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プレスリリース

2019年 8月22日
国立研究開発法人海洋研究開発機構

北極海の海氷減少が窒素循環を変えてしまうことを解明
-海洋生態系や水産資源への影響を与える可能性-

1. 発表のポイント

アンモニアと硝酸、亜硝酸は海洋の主要栄養塩として生物生産に必須。海洋中でアンモニアは硝化反応によって亜硝酸、硝酸に変化する。
北極海における硝化は主に光によって制限を受けることを明らかにした。
北極海の海中光量を調べた結果、海氷減少に伴って硝化が抑制されうる光量となる海域が過去20年間で増加していた。そのため北極全体で硝化は減少傾向にあると推定される。
今後のさらなる海氷減少は硝化反応を抑制し、アンモニア態窒素栄養塩の相対量を増加させる可能性がある。その結果、海洋生態系システムにも影響を及ぼすと考えられる。

2.概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という。)地球表層システム研究センターの塩崎拓平特任研究員らは、北極海の海氷減少が硝化反応を抑制することで海洋窒素循環に影響を及ぼすことを明らかにしました。

海洋の生物生産において、アンモニアや硝酸・亜硝酸などの窒素は最も重要な栄養素です。海洋中では、有機物から分解されたアンモニアが、微生物の活動を介して亜硝酸や硝酸へと無機窒素の形が変換する硝化反応が起きています。硝化反応は海洋窒素循環の中心に位置し、海洋中の各無機窒素の割合を決定する重要な役割を果たしています。さらにこの硝化反応はアンモニアの濃度や光量、pHによって制御されることが知られています。近年の北極海の海氷融解の進行や海洋酸性化は、硝化反応速度に影響を及ぼす可能性が示唆されていましたが、実態はまだ明らかになっていませんでした。

本研究グループでは、海洋地球研究船「みらい」を用いて、西部北極海チュクチ海の陸棚域と海盆域(図1)にて硝化反応が光量とpHに対してどのように応答しているのか観測を実施しました。その結果、pHの低下により硝化速度が減少していたものの、その減少の程度は光の影響に比べて小さく、光量が0.11 mol photons m-2 d-1以上になったときに硝化が顕著に抑制されることがわかりました(図2a)。この0.11 mol photons m-2 d-1を光量の閾値としたとき、閾値を超える光量が北極海陸棚域や北極海海盆域の水深約80m以浅で観測され(図3)、そこでは硝化反応が抑制されていることが観測されました。実際に、衛星観測による過去20年間の北極海光環境を解析した結果、海氷減少に伴って海底部もしくは水深50mで光量の閾値を超える海域が北極海全体で拡大していることがわかり(図4)、硝化反応が大きく抑制されているものと考えられます。 海中への光の透過が促進されると硝化反応が抑制され、アンモニアが硝酸に変換されにくくなるので海中ではアンモニア態窒素栄養塩の相対量が増加すると考えられます(図5)。植物プランクトンにとってはアンモニア態窒素の方が少ないエネルギーで有機物合成できるため、アンモニア態窒素の相対的な存在量が増える変化は、食物連鎖の底辺を支える低次生態系にはとても有利に働き、上位の高次生物の生産にも大きな影響を及ぼす可能性があります。

これまで人間活動による窒素循環の変化は、大量に作り出された窒素肥料と化石燃料の燃焼による余剰窒素の負荷によるものであり、人口の多い中低緯度域の問題という見方が一般的でした。極域には大きな都市や農地が少なく、人為起源による海洋への直接的な窒素負荷は中低緯度域に比べて軽微です。しかし、本研究は、北極海海氷融解の加速によって光環境を変化させた結果、窒素循環が変化することを観測から明らかにしました。これはこれまで見過ごされていた人間活動の影響とも言えます。今後は硝化反応の抑制が北極海における窒素循環や海洋生態系にどのような影響を及ぼすのかを明らかにしていく必要があります。

本成果は、米国地球物理学連合発行の学術誌「Global Biogeochemical Cycles」に8月22日付け(日本時間)で掲載される予定です。なお、本研究は日本学術振興会科学研究費補助金(課題番号: JP26850115、JP15H05712、JP15H05822、JP18H03361)および笹川科学研究助成(課題番号: 28-702)の助成を受けました。また、本研究を実施した航海は北極域研究推進プロジェクト(ArCS)の一環として実施されたものです。

タイトル:Factors regulating nitrification in the Arctic Ocean: Potential impact of sea ice reduction and ocean acidification
著者:塩崎拓平1、伊知地稔2、藤原周3、眞壁明子4、西野茂人3、吉川知里5、原田尚美1
1. JAMSTEC 地球表層システム研究センター、2. 東京大学大気海洋研究所(現:株式会社生物技研,首都大学東京,京都産業大学)、3. JAMSTEC 北極環境変動総合研究センター、4. JAMSTEC 超先鋭研究開発部門、5. JAMSTEC 生物地球化学プログラム

3.背景と目的

北極海では1982年以降2017年までに表層水温が2.7℃上昇しました。この値は北半球全域平均の2倍もの値となっており、温暖化の進行は大変顕著です。これにより急速な海氷融解が進んでおり、今世紀半ばには夏季の海氷域が消滅すると予測されています。北極海に生息する植物プランクトンの光合成炭素固定は海氷の存在や高緯度域特有の光量の低さのため、制限を受けています。しかし、近年の海氷面積や海氷厚の減少によって海中光量が増加し、北極海全体では特に沿岸域において植物プランクトンによる炭素固定量が増加傾向にあるとされています。この海氷融解はまた、他の海域に比べて海洋酸性化の進行を加速させることもわかってきました。これはもともと低水温のため二酸化炭素を吸収する能力が高いことに加えて、海氷融解による淡水量の増加が炭酸イオンを希釈し、炭酸塩飽和度を未飽和にしてしまうためとされています。炭酸塩飽和度の未飽和な状態は炭酸塩の殻を持つ生物の殻形成に影響を及ぼすだけでなく、それ以外の生物の成長速度や生存率に影響を及ぼすことが明らかになっています。一方で、海氷融解に伴う北極海環境変動が他の元素循環へどう影響するのかについてはほとんど分かっていないのが現状です。また、気候変動や海洋酸性化など安定した地球システムを脅かす10の環境ストレッサーが提唱されています。中でも窒素循環は、化石燃料の燃焼や工業的に簡単に合成することができるようになった窒素肥料の過剰散布により、天然における陸域窒素循環を大きく変貌させつつあることが問題となっているものの海洋においてはまだ人為起源による窒素循環への直接的な影響は少なく、汚染前の天然の海洋窒素循環の動態を明らかにすることが喫緊の課題となっています。そこで本研究では北極海の窒素循環に着目し、中でも中心的な役割を果たす硝化反応と海氷減少の関係を調べることを目的としました。

硝化反応は微生物によってアンモニアから亜硝酸、亜硝酸から硝酸へと無機窒素の形態が酸化されるプロセスで、これまでの研究から、基質であるアンモニアの存在量の他に、pHや光によって制限を受けることが知られています。海中で、アンモニア(NH3)は9割以上がアンモニウムイオン(NH4+)として存在しており、その存在比はpHによって決まります(NH3 + H+ ⇄ NH4+)。海洋酸性化などによって現場の水塊のpHが低くなるとNH3 + H+ ⇄ NH4+の反応は右向きに傾きます。その結果、硝化反応に利用できるNH3が減少し、硝化反応速度が低下するということになります。光は硝化反応を起こす生物の電子伝達系にダメージを与えます。そのため、海氷減少によって光量が多くなると、硝化反応が抑制されると考えられます。このように、現在、北極海で起こっている海洋酸性化によるpH低下や海氷減少による海中光量の増加は硝化反応に影響を及ぼしていると推測されますが、その影響について調べた研究はこれまでありませんでした。本研究では北極海における現場観測に加えてpHと光量の制御実験によって、北極海の硝化反応の制御要因を明らかにするとともに北極海環境変動の硝化反応への影響について調査しました。

4.成果

本調査は2016年と2017年の8–9月にJAMSTECの海洋地球研究船「みらい」で実施しました。硝化反応を起こす微生物の群集組成を調査したところ、2016年、2017年共に古細菌が主要な生物であることがわかりました。pH制御実験と現場の研究海域の観測の比較の結果、硝化反応速度とpHの関係性は明瞭な関係を示しませんでした。一方、光量制御実験の結果と陸棚域と海盆域の観測点の両方で光量が0.11 mol photons m-2 d-1以上(この値を光量の閾値としました)で硝化反応速度が急激に減少する傾向が明らかとなりました(図2a)。実海域の光量と硝化反応速度は負の相関関係になり(図2b)、光量は現場海域の硝化反応速度に大きく影響を及ぼしていると考えられます。調査海域において、海洋表面で硝化反応はほとんど生じず、陸棚域では海底直上、海盆域では有光層以深の200m深付近に硝化反応速度の極大が見られました(図3)。

水中の光環境は人工衛星による観測によって見積もることができます。現在利用可能な1998年からの衛星データを解析し、過去20年間の北極海の光環境の復元を行いました。その結果、北極全体で、水深50m以浅の海底部もしくは水深50mにおいて光量が閾値以上となる海域(高光量海域)の面積は海氷面積の時間変化と負の相関関係になっていました(図4a)。これは海氷減少に伴い、硝化反応が光による制限を受ける面積が広がっていることを意味します。一年のうちに高光量海域となる頻度を空間的に見てみると、海域によって光の制限を受けやすい海域とそうでない海域があることがわかりました(図4bc)。さらに、1998–2006年に比べて2007–2017年でバレンツ海やバフィン湾、東シベリア海などで光による制限が大きくなっていることがわかりました (図4bc)。北極海の多くの場所で海氷減少に伴い、硝化反応が著しく抑制されてきていることが示唆されます。

5.今後の展望

現場観測、室内環境制御実験、及び衛星データの解析から過去20年、海氷減少に伴って、硝化反応が抑制される傾向にあること、硝化反応が抑制されやすい海域も明らかになってきました。衛星による海中光環境の見積もりは海氷がない海域に限られます。近年の海氷融解の進行によって、海氷の厚さが薄くなり海氷の下まで光が透過する海域が広がっていることが明らかになっています。このような海域でも光が硝化反応を抑制すると考えられ、硝化反応の抑制範囲は想定より広範囲にわたると推測できます。

海中の光量が増加すると、これまで光によって制限されていた植物プランクトンの光合成炭素固定が活発になり、それと同時に無機窒素栄養塩の取り込みも活発になります。そして有機体窒素が増加するとそれが分解されることでアンモニウム態窒素が生成されます。しかし、光によって硝化反応が抑制されることで、アンモニアから亜硝酸、亜硝酸から硝酸への変換が進まなくなり、より一層アンモニウム態窒素が蓄積する状況になると考えられます(図5)。無機窒素の形態は植物プランクトンやバクテリアの群集組成に大きな影響を及ぼすことが知られています。また、植物プランクトンにとっては、亜硝酸や硝酸よりもアンモニアの方が小さいエネルギーで有機物合成することができるため利用しやすい窒素です。このように北極海では、海氷融解の伴う劇的な光強度の増加によって窒素循環が大きく変わり、低次生態系の生産を増加させ、魚を含む高次の生態系構造をも変化させてしまう可能性があるのです。人間活動による窒素負荷の増加とそれに伴う窒素循環の変化は、特に人口の多い中低緯度ですでに大きな問題になっています。しかし、極域では人間活動自体が他の地域に比べて活発でないため、これまで窒素循環の点において注目されることはありませんでした。海氷融解は人間活動による温暖化によってますます加速されています。今後は硝化反応の抑制による窒素態栄養塩の変化が北極海生態系に具体的にどのような影響を及ぼすのかを明らかにしていく必要があります。

図1

図1 北極海における2016年(赤)と2017年(緑)の観測地点。 灰色の太線と点線はそれぞれ100mと50m等深線。

図2

図2 (a)光制御実験の結果。 (b)調査海域有光層内の硝化速度と光量の関係。

図3

図3 北極海陸棚域及び海盆域における硝化速度の鉛直分布。 茶点線は海底深度。緑点線は光強度が0.11 mol photons m-2 d-1となる深度。 St.05、06は海底直上で光強度が0.11 mol photons m-2 d-1以上あった。

図4

図4 (a)最小海氷面積と水深50m以浅の海底部もしくは水深50mにおいて光量が0.11 mol photons m-2 d-1以上となる海域(高光量海域)の総面積。(b)1998-2006、(c)2007-2017における高光量海域となる年頻度の空間分布。灰色のエリアは一年を通して海氷で覆われない部分。白線は50mの等深線。黒線は1998-2006年、赤線は2007-2017年の期間に最小海氷面積を記録した時の氷縁ライン。

図5

図5 海氷に覆われた場合と海氷がなくなった場合の無機態窒素の状況。

国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
地球環境部門地球表層システム研究センター
センター長 原田 尚美 
(報道担当)
海洋科学技術戦略部広報課
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