平成17年4月18日
海洋研究開発機構
国立環境研究所
茨城大学
最終氷河期に海底下メタンハイドレート層が崩壊した形跡を十勝沖で発見

概要
 独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 加藤康宏)地球環境観測研究センターの内田昌男研究員、独立行政法人国立環境研究所(理事長 大塚柳太郎)化学環境研究領域の柴田康行領域長、国立大学法人茨城大学(学長 菊池龍三郎)の大串健一博士の共同研究グループは十勝沖の水深1066mから採取された海底柱状堆積物コア(長さ7m)の解析から、最終氷河期最寒期(2万3千年前)から氷床融解期(1万7千年前)に掛けて、海底下に存在するメタンハイドレート層(注1)の不安定化に伴うメタン放出があった形跡を多数発見した。

 この成果は、米国地球物理学連合発行の雑誌Geochemistry, Geophysics, Geosystems(4月12日発行、米国時間)に掲載された。

背景
 グリーンランドアイスコアの酸素安定同位体比(注2)の分析から、過去9万年間に22回、数百年規模での急激な温暖化が起きたことが報告されている。これらの急激な気候変動のメカニズムについての詳細については、まだ明らかになっていない。しかし、このメカニズムの一つを説明するものとして、現在、極域も含めた大陸縁辺部の海底下に大量に存在するメタンハイドレート層が何らかの原因によって崩壊し、メタンハイドレート層由来のメタンが大量に大気へと放出され、温暖化を加速させたのではないかとの仮説が提唱されている。その量は、化石燃料に換算して既知の天然ガス、石油、石炭の総埋蔵量の2倍以上(炭素換算)に相当することが分かっている。最近、日本周辺を含めた北西太平洋の縁辺域の海底探査によっても、莫大な量のメタンハイドレートの存在が明らかにされている。日本周辺でも下北半島沖(水深1366m)において、アイスコアから明らかになっている最終氷河期の温暖期にメタンハイドレート層が不安定になった形跡が発見されている(海洋研究開発機構、国立環境研究所プレスリリース、平成16年9月16日)。現在メタンハイドレートの宝庫ともいえる北西太平洋域が、過去にメタン放出という形で世界レベルの急激な温暖化と密接に連動していた可能性があり、今後メタンハイドレートの崩壊と過去の急激な気候変動との関係を解明することは極めて重要な課題である。

成果
 本研究において解析された海底柱状堆積物コアは、2001年6月の海洋研究開発機構所有の海洋地球研究船「みらい」MR01-K03航海により、現在、広範囲にわたってメタンハイドレート層が見つかっている十勝沖水深1066mの地点(PC6)において採取された(図1)。堆積物に保存されている浮遊性・底生有孔虫化石(注3)の炭素安定同位体比の分析を行った結果、海底下約4mから7mの堆積物層からメタン放出の可能性を示唆する炭素同位体比異常が多数見つかった(図2)。
  これらの層について国立環境研究所の加速器質量分析計を用いた高精度放射性炭素年代測定法により、正確な堆積年代を求めたところ、最終氷河期最寒期(2万3千年前)から氷床融解期(1万7千年前)の時代に相当することが判明した。通常有孔虫の炭素同位体比は、メタンハイドレート由来のメタンの同位体比とは大きく異なっており、メタンの同位体比は有孔虫のそれに比べて非常に小さい。今回発見された有孔虫の同位体比は、通常外洋で見られる値と比べ非常に小さく、有孔虫がメタンの影響を受けた事、すなわちメタン放出があったことを示している。有孔虫化石は、褐色を呈しており、メタンハイドレート層から放出されたメタンが海底・海水中で酸化し、有孔虫殻の表面で再結晶したものと考えられる(図3)。本発見は、北西太平洋域が最終氷河期にメタンハイドレート層由来のメタン放出が頻発していた地域であることを示唆する世界で初めての発見である。

今後の課題
 メタンハイドレート層の不安定化の原因となるメカニズムについては現時点では未解明であるが、海水準の低下による圧力低下はメタンハイドレート層の不安定化する要因の一つとして考えられている。本海域でメタン放出のあった時代は、現在と比べて海水準の低下(100m以上)が顕著であった時代に相当している(図4)。したがって,海水準の低下による圧力低下が存在し、さらに二次的な不安定化要因がさらに作用したことによりメタンハイドレート層が不安定化した可能性がある。二次的な不安定化要因の一つとして、本海域は、大規模なプレート境界型地震が頻繁に発生する海域にあるため、地震による海底地滑りや断層の形成・移動などによって、メタンハイドレート層の不安定化を招いたとも考えられる。さらに最近の研究では、メタンハイドレート層の崩壊と関連した津波の発生についても報告されていることから、それらの因果関係についても、今後の研究が必要とされる。さらに本研究において発見された時期は、最終氷河期から現在の気候システムへと地球の気候がダイナミックに推移する時期に相当することから、海洋環境変動と密接に関連したグローバルな気候変動とも多いに大いに関連があることが考えられる。

注1:一定の物理条件下で形成されるメタンと水が結合し、シャーベット状になったもの、天然ガス、石油等に代わる次世代のエネルギー源として期待されている。
注2:アイスコアの氷の酸素安定同位体比は、気温の変動を示す指標として用いられている。年平均気温と酸素同位体比の間には相関があり、その経験式に基づいて過去の気温を算出することができる。
注3:炭酸カルシウム骨格をもつ単細胞生物の化石。海洋表層に生息するもの(浮遊性有孔虫)と、海底に生息するもの(底生有孔虫)がある。これら有孔虫の炭酸カルシウム骨格に含まれる炭素同位体比を測定することにより、メタンハイドレートからメタンが放出されかたのかどうか調べることができる。

問い合わせ先
海洋研究開発機構
 地球環境観測研究センター
 地球温暖化情報観測研究プログラム 研究員 内田 昌男
  Tel :046-867-9491 Fax :046-867-9450
  URL:http://www.jamstec.go.jp/iorgc/jp/list/p3c.html
 総務部普及 ・広報課 課長 高橋 賢一
  Tel :046-867-9066 Fax :0468-67-9055
  URL:http://www.jamstec.go.jp/

国立環境研究所
 化学環境研究領域 領域長 柴田 康行
  Tel :029-850-2450 Fax :029-850-2573
  URL:http://www.nies.go.jp/chem/terra/index-j.html
 企画 ・広報室 研究企画官 田邉 仁
  Tel :029-850-2303 Fax :029-851-2854
  URL:http://www.nies.go.jp/index-j.html

茨城大学
 教育学部 大串 健一
  Tel :029-861-3771 Fax :029-861-3747
 総務部総務課広報係 担当 :仁平
  Tel :029-228-8010 Fax :029-228-8586
  URL:http://www.ibaraki.ac.jp/index.shtml