平成18年8月28日
独立行政法人海洋研究開発機構

沖縄トラフ深海底下において液体二酸化炭素プールを発見
二酸化炭素やメタン等を栄養源とする極限環境微生物が生息

[概要]
   海洋研究開発機構(理事長 加藤康宏)・極限環境生物圏研究センター(センター長 掘越弘毅)・地殻内微生物研究プログラムの稲垣史生サブリーダーらは、北海道大学・九州大学・岡山大学・産業技術総合研究所およびドイツのマックスプランク海洋微生物学研究所と共同で、海洋研究開発機構の有人潜水調査船「しんかい6500」を用いて沖縄トラフ南部にある熱水活動域を調査し、熱水噴出孔近傍の堆積物中にメタンや硫黄を含む液体二酸化炭素のプールを発見しました。さらに、そこから採取した堆積物等の解析により、メタンや二酸化炭素・硫黄化合物などを栄養源とする極限環境微生物が生息していることを発見しました。本研究成果は、極限環境における生態系の理解のみならず、温室効果ガスの海洋投棄計画や、火星の極冠部※における生命存在の可能性を議論するうえで極めて重要な発見です。
    本研究結果は、8月28日週付けの「米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of U.S.A.)」のonline版に掲載されます。

[背景]
   深海における低温・高圧環境下では、二酸化炭素は液状化し、海水と反応することでハイドレートと呼ばれる結晶を形成します。海底で液体の二酸化炭素が湧出している例は世界的にも珍しく、これまでに中部沖縄トラフの伊是名海丘の熱水活動域と北部マリアナ弧永福海山で確認されていますが、このような極限的な環境における微生物の生態系を研究した例はありません。
    近年、各国が温室効果ガスの削減に努める一方で、人工的に二酸化炭素を海洋投棄する計画がIPCC(気候変動に関する政府間パネル:Intergovernmental Panel of Climate Change)等によって提案されています。また、火星の極冠部は固体の二酸化炭素と氷で形成されており、その地下には生命が存在する可能性が指摘されています。
    このように、二酸化炭素に関連した研究が注目されており、深海における液体二酸化炭素環境の研究は、様々な分野への示唆を与えるものと考えられています。

[研究の方法]
   海洋研究開発機構は2003年と2004年に南部沖縄トラフ第四与那国海丘熱水活動域(水深1370-1385m)(図1)において「しんかい6500」による調査を行い、噴出熱水、海底から湧出した液体二酸化炭素、堆積物などを採取し、微生物学的・地球化学的特性について様々な解析を行いました。

[研究の結果]
熱水活動域と二酸化炭素プール:
   「しんかい6500」による観察によって、第四与那国海丘熱水活動域の中心は、300℃を超す熱水を噴出している高まりであることが明らかになりました(図2(A))。その周囲には、200℃前後の熱水噴出孔や液体の二酸化炭素の湧出が観察されました(図2(B)
。     さらに、ここから南方に50mほど離れた地点に、白くまだら状に変色し、底性生物に乏しいエリアを確認しました(図2(C))。本エリアに「しんかい6500」が着底すると、着底の衝撃によって海底下から漏れだす液体二酸化炭素の湧出が認められ、35cmの柱状採泥器を海底に挿して引き抜くと、海底下から大量の液体二酸化炭素の湧出がありました(図2(D))。
    本環境では、海底表層に熱水のガス成分に由来する液体またはハイドレート状の二酸化炭素がプール状に存在していることが明らかとなりました。

堆積物の解析:
   液体二酸化炭素およびハイドレートを含んだ堆積物から直接DNAを抽出し、微生物遺伝子の塩基配列を解析した結果、メタンや二酸化炭素・硫黄化合物などを消費する微生物系統が検出されました。また、二酸化炭素を栄養源とする酵素の遺伝子やメタンを酸化する代謝経路の酵素の遺伝子も検出されました。これらの堆積物から抽出した微生物の脂質や炭素同位体の化学分析などから、堆積物中の微生物がメタンもしくは二酸化炭素を主な栄養源として生息していることが明らかとなりました。

[まとめ]
   本海域では、海底下のガス成分が深海底の熱水活動によって堆積物へ移動し、海水との反応によって海底表層に硫黄成分に富んだハイドレートを形成し、表層堆積物中に液体二酸化炭素のプールを閉じ込めていると考えられます(図3)。液体二酸化炭素を含んだ深海底堆積物という環境は、生命にとって明らかに過酷な極限環境であると思われますが、一般的な海底面の1/100ほどの細胞数ではあるものの、生命の存在とその生態系が初めて確認されました。検出された微生物の多くは、二酸化炭素やメタンなどの地球温暖化の原因物質を栄養源としていると考えられます。
    当海域は、極限的な自然環境を理解するだけでなく、温室効果ガスの海洋投棄計画や生物学・化学・惑星科学などの様々な研究分野においても、希有な研究対象であると考えられます。

極冠部:火星の北極や南極部分。近年のNASAの調査によって固体の二酸化炭素と氷からできている事が明らかとなっており、生命に有害な紫外線などを防ぐ役割があると考えられている。

お問い合わせ先

(本研究について)

極限環境生物圏研究センター
地殻内微生物研究プログラム サブリーダー 稲垣 史生
電話:(046)867-9687
研究推進室長 村田 範之
電話:(046)867-9600
(報道について)
経営企画室
報道室長      大嶋 真司   
TEL:046-867-9193