プレスリリース


2007年06月28日
独立行政法人海洋研究開発機構

世界初、小型の海洋表層二酸化炭素分圧観測装置の実海域試験開始
〜低コストでの海洋表層二酸化炭素分布の長期自動観測実現に大きく前進〜

1.概要

海洋研究開発機構(理事長 加藤康宏)むつ研究所(所長 渡邉修一)は、大気・海洋間の二酸化炭素吸収/放出量(*1)の分布を全球規模でより正確に把握するため、自動測定が可能な海洋二酸化炭素分圧観測装置を開発しています。このたび、世界に先駆けて、小型軽量で製作コストを抑えた試験機を製作し、太平洋熱帯赤道域における性能試験を開始しました。今後、センサーを含む装置の劣化など経時変化や耐久性、生物付着状況の調査のために、来年7月まで試験計測を行う予定です。

今回の試験は、全球海洋の二酸化炭素分布の正確な把握に向けての着実な一歩となるものです。

なお、本成果は、文部科学省の海洋開発及地球科学技術調査研究促進費「地球観測システム構築推進プラン」による委託業務として海洋研究開発機構が実施した平成19年度「海洋二酸化炭素センサー開発と観測基盤構築」によって得られたものです。

2.背景

大気・海洋間の二酸化炭素吸収/放出量の分布を全球規模でより正確に把握するためには、地球表面積の約70%を占め、大気中の二酸化炭素の約60倍量を貯蔵している海洋において詳細なデータを得ることが重要です。

これまでも、海洋表面における二酸化炭素量については、その変化量は小さいため、高い精度のデータが要求され、分析装置を搭載した観測船などによる観測によって行われてきました。しかし、特に南大洋は十分な観測が行われず、海洋の二酸化炭素吸収の見積もりは不正確なものになっています。また、北半球においても商船による限られた航路上において観測データを得ているのが現状です。そのため、観測船による精密観測のほかに、人工衛星や自動観測ブイ等の開発を含めた海洋二酸化炭素観測網の整備が必要とされていました。

3.本装置の特長

これまでの二酸化炭素観測用の漂流型自動観測ブイは本体が高さ2m、重量60kgと大きく(装置全体では10m超の長さ)、また、価格が約2000万円(推定)と非常に高価であったため、機器を展開するには至りませんでした。今回、開発した海洋表層二酸化炭素分圧観測装置(漂流型自動観測ブイ)は、人間が一人で持ち運べる大きさ(現時点で高さ50cm、重量約15kg)で、コスト面でも従来の約4分の1(現時点で450万円)に抑えています(今後の目標は200万円)。また、性能面でも原理的に従来の機器よりも長期間安定した自動観測が行える特長があります。これらの特長は、小型部品(特に日本のマイクロマシン技術の進歩)を積極的に取り入れ、研究開発を進めた成果です。

主な仕様は表1および写真1に示すとおりです。

(1)
長期にわたる無人の自動観測(漂流観測)を可能とするため、海水と測定溶液の間の二酸化炭素濃度を等しくする液液平衡方式(*2)を用い、測定溶液中のpH色素の色変化を分光学的に測定する方法を採用しました。この方法では、2波長の光吸収の比を測定することによってpHが求まるため、長期経時変化が少なく、安定した長期自動観測が可能となります。
(2)
センサーの光源部として、これまで使われてきたハロゲンランプやキセノンランプに代わって、LEDを用いました。その結果、電力消費量を大幅に抑えることが可能になり、また、発熱に伴って生じる計測精度の低下も回避することができるようになります。
(3)
光源以外にも省電力化をはかり、搭載する電池の容量を少なくし、装置全体の小型化を可能にしました。そのため、漂流ブイや繋留など幅広い用途に応じた観測形態をとることが可能になります。
(4)
生物付着を効率的に防止するため使用する組材・試薬について検討し、素材としては有害ペンキの代わりに銅やシリコン系樹脂を用い、試薬に添加していた塩化水銀の使用をとりやめるなど、環境保全に配慮しました。

4.試験内容

(1) 試験開始日
長期にわたる無人の自動観測(漂流観測)を可能とするため、海水と測定溶液の間の二酸化炭素濃度を等しくする液液平衡方式(*2)を用い、測定溶液中のpH色素の色変化を分光学的に測定する方法を採用しました。この方法では、2波長の光吸収の比を測定することによってpHが求まるため、長期経時変化が少なく、安定した長期自動観測が可能となります。
(2) 試験海域
熱帯太平洋(北緯2度、東経156度、チューク諸島の南東約750km)に繋留
(3) 試験方法
海洋表層二酸化炭素分圧観測装置(写真1(a),(b))をトライトンブイの浮に取り付けることにより、洋上に繋留した(写真2(a)-(c))。
(4) 試験結果
平成19年6月20日に海面付近の海水中の二酸化炭素分圧の自動計測および衛星を通じたデータの送受信が行われたことを確認した。今回の計測結果を、海洋地球研究船「みらい」で計測した周辺の海洋二酸化炭素分圧の測定値および過去に同海域で測定された測定値と比較したところ、本海域の測定値として、妥当な値が得られた(図3

5.今後の展開

今後、平成20年7月まで観測を継続し、装置の劣化・耐久性の試験および経時変化の状況の確認を行い、回収後詳細なデータ分析を行う予定です。

 本装置は、アルゴフロート(*3)のように漂流ブイとして全球規模で展開することが可能なものです。また、開発されるセンサーは、エルニーニョ監視域に展開されるトライトンブイ等の固定ブイやその他の観測機器にも利用可能な技術として確立させ、二酸化炭素の分圧を正確に把握する継続的な全球観測システムの構築へ貢献していくことを目指しています。将来的には、GEOSS(*4)の枠組みの下で、温室効果ガス観測技術衛星(GOSAT)(*5)から得られるデータと統合することにより、全球の二酸化炭素収支の計算、現状把握、将来予測に寄与することが期待されます。

[用語解説]

 本装置は、アルゴフロート(*3)のように漂流ブイとして全球規模で展開することが可能なものです。また、開発されるセンサーは、エルニーニョ監視域に展開されるトライトンブイ等の固定ブイやその他の観測機器にも利用可能な技術として確立させ、二酸化炭素の分圧を正確に把握する継続的な全球観測システムの構築へ貢献していくことを目指しています。将来的には、GEOSS(*4)の枠組みの下で、温室効果ガス観測技術衛星(GOSAT)(*5)から得られるデータと統合することにより、全球の二酸化炭素収支の計算、現状把握、将来予測に寄与することが期待されます。

*1 大気・海洋間の二酸化炭素吸収/放出量
大気・海洋間の二酸化炭素の正味の吸収/放出量(大気と海洋間でやり取りする二酸化炭素の正味の総量)F は、交換係数K、表面海水の二酸化炭素分圧 pCO2w および大気の二酸化炭素分圧 pCO2aにより次の式であらわされます。
      F = K ×( pCO2w-pCO2a )
ここで、交換係数K は風速や海面水温・塩分に依存した係数です。
*2 液液平衡方式
海水の二酸化炭素濃度と同じ濃度になったpH指示薬溶液のpHを計り、海水中の二酸化炭素濃度を計算する方法。換算式に二酸化炭素濃度と温度、塩分の変数を入れ、二酸化炭素分圧を算出する。
*3アルゴフロート
全世界の海洋の状況をリアルタイムで監視・把握するシステムを構築する国際科学プロジェクト「アルゴ計画」で使われる漂流式観測装置。フロートは最深層から海面に浮上する間に水温や塩分等の鉛直分布を観測し、衛星経由で観測データを伝送する。
*4 GEOSS
Global Earth Observation System of Systems(複数システムからなる全球観測システム)の略。2005年2月第3回地球観測サミットにおいてGEOSS構築のための10年実施計画が承認された。
*5 温室効果ガス観測技術衛星(GOSAT)
JAXA、環境省および国立環境研究所の共同プロジェクトで、温室効果をもたらすガスである二酸化炭素などの濃度分布を宇宙から観測する衛星。打ち上げは2008年を予定。

お問い合わせ先:

(本発表文について)
むつ研究所 所長   渡邉修一 電話:0175-45-1033
むつ研究所 研究推進グループ 吉川泰司 電話:0175-45-1049
(報道について)
経営企画室 報道室長  大嶋真司 電話:046-867-9193