号機は水面から  25m,50m(軽度摩耗)の2個、
        3号機は水面から  25m,50m(軽度摩耗)の2個、
        4号機は水面から  20m,50m,75m,
                     100m,125m,150mの6個である。

    2. 原因
      • トライトンブイに取り付けた海面から10m深の流速計データをみると係留期間中に1 ノットを超える流れが観測されており、特に破損の大きい4号機は、3か月の係留期間中 の40%が1ノット以上の流れを示し、1%の期間は、2.5ノット以上であった。これ らのデータから、破損した取付治具の深度でも強い流れが存在したと推測される。
      • 一方、海洋観測ブイ係留予備試験の結果から、2ノットの流れの中で、係留索系に約± 3G(注6)の振動加速度が生じることがわかった。
      • 以上より、取付治具の破損原因は、強流中における係留索系の振動であると考えられる 。


    3. 対策
      • センサ装着方法を見直し、構造上ガタがなく耐振動性を考慮した抵抗の少ない形状の取 付治具とするとともに、係留索についても振動低減策(スパイラルチューブをワイヤーケ ーブルに螺旋状に巻き付けたもの)を施すことにする。

  3. 今後の予定
    上記の対策を施し、平成11年2月〜3月の海洋地球研究船「みらい」の航海において西部 熱帯太平洋域に設置する予定である。

図一覧
注釈解説
注1:防食アノード
鉄よりも電気的な腐食に弱い金属を取付けて鉄を守るもので、アルミニウム合 金で作られている。
注2:実証機
トライトンブイシステム開発用の実験機をいう。平成8年11月小笠原海域に   おいて実証試験に用いられた。
注3:腐食電流
注4における電流のこと。
注4:異種金属間の接触腐食
2種以上の異なる金属が海水中で電気的に接触すると、電流が流れ弱い金属が溶け出し腐 食する現象。
注5:dB
電波の強さの単位。1mW(ミリワット)=0dBを基準とする。
対数表示であり-10dBは1/10、-20dBは1/100と弱くなることを示す。
注6:G
加速度の単位。1Gは地球上での重力加速度の大きさを示し9.8m/s 2