プレスリリース


プレスリリース

2008年09月15日
独立行政法人海洋研究開発機構

地震時に断層内部で生じた高温の水の痕跡を世界で初めて発見
〜地震における断層すべり機構の理解に貢献〜

[概要]

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 加藤康宏)高知コア研究所同位体地球化学研究グループの石川剛志グループリーダーらは、大阪大学、神戸大学などと共同で、1999年台湾集集(チチ)地震(M7.6)で活動したチェルンプ断層中に、地震時に生じた高温の水の痕跡を発見しました。

地震時の断層の摩擦による発熱で高温の水が発生すると、岩石の間隙水圧が上昇し、断層が滑りやすくなるなど、水が地震時の断層滑りに大きな影響を与えることは予想されていましたが、実際にその痕跡が発見されたことはありませんでした。

本研究は、断層岩に含まれる微量元素の含有率・同位体比の変化を解析し、水と岩石が相互作用を起こした条件を推定するという新しい手法によって、世界で初めて断層内に高温の水が存在していたことを示したもので、震源から離れた場所で断層変位が最大となる場合がある理由など、地震における断層滑りおよびその伝播のメカニズムの理解に大きく貢献するものです。

この成果は9月15日付の英国科学雑誌ネイチャー・ジオサイエンス(電子版)に掲載されます。

タイトル:Coseismic fluid-rock interactions at high temperatures in the Chelungpu fault
著者名:石川剛志,谷水雅治,永石一弥,松岡淳,多田井修,坂口真澄,廣野哲朗,
三島稔明,谷川亘,林為人,菊田宏之,東垣,宋聖榮

[背景]

岩石に含まれる間隙水の圧力(間隙水圧)は岩石の強度に大きな影響を与えることが知られており、地震時の断層の摩擦発熱により間隙水圧が上昇すると、断層が滑りやすくなる可能性が理論的に指摘されています。しかし地震時の断層帯内部に摩擦発熱によって形成された高温の水(※1)が実際に存在した証拠は見つかっていませんでした。

1999年に発生した台湾集集地震においては、震源に近いチェルンプ断層の南部・中央部よりもそこから離れた北部、とりわけ深さ3キロメートルより浅い場所で地震による断層変位が著しく、地表に8メートルに達する断層変位が現れたことが注目を集めました。これは北部の断層の浅い領域で断層面沿いの摩擦係数が低下したためと考えられ、間隙水圧の影響も原因の1つとして指摘されていました。

[研究方法の概要]

日本が参画している国際陸上科学掘削計画(ICDP:International Continental science Drilling Program)の一環として2003年から開始された台湾チェルンプ断層掘削計画(TCDP:Taiwan Chelungpu-fault Drilling Project)では、断層変位の大きかった北部チェルンプ断層の掘削が行われました(図1図2)。そのうちの1本(掘削孔B)については、掘削された全コア試料(深度950〜1,350メートル)が高知コア研究所(高知県南国市)に搬入され、一連の非破壊計測(X線CT測定、帯磁率測定など)が行われました。同コア試料から採取した地震断層試料の微量元素、同位体を分析し、化学的側面から地震時の断層で起こった諸過程の解明を試みました。

チェルンプ断層は、海底堆積物からなる錦水頁岩層の中に発達しており、掘削孔Bでは、3つの顕著な断層帯が認められます(図2図3)。このうち深度1136メートル付近で見られるもの(図4)が集集地震で活動した断層帯であると推定されています。

これらの3つの断層帯の各部分から深さ方向が3〜5センチメートル厚の試料を切り出し、質量分析計を用いた微量元素の定量、同位体比の測定を行いました。さらに得られた分析値を断層帯の各部分について比較し、微量元素含有率および同位体比の変化を解析しました。また、堆積物と水とを高温高圧条件下に置いた水熱実験(〜350℃)で報告されているデータとの相関について計算を行いました。

[結果の概要]

深度1,136メートル付近のものを含め3つの断層帯すべての黒色ガウジ帯(地震時の断層すべり面が含まれると考えられる部分)において、微量元素含有率、ストロンチウム同位体比の顕著な変化が認められました(図3)。ストロンチウム、セシウム、ルビジウム、リチウムは高温の水で移動しやすい元素として知られており、図3図5に見られるような元素含有率、同位体比の変化は高温の水―岩石相互作用に特有なものです。

水―岩石相互作用が起こった条件を特定するため、水熱実験のデータを基に見積もられた微量元素の分配係数(※2)を用い、250℃、300℃、350℃で水と断層岩が相互作用した場合の断層岩の元素濃度・同位体比を計算しました。その結果、350℃における計算値が黒色ガウジ帯で実測された化学組成とよく一致することが分かりました(図5)。

このことは、黒色ガウジ帯が少なくとも350℃の高温の流体と相互作用したことを示しています。現在の断層付近の温度(地温)は50℃弱であり、地震時の摩擦熱以外に高温を発生させる要因が考えられないことから、地震時の断層内部に摩擦熱によって350℃以上の高温の水が存在していたことが明らかとなりました。

[考察と今後の展望]

粘土質の黒色ガウジ帯は水を通しにくい性質を持っていることが分かっており、地震時の断層内で350℃以上の高温の水が発生した際、水は外部に容易に拡散することができず、断層内の間隙水圧が上昇したことが強く示唆されます。

したがって、台湾集集地震においてチェルンプ断層北部の浅い領域で見られた大きな断層変位は、間隙水圧の上昇による断層面沿いの摩擦係数の低下によって引き起こされた可能性が高いと考えられます。

今回、地震時の断層内で高温の水の存在が明らかになったことは、世界各地の地震断層における破壊伝播とそれに対する水の関わりを理解する上で大きな意義があります。また本成果は、断層試料の微量元素・同位体分析に基づき、断層内で過去の地震時に高温の水―岩石相互作用が起こったか否かを判定する方法を示した点でも重要です。

断層内での高温の水の形成と間隙水圧の上昇は、海底での断層変位によって引き起こされる津波の発生や大きさにも影響を与えているのではないかと考えられており、今後は、地球深部探査船「ちきゅう」などによる海底下深部掘削で得られる地震断層試料を使った解析等を進めていく予定です。

※1 高温の水
地下深部に存在する水には、各種の元素・成分が溶け込んでおり、純粋な水ではありません。地球科学の分野では一般に流体と呼ばれます。本研究で言う高温の水は、高温の流体のことを指します。

※2 微量元素の分配係数
ある岩石と水(高温の水)との間に化学平衡が成り立っている場合、岩石中の微量元素の濃度と水の中に存在する同じ元素の濃度の比(岩石中の微量元素濃度/水の微量元素濃度)は温度・圧力条件が同一であれば一定の値となります。これを岩石と水の間の全岩分配係数と呼びます。 分配係数は、水および岩石に含まれる微量元素の初期濃度とともに、水―岩石相互作用による微量元素の移動を支配する重要なパラメータです。本研究では、TCDPで採取されたものと同種の堆積物と間隙水とを用いた水熱実験で報告されているデータを基に各温度における微量元素の分配係数を見積りました。

図1 チェルンプ断層の掘削風景

図2 TCDPの掘削地点と地質概要。掘削は断層の地表露出部の東約2 kmで行われ、深度約1 kmでチェルンプ断層に達した。

図3 TCDP掘削孔Bにおける3つの主要断層帯と帯磁率・微量元素含有率・同位体比の鉛直プロファイル。深度1,136 m付近、1,194 m付近、1,243 m付近に断層帯が認められる。それらの内部の黒色ガウジ帯(BGZ)で微量元素含有率、同位体比が大きく変化している。

図4 深度1,136 m付近の断層帯(FZB1136)中心部の拡大図
黒色ガウジ帯(BGZ)の中に集集地震の断層すべり面があると考えられる。


図5 3つの断層帯における黒色ガウジの元素含有率、同位体比の変化を周囲の値との相対差で表したもの。実線、点線は,350℃で水―岩石相互作用が起こった場合の黒色ガウジの化学組成の計算値を表す。

お問い合わせ先:

独立行政法人海洋研究開発機構
(本内容について)
高知コア研究所
同位体地球化学研究グループリーダー 石川 剛志
TEL:088-878-2196
(報道担当)
経営企画室
報道室長 村田 範之
TEL:046-867-9193