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プレスリリース

2018年 9月 21日
国立研究開発法人海洋研究開発機構

アウターライズ地震活動による海洋プレート構造の変質
~日本海溝と千島海溝における巨大アウターライズ地震活動の違い~

1. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦)地震津波海域観測研究開発センターの藤江剛主任技術研究員らは、日本海溝と千島海溝に沈み込む直前の太平洋プレート上で海底地震計を用いた大規模な地震波構造探査を実施し(図1)、両海溝域には同じ太平洋プレートが沈み込んでいるにも関わらず、日本海溝域の方がより深部までより顕著に地震波速度構造が変化していることを明らかにしました(図2)。観測された構造変質の違いは、日本海溝側の方が海洋プレートに取り込まれる水量が遥かに多いことを示唆しており、これまでに発生したアウターライズ地震活動(※1)の違いを反映していると考えられます。

一般にアウターライズ地震の断層は、かつての海嶺軸と現在の海溝軸の成す角度に応じて、海嶺付近で形成された古い断層が再活動する場合と、海溝近傍で新たに断層が形成される場合に分けられます。両海溝域における断層の発達様式を詳細に検討した結果、アウターライズ地震活動による構造変質の違いはこの断層種別の違いで説明できることが分かりました(図3図4)。すなわち、かつての海嶺軸と現在の海溝軸の成す角度がアウターライズ地震活動とそれに伴う構造変質を決定付けているのです(図1右)。

海洋プレートが地球内部へ輸送する水が惹起する火成活動なくして島弧・大陸地殻は形成できないことから、海洋プレートが輸送する水量は海嶺軸と海溝軸の走向によって大きく変化するという本研究から得られた知見は、プレートテクトニクスによる大陸形成・地球進化史を考える上でも重要な境界条件となります。

本研究の成果は、構造探査によってアウターライズ地震活動の地域差が検出できることを示唆しています。実態把握が進んでいないアウターライズ地震活動を把握するためにも、地球規模で海洋プレートによる水輸送と地球進化史を明らかにしていくためにも、南部日本海溝や南海トラフなど本研究とは異なる特徴を持つ様々な沈み込み帯も調査していく必要があります。また、地震の規模と構造変質や含水化などを定量的に議論するには、海洋科学掘削研究・物質科学研究・数値モデリング研究などとの学際的な研究を推進することが求められます。

本研究は、独立行政法人日本学術振興会(JSPS)による科学研究費助成事業(JP15H05718)の助成を受けたものです。

本成果は、英科学誌「Nature Communications」電子版に9月21日付け(日本時間)で掲載される予定です。

タイトル:Controlling factor of incoming plate hydration at the north-western Pacific margin
著者:藤江 剛1、小平 秀一1、海宝 由佳1、山本 揚二朗1、高橋 努1、三浦 誠一1、山田 知朗2
1:海洋研究開発機構
2:東京大学地震研究所

2. 背景

2.1. 海洋プレートの水輸送

海洋プレートの沈み込みに伴い日本列島下ではプレート境界型大地震が繰り返し発生しています。しかし、海洋プレートの沈み込みにはもう一つ大きな意味があります。それは地球表層の物質を地球内部に輸送する役割も果たしているということです(図5)。輸送される物質の中でもっとも重要なものが水です。高温高圧となる深部にわずかな量でも水が供給されると、周辺の岩石の融点、密度、破壊強度など様々な物性に大きな変化が生じるため、プレート境界などの地震活動にも大きな影響が及ぶ他、マグマが生成され火成活動が惹起されるからです。この火成活動が島弧・大陸地殻を作り出すため、海洋プレートの水輸送無くして地球が現在の姿になることはなかったと考えられています。

2.2. 海洋プレート含水化とアウターライズ地震

地球表層には海洋として大量の水が存在していますが、動きやすい液体のままでは浮力のある水を深部まで輸送することはできません。深部に輸送するには海洋プレート内の鉱物内に水を取り込み安定的に固定化すること、すなわち含水化が不可欠です。

含水化を促進するには、水を海洋プレート内に送り込むシステムが必要です。そのシステムとして、海嶺近傍における熱水循環システム(※2)と、海溝近傍で発生するアウターライズ地震の断層面を使ったポンピングシステム(※3)の二つのシステムが有力と考えられています(図5)。熱水循環は海洋プレートの地殻浅部の3km程度でしか生じ得ないため大規模な含水化は生じ得ませんが、アウターライズ地震断層は海底面から深度40km以上にまで到達することもあるため、もしもアウターライズ地震断層が水の浸透経路として機能するなら海嶺近傍の熱水循環に比べて圧倒的に大規模に含水化が生じる可能性があります。

そのような観点から、近年、世界中の海溝近傍でアウターライズ地震断層によるプレート含水化を調査するための観測研究が実施され、アウターライズ地震断層付近がプレート含水化を引き起こしていることが確認されています。しかし、海洋プレートが沈み込み帯に持ち込む水量(含水鉱物の量)は、海嶺でプレートが形成されてから海溝から沈み込むまでの間に生じた全ての含水・脱水反応の積算値になるため、それぞれの寄与を分離して議論することは容易ではありません。特にアウターライズ地震断層の活動自体があまりよくわかっていないこともあり、二つのシステムのうちどちらが支配的であるのかさえも分かっていない状況でした。

2.3. 日本海溝と千島海溝におけるアウターライズ地震断層

日本海溝と千島海溝には同じ太平洋プレートがほぼ等しい沈み込み角度で沈み込んでいるにもかかわらず、アウターライズ地震断層の発達の様相が大きく異なっています。したがって、両沈み込み帯における含水化の差はアウターライズ地震断層活動の違いに起因するとみなせます。同じ海洋プレートが異なるアウターライズ地震断層を経て沈み込むこの海域は、アウターライズ地震断層の発達と含水化の関連性を調べるのに理想的な場所と考え、両海溝の会合部付近の太平洋プレートに注目しました。

3. 成果

両海溝に直交する二つの調査測線を設定し、海洋研究開発機構の深海調査研究船「かいれい」のマルチチャンネル反射法地震探査システムと多数の海底地震計を用いて地震波構造探査を実施しました。(図2左)取得した観測データを、海洋研究開発機構が開発した地震波走時インバージョン手法で解析し、P波速度(Vp)構造モデルとS波速度(Vs)構造モデルを求めました。さらに両者の結果から Vp/Vs 比構造も計算しました(図2)。

両海域とも海溝に近付くにつれ、Vpが低下し、Vp/Vs比が上昇しています。これは、アウターライズ地震活動に伴い海洋プレート内に水が浸透していること、さらには含水化が進んでいる可能性があることを示しています。

一方で、VpやVp/Vsの変化量、そして変化が検出された範囲は、両海域で顕著に異なっています。たとえば、マントル内のVp値の変化は、日本海溝の方が数倍の深度まで、より大きな割合で低下しています。これらの解析結果は、千島海溝に比べて日本海溝では高頻度で巨大なアウターライズ地震活動が発生してきたこと、アウターライズ地震断層を通して多くの水が浸透し、含水化が進んでいることを示唆しています。

海洋プレートが日本列島の下に持ち込んだ水量を直接測定することは困難ですが、沈み込む海洋プレート内で発生する地震(稍深発地震)の発生頻度が一つの指標になると考えられています。このタイプの地震は海洋プレート内の含水鉱物の脱水反応に伴い発生すると考えられているためです。稍深発地震頻度のピーク値は日本海溝側の方が千島海溝側よりも数倍以上も高く(Kita et al., 2006)、アウターライズ地震活動に伴う海洋プレート内の構造変化の違いと整合的です。

上述のように、同じ海洋プレートが沈み込む両海域における含水量の差はアウターライズ地震活動の違いに起因すると考えるのが自然です。すなわち、アウターライズ地震活動の違いによって、含水量に数倍もの差が生じている可能性が高いことを意味しています。したがって、少なくともこの海域においては、含水量を決定づけているのは海嶺近傍の熱水循環ではなく、海溝近傍のアウターライズ断層の活動であるということができます。

その差異は、アウターライズ地震断層の種別の違いで説明がつけられます。一般にアウターライズ地震断層は、かつての海嶺軸の走向と現在の海溝軸の走向が成す角度に応じて、(1)中央海嶺付近で形成された古い断層の再活動断層と、(2)海溝近傍で形成される新断層のいずれかに分けられます。本研究海域では過去の海嶺軸の走行は千島海溝にほぼ平行であるため(図1)、千島海溝側のアウターライズ断層は再活動断層、日本海溝側は新断層です。

実際、千島海溝の断層間隔は4~5km程度で海嶺付近の古い断層の間隔と整合的です(図4)。一方、日本海溝の新断層は15km程度の間隔であり、千島海溝側よりずっと疎らです。両海溝のプレート沈み込みの曲率は同程度であるため、日本海溝側の各断層には千島海溝側に比べて数倍の引張応力が集中していることを意味しています。その結果として、日本海溝側では、巨大アウターライズ地震が高頻度で発生することにより大規模な構造変質が生じたり(図2)、断層比高が2倍以上にも発達することになったと考えられます(図4)。

以上のように、かつての海嶺軸と現在の海溝軸の成す角度が、巨大アウターライズ地震の発生頻度や海洋プレートの水輸送量を決定付けていると考えられます。

4. 今後の展望

本研究の成果により、過去の海嶺軸と現在の海溝軸の成す角度に応じて海洋プレートが地球内部に輸送する水量が大きく変化することが分かりました。この知見は、プレートテクトニクスによる島弧地殻や大陸の形成・地球進化史を考える上で、重要な境界条件となります。

しかしながら、現在の地球上には4万kmにも及ぶ海溝があり、本研究で対象とした北部日本海溝、南西部千島海溝とは条件が大きく異なる沈み込み帯も少なくありません。例えば、南部日本海溝では海山列が沈み込んでおり、若い海洋プレートが沈み込む南海トラフではアウターライズ地震断層はほとんど観測されません。海洋プレートの水輸送を地球規模で議論するには、本研究海域とは性質の異なるこれらの海域での調査研究を進めることを検討していく必要があると考えられます。また、本研究の成果は、構造探査によってアウターライズ地震活動の地域差が検出できることも示唆しています。実態把握が進んでいないアウターライズ地震活動を把握するためにも他の海域で調査研究を進めることは意義が大きいと考えられます。

アウターライズ地震の規模や頻度と海洋プレートの構造変質や含水化を定量的に議論するには、室内実験や科学掘削研究で得られる物質科学の知見と合わせた上で、水浸透の物理メカニズムモデルに基づく数値モデリング研究との協同が不可欠です。今後は地震探査など地球物理観測の充実とともに、アウターライズにおける海洋科学掘削研究など学際的な研究を推進することが求められます。

【補足説明】

※1 アウターライズ地震:海洋プレートが海溝から沈み込む直前に下向きに曲げられることに伴い発生する正断層型の地震。深海で海底面まで貫く断層が破壊するため、巨大な津波を引き起こす危険性がある。1933年昭和三陸地震はその代表例である。

アウターライズ地震断層は海溝軸に平行に発達する。一般に海洋プレートはその形成時に海嶺軸に平行に小断層が形成されるため、かつての海嶺軸が現在の海溝軸と平行に近い場合、過去の小断層がアウターライズ断層として再活動する。一方、海嶺軸と海溝軸が斜交する場合には海溝軸近傍で新しい断層が形成される。世界各地のアウターライズ断層を調べた結果、両者の成す角度が25〜30度以内であれば再活動断層、それ以上であれば新しい断層が形成されることが知られている(Billen et al., 2007)。

千島海溝域では海嶺と海溝が成す角度が約10度でアウターライズ断層は再活動断層、日本海溝域では角度は60度程度であり新断層である。

※2 熱水循環システム:中央海嶺で海洋プレートが形成される際に、表層付近に亀裂が生じるとそこから海水が内部に浸透する。しかし、海嶺には高温の溶融体があるため海水は熱せられて表層へと循環していく。この熱水循環によって海洋プレートが含水化すると考えられているが、循環は海底面下2、3kmまでに限られる。

※3 アウターライズ地震によるポンピングシステム:水は浮力があるため、断層が生じただけでは海洋マントルといったプレートの深部には浸透できない。深部に水を浸透させ含水化を引き起こすには、水を下向きに送り込むシステム(ポンピングシステム)が必要である。その実態は未だよく解明されていないが、アウターライズ断層に沿って負の圧力勾配が生じるいくつかのモデルが提案されている(たとえば Faccenda et al, 2009)。

図1

図1.左)深海調査研究船「かいれい」による調査側線。日本海溝、千島海溝に直交する長さ約500kmの二つの調査側線(A3、A2)に沿って6km間隔で約80台の海底地震計を設置した。
右)海底地形の傾斜。両海溝とも海溝軸に平行な構造が読み取れる。これらはアウターライズ地震活動により生じた地塁・地溝構造であるが、その発達の様相は両海溝域で異なっている (図3図4にも詳細を示す)。赤点線は地磁気異常の縞模様で、過去の中央海嶺の走向を示している。すなわち、過去の海嶺は現在の千島海溝とほぼ平行だが、日本海溝とは大きく斜交している。

図2

図2.海底地震計を用いた地震波速度構造解析の結果。(a-c)千島海溝側の地震波速度構造、(d-f)日本海溝側の地震波速度構造。それぞれ、(a,d)はP波速度構造、(b,e)は海洋マントル内の地震波速度構造の平均からのずれ(赤い部分が低速度)、(c,f)海洋地殻内のP波速度(Vp)とS波速度(Vs)の比率。D.b.M はモホ面からの深度(Depth below Moho)、D.b.b.は堆積層基盤からの深度(Depth below basement)。両海溝とも海溝に近付くにつれP波速度が低下するとともに、Vp/Vs比が上昇しているが、その変化量や変化している範囲は日本海溝側の方がより顕著である。この違いはアウターライズ断層の活動の違いを表していると考えられる。

図3

図3.海溝軸近傍における地震波反射構造断面(時間マイグレーション断面)。海溝軸に近づくにつれ、アウターライズ断層活動によって形成されたと考えられる顕著な凹凸構造(地塁・地溝構造)が発達している様相が読み取れる。日本海溝域の方が、比高がより発達している。

図4

図4.海溝軸近傍の太平洋プレート上の海底地形の詳細。移動平均により定義した平均的な海底地形と実際の海底地形の差分として残差海底地形を定義した。これらの起伏はアウターライズ断層の活動によって発達したと考えられ、日本海溝側では断層比高が800m以上にも達する一方で、千島海溝側では400m以下と断層が小さい。また、断層の間隔にも顕著な違いがあり、日本海溝側では15km以上、千島海溝側では4~5km程度である。沈み込みに伴うプレート折れ曲りの曲率は同程度であるため、日本海溝側の各断層には、千島海溝側の断層よりも大きな応力が集中することで、同じ断層が繰り返し活動していると考えられる。

図5

図5.海洋プレートの沈み込みと海洋プレートによる水輸送の概念図。海洋プレートは地球表層の水を地球深部に輸送する役割を果たしている。海洋プレートが水を取り込む場は、海洋プレートが生まれる中央海嶺付近と海洋プレートが地球内部に消えていく直前のアウターライズ付近と考えられている。これらの場所でプレート内に取り込まれた水が深部で放出されることに伴い地震活動や、マグマ生成を通じて火山噴火が引き起こされる。

国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
地震津波海域観測研究開発センター
主任技術研究員 藤江 剛
(報道担当)
広報部 報道課長 野口 剛 
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