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プレスリリース

2020年 2月 3日
国立研究開発法人海洋研究開発機構

地球深部に大量のアルゴンの氷が存在することを予言
―アルゴンの大循環メカニズムを解明―

1. 発表のポイント

スーパーコンピュータによる数値実験の結果、アルゴンが氷の状態で地球マントル深部まで沈み込み、大量に存在しうることが明らかになった。
また高温高圧実験の結果、アルゴンの氷の密度はマントルを構成する鉱物よりも軽く、アルゴンの氷がマントル上昇流を加速させる可能性があることもわかった。
本成果は地球でアルゴンがどのように循環しているかを示すとともに、似た性質をもつ水や二酸化炭素の循環メカニズムの解明にも応用可能なものと期待される。

2.概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 松永 是、以下「JAMSTEC」という。)海域地震火山部門火山・地球内部研究センターの小野重明グループリーダーは、スーパーコンピュータによる数値実験及び高温高圧実験の手法により、極限環境下でのアルゴンの状態を再現した結果、地球深部に大量のアルゴンの氷が存在しうることを明らかにしました。

アルゴンは窒素、酸素に次ぎ大気中で3番目に多く含まれている物質で、海水にも溶け込んでいます。海水中のアルゴンは海洋プレートに取り込まれ、海溝から地球深部へ沈み込みますが、その後どのような変遷を経て火山等から地表へ噴出するのかわかっていませんでした。

数値実験等の結果、アルゴンは圧力の上昇に伴い急激に融解温度が上昇することがわかり、安定した氷の状態で深部地球へ沈み込んでいくことが示されました。また、アルゴンの氷の密度はマントルを構成する鉱物よりも軽く、アルゴンの氷がマントル上昇流を加速させる可能性があることもわかりました。このアルゴンの氷(図1)は、温度2000度以上、圧力100万気圧以上の極限環境下でも安定して存在することができ、地球の全体積の55%を占める下部マントル(※1)全域に存在すると考えられます。

本成果は、これまで謎とされてきた全地球規模でのアルゴンの大循環メカニズム(図2)の解明に結びつくものです。今後、ヘリウム、ネオン、キセノン等の他の希ガス元素や水や二酸化炭素などの揮発性成分についても研究を行い、地球史における揮発性成分の進化や役割を解明していく予定です。

本成果は、英国のNature Publishing Group(NPG)が発行する学術雑誌「Scientific Reports」に2月3日付け(日本時間)で掲載される予定です。

タイトル:Fate of subducted argon in the deep mantle
著者:小野重明1,
1. JAMSTEC海域地震火山部門 火山・地球内部研究センター

3.背景

希ガスは他の元素と反応しないという特徴を持つため、工業的な価値の観点からこれまで多くの研究が行われてきました。地球科学においても、大気中で窒素、酸素に次ぐ3番目に多く含まれている成分としてだけでなく、地球深部のダイナミクスや進化を解明する上で、希ガスの成分やその同位体比は重要な鍵であると考えられています。例えば、地球深部で発生するマグマ由来で活動している火山では、その火山ガスにアルゴンを含む希ガスが含まれていて、これを分析することは極めて重要な研究です。これまでの海洋掘削試料の研究により、大気から海洋へと溶け込んでいるアルゴンは、海洋プレート中に存在する含水鉱物である角閃石に取り込まれていることが知られていました。海洋プレートは海溝から地球深部へ沈み込むため、アルゴンも地球深部へ運ばれることが予想されますが、角閃石はマントルに相当する高圧条件下では不安定なため、より深部で安定な蛇紋石がアルゴンを取り込んでいると考えられています。ところが、この蛇紋石も上部マントル中で分解してしまうために、アルゴンをより深部へ運ぶメカニズムは謎でした。

そこで、JAMSTECでは、アルゴンを含む揮発性成分が地球深部に相当する極限環境下においてどのような物理的および化学的な性質を有しているかを、計算と実験の両面から研究しています。本研究ではアルゴンの状態図を決定し、地球深部でのアルゴンの振る舞いを調べました。

4.成果

JAMSTECが運用するスーパーコンピュータ「DAシステム(大型計算機システム:Data Analyzerシステム)」を用いて第一原理計算(※2)を行い、アルゴンの溶融温度を精密に決定しました。その結果、圧力の上昇にともない急激に溶融温度が上昇することがわかりました。この驚くべき性質により、地球深部に相当する高温高圧条件でもアルゴンは溶けることがなく、固体の状態で存在することが導かれます。さらに、高温高圧実験(図3)の結果からアルゴンの密度を計算したところ、地球マントルを構成する鉱物より軽いことが分かりました。このことは、マントル深部に存在するアルゴンの氷は浮力を持つことになり、マントル上昇流を加速させる可能性があります。

過去の研究では、アルゴンは角閃石や蛇紋石といったような含水鉱物に取り込まれて、地球マントルの最上部まで運ばれ、そこで含水鉱物の分解が起こり、超臨界状態のアルゴンは放出される水と一緒に地表へ上昇するという説が有力でした。本研究で導かれた新説では、含水鉱物から放出されるアルゴンは氷の状態であり、地球深部へ沈み込む海洋プレートの中に留まるというものです。海洋プレートは地球マントルの底まで循環しているため、アルゴンも地球マントル最深部まで運ばれていることが予想されます。氷のアルゴンが存在する下部マントルは全地球の体積の約55%を占めるため、地球深部に存在しているアルゴンの氷の量は極めて大きいと見積もられます。

地球深部へ運ばれたアルゴンは地球の内部を循環し、マントル上昇流に乗って地表付近まで運ばれることが予想されますが、マントル遷移層に相当する温度圧力条件で氷のアルゴンは溶融することが分かりました。そのため、マントル遷移層から上部マントル、さらに地殻へ至る過程では、アルゴンは超臨界状態で移動します。中央海嶺やホットスポット(※3)の火山活動で観測されるアルゴンガスは、この超臨界状態のアルゴンが起源だと考えられます。

5.今後の展望

本研究によって希ガスの中のアルゴンについての大循環メカニズムが明らかになりました。この研究成果は、ヘリウム、ネオン、キセノンと言った他の希ガスに対しても応用できると考えています。同じような性質を持つ希ガス同士でも、元素の原子量の違いによってその性質は異なってくる可能性があります。特に、本研究で鍵となった溶融温度については大きく異なることが予想され、地球深部での循環メカニズムはいくつかのパターンがあることが示唆されています。また、同じような揮発性を持つ水や二酸化炭素にも応用が可能で、人間や生物活動に大きな影響を与える水や二酸化炭素の循環メカニズムの解明にも繋がることが期待されます。

※1 地球マントルは、深さ410kmまでを上部マントル、深さ660kmまでを遷移層、深さ2900kmまでを下部マントルと呼ぶ。

※2 第一原理計算:電子や原子核に働く作用等、量子力学に立脚して物質の諸性質を計算する手法。膨大な計算資源量を要するが、実験ではわからないミクロな情報をもとに物性を求める手法として浸透しつつある。

※3 ホットスポット:プレートより深部に起源をもつマグマによる火山活動。例えばハワイやアイスランドである。

図1

図1 氷アルゴンの結晶構造。地球の中心核に相当する極限条件においても安定な物質である。

図2

図2 地球内部におけるアルゴン大循環メカニズム。深さ660kmより下には大量のアルゴンが氷の状態で存在している。

図3

図3 高温高圧実験で使用した高圧発生装置(ダイヤモンドアンビルセル)。2つのダイヤモンドの間にサンプルを配置し、外から力を加えることにより、ダイヤモンドに挟み込まれたサンプル容器(ガスケット)の中心部分に大きな圧力を発生させる。

国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
海域地震火山部門 火山・地球内部研究センター グループリーダー 小野重明
(報道担当)
海洋科学技術戦略部 広報課
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