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プレスリリース

2015年 9月 29日
国立研究開発法人海洋研究開発機構
国立大学法人東京大学大気海洋研究所
沖縄県工業技術センター
一般社団法人 沖縄綜合科学研究所
公益財団法人 沖縄科学技術振興センター

シチヨウシンカイヒバリガイ共生細菌に
異なるエネルギー獲得様式を持つ亜集団を発見
~深海化学合成共生系における新しい環境適応戦略~

1.概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」)海洋生物多様性研究分野の生田哲朗技術研究員および深海・地殻内生物圏研究分野の高木善弘主任技術研究員らの研究グループは、国立大学法人東京大学大気海洋研究所、沖縄県工業技術センター、一般社団法人 沖縄綜合科学研究所および公益財団法人 沖縄科学技術振興センターと共同で、伊豆小笠原海域の深海熱水に生息している、イガイ科二枚貝シチヨウシンカイヒバリガイ(図1)のエラ細胞内に共生している化学合成微生物(共生細菌)の全ゲノム解読を行い、1宿主個体に住む共生細菌は同一種からなる集団でありながら、エネルギーを獲得する能力の異なる複数の亜集団が存在することを発見しました。これまで地球上の共生微生物の機能は、同一種であれば同じと考えられてきました。今回の解析結果は、シチヨウシンカイヒバリガイが、同一種でありながら異なる機能を持つ複数の共生細菌亜集団を宿すことによって、環境海水中に存在する最適なエネルギー源を使う能力を持っていることを示唆します。これは、環境条件が激しく変動する深海熱水域で生きるための、これまで知られていなかった新しい生存戦略あるいは環境適応戦略と捉えることができる重要な発見です。本研究は、共生細菌がどのように集団構造を変化させ、微生物—動物共同体としてどのように環境に適応して生息域を広げてきたのか、そのメカニズムを理解する上で極めて重要な成果です。

本成果は、科学誌「The ISME Journal」に9月29日付け(日本時間)で掲載される予定です。

なお、本研究の一部は、JSPS科研費(24570252)および沖縄県知的クラスター形成に向けた研究拠点構築事業の助成を受けたものです。

タイトル:Heterogeneous composition of key metabolic gene clusters in a vent mussel symbiont population.

著者名:生田哲朗1,*, 高木善弘1,*, 長井裕季子1, 島村繁1, 津田美和子1, 川口慎介1, 青木結1, 井上広滋2, 照屋盛実3, 佐藤万仁4, 照屋 邦子4, 下地 真紀子4, 保 日奈子4, 平野隆 4, 5, 丸山正1, 吉田尊雄1

所属1国立研究開発法人海洋研究開発機構、2国立大学法人東京大学大気海洋研究所、3沖縄県工業技術センター、4一般社団法人 沖縄綜合科学研究所、5公益財団法人 沖縄科学技術振興センター
*共同筆頭著者

2.背景

私たちが普段目にする多くの生物は、太陽光のエネルギーによる光合成から生産された有機物に依存して暮らしています。一方、光の届かない深海の熱水域や湧水域には、硫化水素、メタンあるいは水素など、地球内部から噴出する化学物質をエネルギー源として有機物をつくる化学合成微生物が生息しており、それらが生産者(※1)として働く「化学合成生態系」が形成されています。二枚貝類、チューブワーム等の環形動物、コシオリエビ等の甲殻類など、そこに生息する多くの動物は、化学合成微生物を体の中や外に住まわせ、微生物が生産した有機物を利用して生きています。微生物と宿主動物が互いに持ちつ持たれつの関係にある状態を「共生」と言い、そうした共生関係を築くことによって、これらの動物は深海熱水域などの極めて厳しい環境に生息することができます。このように共生の成立は、動物の環境適応能力に大きな変化をもたらしますが、共生関係がどのように成り立ち、微生物—動物の共同体としてどのように環境に適応してきたのか、についての遺伝子レベルでの理解は進んでいませんでした。

本研究グループは2007年にシマイシロウリガイ(※2)のエラ組織内に住む共生細菌の全ゲノム解析に成功しており、最もゲノムサイズの小さい化学合成微生物(共生細菌)のゲノム解析成果として注目されました(Kuwahara et al. 2007)。そこから得られた知見をさらに深めるため、本研究では、伊豆小笠原海域の深海熱水に生息するイガイ科二枚貝類の一種であるシチヨウシンカイヒバリガイ(学名:Bathymodiolus septemdierum)のエラ組織内に住む共生細菌(図1)の全ゲノム解読を行い、さらに宿主に住む共生細菌の集団組成について解析を行いました。本研究に用いたサンプルは、2007年5月、2010年5月、2011年6月、2014年4月にJAMSTECの海洋調査船「なつしま」と無人探査機「ハイパードルフィン」によって採取されたものです。また本解析は、JAMSTEC横須賀本部と沖縄県が所有する装置を用いて行われました。

3.成果

研究グループは、まず、シチヨウシンカイヒバリガイの共生細菌のゲノム解析を行い、全ゲノム塩基配列を決定しました。共生細菌の全ゲノムの大きさは1,469,434塩基対からなり、大腸菌と比べると3分の1以下の大きさであることが分かりました。細菌の種の指標となる16S rRNA遺伝子は1種類であり、さらに、同ゲノムに含まれている1,471個の遺伝子の機能推定を行ったところ、硫化水素をエネルギー源として、二酸化炭素から有機物を生産する遺伝子が揃っていることが分かりました。

ところが、このゲノム解析の過程で、1宿主個体内に住む全ての共生細菌が同一のゲノムを持つのではなく、ある特定の範囲があったり、無かったりという、複雑な構造が見られることが分かりました。さらに詳しく分析を進めたところ、水素を酸化する遺伝子セット(水素酸化遺伝子群)と、硝酸イオンを還元する遺伝子セット(硝酸還元遺伝子群)の双方について、これを持っている菌と持っていない菌が混在することが分かりました(図2)。両遺伝子セットは、水素と硝酸イオンからのエネルギー獲得に重要であるため、このことは1宿主内に住む共生細菌の中には、エネルギー獲得様式(※3)にゲノム構造レベルの個体差があることを示しています。

次に、このような「個体差を持つ集団(=亜集団)」がエラ組織内でどのように分布しているのかを調べるために、水素酸化遺伝子群と硝酸還元遺伝子群に注目して、これらの遺伝子群をエラ組織内で染色する特殊な方法で解析を行いました。その結果、エネルギー獲得能力が異なる共生細菌の4つの亜集団(水素酸化遺伝子群を持つ菌、硝酸還元遺伝子群を持つ菌、両方を持つ菌、そして両方を持たない菌)は、エラ組織1細胞のなかで混ざることなく、「モザイク状」に分布していることが分かりました(図3)。

シンカイヒバリガイ類は、共生細菌を環境から取り込んでいると考えられています。研究グループは、シチヨウシンカイヒバリガイの生息場所付近で採取した海水から抽出したDNAを用いたPCR(※4)解析によって、環境海水中においても、水素酸化遺伝子群や硝酸還元遺伝子群のある場合と無い場合の2つのケースが存在することを確認しました(図4a)。つまり、シチヨウシンカイヒバリガイ生息域の環境海水中に、前述したような少なくとも4つの共生細菌亜集団が存在しており、それらを宿主が環境から取り込むことによって、今回観察されたような、1宿主中に複数の共生細菌亜集団が混在する現象が生じている、と推測されました(図4b)。

深海熱水域は、その活動が地殻活動に依存することから、物理化学的に不安定な環境です。そのため、熱水域に生息する他の幾つかの共生系では、西大西洋に住むシンカイヒバリガイ類のように、硫黄酸化細菌とメタン酸化細菌(※5)など、異なるエネルギー獲得様式を持つ複数種類の細菌と共生関係を築くことによって、こうした生息環境の変化に対応している例がこれまで報告されてきました(Dubilier et al. 2008)。これに対して今回シチヨウシンカイヒバリガイで見出された現象は、種としては1種類でありながら、ゲノム構造の違いをもつ共生細菌亜集団が宿主内に複数存在することで、微生物—動物共同体として、環境海水中に存在するエネルギー源を使い分け、幅広いエネルギー源を巧みに利用するという、これまで知られていなかった全く新しい環境適応戦略を示すと考えられました。

4.今後の展望

今回、シチヨウシンカイヒバリガイには、エネルギー獲得様式の異なる複数の共生細菌亜集団がモザイク状に混在することを明らかにしましたが、このようなモザイク状の分布パターンがどうやって形成されるのかは分かっていません。研究グループでは、今後、シンカイヒバリガイ類の共生細菌が、いつどこでどのように環境から宿主の体に入って増殖するのか、共生細菌が住む宿主のエラの細胞は、いつどのように増殖するのかなどを突き止め、シンカイヒバリガイ類の共生メカニズムを解明していく予定です。

また、今回の研究データからは、1宿主個体内に住む共生細菌の亜集団の割合は、生息環境あるいは宿主の発生段階によって変化することも示唆されており(図5)、この変化がどのように生じるのかを明らかにすることも重要です。今後は宿主の成長段階や生息場所の環境条件をより一層意識したサンプリングおよびデータの取得を行い、さらにシチヨウシンカイヒバリガイの飼育技術の開発を含む実験生物学的手法による解析も視野に入れながら、これらの問題を明らかにして行きたいと考えています。

今回の研究成果から、生物が変動する環境に適応する仕組みに関して、ゲノム進化だけではなく集団的な環境適応の過程についても焦点を当てた研究が必要と考えられます。そして、こうした研究により、今日見られるような多様な生命の世界がどのように創出されたのかについて、理解が深まるものと考えています。

[用語解説]

※1 生産者:生態系の物質循環の中で、無機物から有機物を作り出す生物。一般的には光合成を行う植物が主体。

※2 シマイシロウリガイ:学名、Calyptogena okutanii. 主に相模湾の湧水域や沖縄トラフの熱水域に生息するオトヒメハマグリ科の二枚貝。エラ組織内に、硫化水素をエネルギー源とする化学合成細菌が共生している。

※3 エネルギー獲得様式:生体は、基質となる化学物質を酸化または還元することによって、生きるのに必要なエネルギーを取り出す。その様式の違いは、微生物の「顔」となるほど大きな意味を持つ。

※4 PCR:ポリメラーゼ連鎖反応(polymerase chain reaction)。微量なDNA溶液から、特定のDNA断片だけを選択的に増幅する技術。

※5 硫黄酸化細菌とメタン酸化細菌:それぞれ、硫化水素をはじめとする無機硫黄化合物、メタンを酸化して得られるエネルギーを用いて生活する細菌の総称。

[参考文献]

Kuwahara H, Yoshida T, Takaki Y, Shimamura S, Nishi S, Harada M et al. (2007). Reduced genome of the thioautotrophic intracellular symbiont in a deep-sea clam, Calyptogena okutanii. Current biology 17: 881-886.

Dubilier N, Bergin C, Lott C (2008). Symbiotic diversity in marine animals: the art of harnessing chemosynthesis. Nature reviews Microbiology 6: 725-740.

図1

吉原成行作画より編集

図1:シチヨウシンカイヒバリガイ。エラ組織の細胞内に化学合成微生物(共生細菌)との共生関係を築いている。共生細菌は、環境中から取り込まれると考えられており、環境中の硫化水素あるいは水素を酸化させて得られるエネルギーで有機物を合成し、宿主に与えるとされている。

図2

図2:シチヨウシンカイヒバリガイ共生細菌の全ゲノム解読で発見された、エネルギー獲得に関わる遺伝子群の有無で分けられる二種類の遺伝子構成。(a)水素酸化遺伝子群(b)硝酸還元遺伝子群

図3

図3:共生細菌亜集団の分布。(a)エラ糸まるごとを使って、各遺伝子群を持つ菌を青紫に染めた。遺伝子群を持つ共生細菌がエラ組織内で不均一な分布を示していることがわかる。(b)エラの切片を使って、水素酸化遺伝子群を持つ菌を赤、硝酸還元遺伝子群を持つ菌を緑に染め分けた。青はDNAを染めている。赤だけに染まる領域、緑だけに染まる領域、赤と緑が染まって黄色に見える領域、そして何も染まらない領域があることが示された。

図4

図4:共生細菌亜集団の成立モデル.(a)環境海水中における異なる共生細菌亜集団の存在を示したPCR解析。(b)環境中に存在する共生細菌亜集団を宿主が取り込むモデル図。

図5

図5:宿主1個体中の、水素酸化遺伝子群と硝酸還元遺伝子群を持つ共生細菌の割合。(a)稚貝(殻長:2.8~5.0mm)6個体の平均値(b)成貝(殻長:110~120mm)6個体の平均値。aとbの差は、稚貝から成貝への成長過程で、特定の菌が選択されるか、あるいはそれぞれの菌が宿主に取込まれた時の、環境条件の違いを反映していると考えられる。

シチヨウシンカイヒバリガイが生息する伊豆・小笠原の深海
~無人探査機「ハイパードルフィン」による撮影~

国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
海洋生物多様性研究分野 技術研究員 生田 哲朗
深海・地殻内生物圏研究分野 主任技術研究員 高木 善弘
(報道担当)
広報部 報道課長 松井 宏泰
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