平成18年6月13日
独立行政法人海洋研究開発機構

世界で初めてのアルゴフロートによる北極海でのリアルタイム観測を実現
〜国際アルゴ計画へのデータ提供により気候変動予測の精度向上に貢献〜

1.概要
   海洋研究開発機構(理事長 加藤康宏)地球環境観測研究センターは、平成18年4月17日、北極点付近の多年氷域注1において、アルゴフロート注2を用いた新しい氷海用観測システムPOPS(Polar Ocean Profiling System注3図1)の設置に成功し、これまで国際アルゴ計画の観測空白域であった北極海において、世界で初めてのリアルタイム観測・データ配信を実現しました(図2a)。

2.背景
   全海洋のモニタリングシステムの構築を目指す国際アルゴ計画では、平成18年6月現在2400台を超えるアルゴフロートにより、世界中の海域でリアルタイムの観測を行っています(図2b)。アルゴフロートは観測データ送信のために海水面に浮上する必要がありますが、海氷が存在する海域ではそれが困難であるため、これまでアルゴフロートによる北極海観測はできませんでした。このため新たな発想で作られたのがPOPSです。
   海氷は観測の障害物と考えられがちです。しかし、本システムは海氷と共に漂流する注4ブイからケーブルを吊り下げて、これにアルゴフロートを沿わせる形で観測を行うため、海氷域でのデータ取得・配信が可能となりました。

3.実施内容
   北極海上には南極大陸にあるような常設基地は存在しません。当機構のチームは、北極点付近の厚さ2〜3mの多年氷上(北緯89.03度、東経165.66度)のキャンプに滞在し、平成18年4月17日にPOPSの設置を行いました(図3)。その後、水温・塩分の鉛直連続データを3日毎に、気温・気圧・GPS位置情報データを3時間毎に順調に取得し続けています。本システムにより、北極海の海氷変動メカニズムを調べる上で不可欠となる海洋の貯熱量(北極海が持つ熱量)及び貯淡水量(北極海表層を覆う淡水量)などが常時モニタできるようになりました(データ例:図4)。さらに、取得データについては、平成18年5月23日より、気象庁を通じて国際気象通信システム(GTS:Global Telecommunication System)および国際アルゴデータセンターへの自動配信を始めました。今回の設置は、図2aのように北緯80度以北で唯一の国際アルゴ計画観測点であるため、世界で初めて北極海から当計画にデータを提供したことになります。
   なお、本データ及び観測結果は、当機構のホームページ(http://www.jamstec.go.jp/arctic/)でも見ることができます。

4.今後の予定
   国際アルゴ計画で得られているデータは、様々な気候変動予測モデルの元になるデータとしても用いられています。したがって、新たに北極海の現場観測データが自動配信されることは、激変する北極海の実態把握のみならず、全球規模の気候変動予測モデルの精度向上に繋がり、そして全球地球観測システム(GEOSS)「10年実施計画」などに貢献することができると考えられます。また、平成19年3月から平成21年3月までの国際極年には各国の様々な極域観測が予定されています。今回の成功を受けて、ヨーロッパの研究機関も今年の夏に数機のPOPSを北極海に投入することを計画しており、将来的には国際的枠組で多点展開による北極海からのデータ配信が期待されます。

お問い合わせ先 :
独立行政法人海洋研究開発機構

地球環境観測研究センター

地球温暖化情報観測研究プログラム
北極海気候システムグループ 研究員 菊地 隆
Tel.: 046-867-9486, FAX: 046-867-9455
URL:http://www.jamstec.go.jp/arctic/
研究推進室長 宮下 貴志
Tel.: 046-867-9398, FAX: 046-867-9372
経営企画室報道室長 大嶋 真司
Tel.: 046-867-9193, FAX: 046-867-9199

用語解説

注1 多年氷域:
   夏でも海氷が消滅しない海域。北極海においては、近年この多年氷域の面積が減少していることが知られるようになってきた。例えば、NASA Earth Observatoryのプレスリリース(2005年9月28日)によると、1980年9月には約7.8×106 km2あり北極海のほぼ全体を覆っていた多年氷域が、2005年には約5.3×106 km2にまで減少し過去最小面積になったことが示されている。
(参照:http://www.nasa.gov/centers/goddard/news/topstory/2005/arcticice_decline.html

注2 アルゴフロート:
   2000年から国際協力によって実施されている国際アルゴ計画で使用されている自動観測機器。長さは約1.7m程度、直径約17cm程度、空中重量が37kg。船から投入されると海面下1000mを約10日間漂流し、浮力を自動的に調整してさらに2000mまで降下した後、海水の水温・塩分の鉛直分布を測定しながら海面に浮上し、測定データを人工衛星に送信する。約半日海面を漂流した後、浮力を自動調整して元の深さ1000mまで降下し漂流を続ける。アルゴフロートはこのように海面から2000mまでの水温・塩分分布を10日毎に3〜4年にわたって観測する。国際アルゴ計画では、3000台のアルゴフロートによる全海洋のモニタリングシステムを目指しており、2006年6月現在2400台を超えるフロートが稼動している。詳しくはJapan Argoホームページhttp://www.jamstec.go.jp/ARGO/J-ARGO/index_j.html を参照。

注3 POPS (Polar Ocean Profiling System):
   北極海多年氷海域でアルゴフロートによる観測を可能にした観測システム(図1)。海氷に取り付けたプラットフォームからケーブルを吊り下げて、そのケーブルにアルゴフロートを取り付けている。アルゴフロートはこのケーブルに沿って水深1000〜10mの間の水温・塩分観測を行い、通信システムの一種であるインダクティブ・モデム・システムを用いてプラットフォームに観測したデータを送信する。プラットフォームに送られたデータは、イリジウム衛星通信により当機構に送信される。水温・塩分の鉛直連続データと共に、プラットフォームで気温・気圧データも観測している。

注4 北極海の多年氷の漂流について:
   北極海の多年氷は、平均すると毎秒数センチメートルの速さでゆっくりと漂流している。今回ブイを設置した北極点付近の多年氷の場合、約1年程度の漂流を経て北極海を出ていく。基本的には漂流する向きと速さは気圧場(風)で決められるが、若干ながら海流の影響を受けることもある。