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2010年 8月 3日
独立行政法人海洋研究開発機構

日本近海は生物多様性のホットスポット
〜全海洋生物種数の14.6%(注1)が分布〜

1.概要

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 加藤 康宏)海洋・極限生物圏領域の藤倉克則主任研究員らは、国際プロジェクト「海洋生物のセンサス:Census of Marine Life(CoML)(※1)」の一環として、京都大学フィールド科学教育研究センター、東京大学大気海洋研究所と共同で、日本の約50名におよぶ海洋生物分類学研究者の協力のもとに、現時点の文献データから日本の排他的経済水域(EEZ)内における種多様性について包括的に解析しました。その結果、日本近海は種多様性が極めて高い生物多様性のホットスポットで、全海洋生物種数の14.6%(注1)が分布することがわかりました。また、この数は今後日本近海から出現すると予測される種数の約20%でしかないこともわかりました。ほかにも、

  • 日本近海に出現する種数は、バクテリアから哺乳類まであわせると33,629種。
  • 軟体動物が最も多様(8,658種)で2番目が節足動物(6,393種)。
  • 日本近海から出現する予測種数(未記載種など)は121,913種。
  • 上記をあわせた種数155,542種が現在の日本近海に分布する推定種数。
  • 外来種は39種。
  • 分類群による研究進捗レベルの差が大きい。

ということがわかりました。

日本近海は、これまでも一部の分類群を比較したデータから海洋生物の宝庫のように言われてきましたが、このように、包括的に評価したものは本研究がはじめてです。本研究により、日本近海の種多様性が世界的に見ても極めて高いことが科学的に示されました。

これら成果は8月2日付けのThe Public Library of Science One (PLoS One) http://www.plosone.org/home.actionオンライン版に掲載されます。英文による掲載のほか、Supporting Informationとして日本語版も掲載されます。

タイトル Marine Biodiversity in Japanese Waters
著者名 藤倉 克則・Dhugal Lindsay・北里 洋・西田 周平・白山 義久

2.背景

人類と海洋生物が持続的に共存するためには、海の生物多様性や生態系の機能を理解し、地球環境の変化や人間活動が海に及ぼす影響を評価することが重要です。そのためには、海の生物多様性を分類し目録を作ることが不可欠ですが、目録作成が十分に進んでいるとは言えませんでした。 そこで、海の生物多様性や生態系の理解に貢献するために、海洋生物の多様性、分布、量を評価することを目的に国際プロジェクトネットワーク「海洋生物のセンサス」Census of Marine Life (CoML)が2000年から組織されました(http://www.coml.org/)。広大な海からデータを得るには、世界各国や地域の活動が重要で、CoMLは13の国や地域に推進委員会(National and Regional Implementation Committees:NRICs)を設置し、各国や地域の海洋生物多様性研究の情報を集めています。本研究は、日本のNRICsの活動の一環として取り組んだものです。日本のほかにもオーストラリア、ニュージーランド、地中海、カリブ海、南アフリカ、南極、米国の結果が、8月2日付けのPLoS One に掲載されます。それらについては、CoML国際事務局からプレスリリースされます。

日本近海には様々なタイプの生息環境があるため、種多様性は高いと言われていました。また、日本は、四方を海に囲まれるため伝統的に多くの海産物を食糧としてきました。このような背景から、日本は地球環境変動や人間活動に伴う海洋生態系変動の影響を強く受けると予想されます。そのため海洋生物の重要性は広く認識されており、分類学、生態学、生理学といった研究は、積極的に取り組まれてきています。

そこで本研究では日本近海の海洋生物多様性の現状を把握するためのベースラインを作るために、日本近海(領海と排他的経済水域EEZを含む海域)における種多様性に関する包括的な解析を行いました。

3.研究方法の概要

日本近海の海洋生物種数を分類階級にわけて、出現種数、固有種数、外来種数を評価しました。また、分類学や生態学の研究が進まないため、未記載種や正式な出現記録がない種などが多数あります。本研究では、それらがどれくらいになるのかを「今後出現が記録される種数」として評価しました。研究進捗レベルは、種の記載や分布情報の豊富さ、種同定に役立つ文献の数と年代、専門研究者の数からKnown、Mostly unknown、Unknownの3段階に分けました。これらの評価は、約50名にわたる海洋生物研究者から提供されたデータをもとに行いました(表1)。

4.結果の概要

(1)日本近海は生物多様性のホットスポット:日本近海の生物種数

日本近海の総出現種数は、バクテリアから哺乳類まであわせると33,629となりました(表2)。出現種数では、軟体動物、節足動物の甲殻類が多くなっています。また、66門(※2)のうち上位10門で総種数の85%を占めました(図1)。日本近海の容積は全海洋の0.9%にすぎないにもかかわらず、日本近海からは全海洋生物種数約23万種(注2)の14.6%(注1)が出現することがわかりました。これは世界的に見ても高い種多様性であり、日本近海は生物多様性のホットスポットであることが具体的な数値で示されました。日本近海の種多様性が高い理由は、地形、水深帯、水温、潮流、気候区分など環境が多様なことに起因すると思われます。

(2)日本近海の固有種数

固有種の総数は、少なくとも1,872種になりました。なかでも有孔虫(※3)、魚類、腹足類(巻き貝)が多いこと、環形動物ではほとんど見られず、ハプト植物(※4)に至っては全く認められないことがわかりました。

(3)今後日本近海から出現する予測種数

予測出現種数の総計は121,913種と評価されました(表2)。出現種数33,629にこの値を加えた種数155,542が、現在の日本近海に分布する推定種数になり、まだ我々は日本近海の約20%の種しか認識していないことになります。例えば、魚類などは比較的分類学研究が進んでいると思われていたのですが、ハゼ類に200種以上の未記載種がいることがわかりました。

(4)外来種

外来種は39種、軟体動物から11、環形動物と節足動物からそれぞれ10、脊索動物から3、粘液胞子虫(※5)から2、緑藻植物(※6)、刺胞動物、不等毛植物(※7)からそれぞれ1種認められました。これら外来種の主な移入メカニズムは、船舶への付着やバラスト水への混入、輸入された水産物への混入であることが示唆されました。

(5)研究進捗レベル

分類群によって分類学や分布に関するデータの蓄積に、差が大きいことがわかりました(表3)。人との関わりが深く比較的大型の種を多く含む分類群(魚類を含む脊索動物、軟体動物など)は比較的よく研究され情報が豊富です。しかし、微小な種を多く含む分類群であるアメーバ動物(※8)、有輪動物(※9)などは、小型であるため採集が難しい、分類学的形質が少ない、日本に専門研究者が少ない(世界的にも少ない)ため研究が進んでいないことがわかりました。1981年における日本近海のいくつかの海産分類群の種数評価と比べると魚類、節足動物のヨコエビ類、刺胞動物のヒドロ虫(※10)、棘皮動物のヒトデ類などで、現在までに著しい種数の増加があり、分類学や生態学の著しい進展が見られました(表4)。

5.考察と今後の展望

日本近海の生物多様性や生態系は、(1)天然水産資源の減少、(2)水産養殖の増加、(3)特定漁獲種の変化、(4)漁業海域の変化、(5)食物網の変化、(6)個体群・種・遺伝子レベルでの多様性の変化、(7)種や個体群の絶滅、(8)遺伝子資源の減少、(9)分布域の縮小拡大といった変化、(10)生物分散に関わる輸送様式の変化、(11)外来種の侵入、(12)栄養循環の変化、(13)表層における生物生産や海底への炭素フラックスの変化などの影響を受けることが予想されています。しかし、我々は生物や生態系から人類が受ける恩恵(生態系サービス)や海洋生態系の機能を理解するための基礎データを十分に持っておらず、「どのような種類が、どこにどれだけいて、どのような機能を持っているか」ということを知らなくてはなりません。本研究により、日本近海の生物多様性や生態系を理解する上で必要となる「どのような種類が、どこにどれだけいるか」に関する多くの知見が得られました。分類群間で、分類学や生態データの豊富さに差があることも明らかになりました。また、深海域や外洋域には未調査領域がたくさん残っています。今後未調査領域の調査や分類群間の差を埋めることが重要となります。

多様性や生態系の変動を包括的に解析するためには、データベースが有効です。しかし、多様性や生態に関するデータベースは整備が遅れており、早急な対応が必要です。CoMLはOcean Biogeographic Information System:OBIS(※11)というデータベースを構築してきましたが、日本近海の登録データは不十分です。我が国でもデータベースの整備と、環境データを加味した解析ツールの開発が望まれます。

今回得られたデータが、海の生物多様性や生態系に関する研究、生態系変動予測、生物資源評価、環境影響評価のベースラインになることが期待されます。

用語説明

※1
海洋生物のセンサス Census of Marine Life (CoML):海洋生物の多様性、分布、個体数について、その変化を過去から現在にわたって調査・解析し、海洋生物の将来を予測することを目的にする国際共同プロジェクト。2000〜2010年の期間に、世界80カ国、2000人以上の研究者が係わる。今年10月に大英博物館でプロジェクト成果を発表するグランドフィナーレを開催。
※2
門:生物分類階層の1つ。
※3
有孔虫:通常は石灰質の殻を持つ生物で1mm以下の種が多い。星砂は有孔虫の殻。陸上から世界最深部まで生息し、深海では優占する。
※4
ハプト植物:円石藻などを含む5〜50μm程度の生物。基本はプランクトン生活。
※5
粘液胞子虫:大きさ10〜20μmほどの魚類などに寄生する種からなるグループ
※6
緑藻植物:アオサやクラミドモナス類などを含むグループ。水圏、陸上ともに分布。
※7
不等毛植物:コンブ類やワカメ類といった大型海藻から珪藻まで含むグループ。
※8
アメーバ動物:10〜20μmほどの大きさの単細胞性を主としたグループ。
※9
有輪動物:エビ類の口器に付着する特異な生物で数種しか見つかっていない。
※10
ヒドロ虫:刺胞動物に含まれるグループでヒドラ類、オトヒメノハナガサなどを含む。
※11
Ocean Biogeographic Information System(OBIS):CoMLで構築された海洋生物の多様性や分布データを集めたデータベース。11万種をこえる種と、その分布レコード2800万が登録されている。

表1.協力研究者リスト

表1.協力研究者リスト

表2.日本近海における海洋生物出現種数、今後出現する予測種数、推定種数、外来種数の概要

表2.日本近海における海洋生物出現種数、今後出現する予測種数、推定種数、外来種数の概要
図1.日本近海の生物門毎の種数組成

図1.日本近海の生物門毎の種数組成

表3.分類群(門)毎の多様性や出現データの進捗レベル

表3.分類群(門)毎の多様性や出現データの進捗レベル

表4.1981年(西村1981)と本研究の種数比較

表4.1981年(西村1981)と本研究の種数比較

最新の研究によって下記のとおり数値が変更されています。
注1:全海洋生物種数の13.5%
注2:日本近海からは全海洋生物種数約25万種
(2012年8月10日追記)

お問い合わせ先:

独立行政法人海洋研究開発機構
(本研究について)
海洋・極限環境生物圏領域 海洋生物多様性研究プログラム
チームリーダー 藤倉 克則
電話:046-867-9555
(報道担当)
経営企画室 報道室長 中村 亘
電話:046-867-9193