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話題の研究 謎解き解説

南海トラフ熊野灘の泥火山に微生物起源のメタンハイドレートを発見
~海底下深部の「水」の動きが地下微生物による天然ガス生産のカギ~

【目次】
海底泥火山の深部では、微生物は活動している?
第五泥火山を掘削
地球の活動が作り出す“メタン菌の巣”
メタン生成の場を突き止めたことが、今後に続く

地球の活動が作り出す“メタン菌の巣”

コア試料から、どのようなことがわかりましたか?

コア試料(写真2、3、4)から、割れ目などに詰まったメタンハイドレートを確認しました。メタンハイドレートとはメタンと水が結合した固体で、低温・高圧下でしか存在できません。


写真2 船上にあがった直後のコア(これは保圧コアシステムではない)

写真3 堆積物にまざったメタンハイドレート

写真4 ハイブリッド保圧コアシステムで取り出したコアのCT画像

地下の温度勾配に基づいて計算すると、メタンハイドレートは海底下590mまで存在し、32億m³ものメタンがあると算出されました。これは、過去に報告されていた泥火山1つあたりに含まれるメタン量の約10倍です。

第五泥火山はメタンが多いのですね!

メタンハイドレート中の水やコア試料の水の化学成分の分析により、海底下深部から低塩分の水が上昇してきていることがわかりました。

深部からの水とは、どういうことですか?

第五泥火山の南東にある南海トラフでは、大陸プレートの下に海洋プレートが沈み込んできています。その海洋プレート中の粘土鉱物は水を含んでいますが、深くなるほど高くなる温度と圧力によって、海底下約1㎞以深から脱水反応がおきて水が排出されます。その水が断層などを通じて上昇し、熊野前弧海盆の堆積物に下から供給されて、やがて泥火山に至ったと考えられました(図5)。


図5 地下深部から上昇する水のイメージ

そうなのですね…!

第五泥火山のメタンに、微生物は関与しているのか。それを知るために、安定同位体を分析しました。炭素には質量数の異なる12Cと13Cがあり、その割合は同じ物質でも起源により変わります。重い炭素が多いと熱分解起源のメタン(図6)。逆に、軽い炭素が多いと微生物起源のメタンです。これは、メタン菌にとっては軽い12Cの方が取り込みやすく、微生物がつくるメタンは12Cが多くなるためです。


図6 安定同位体分析で、メタンの起源を見分ける。

実は、泥火山で得られたメタンの同位体比は13Cが多く、一見すると熱分解起源メタンに見えました。ところが微生物起源メタンのもととなる二酸化炭素の同位体比を分析したところ、二酸化炭素が13Cを多く含んでいることがわかりました。これは、二酸化炭素からたくさんメタンを作られために、残りの二酸化炭素に13Cが多く残ったためだと考えられます。その13Cの多い二酸化炭素からメタンが作られた場合は、微生物起源であってもメタンの13Cが多くなります。

このようにメタンだけでなく様々なデータから、第五泥火山のメタンは微生物起源90%以上を占め、熱分解起源は10%以下だと考えられました。

これまで泥火山のメタンはほとんどが熱分解起源とされていたのに、第五泥火山では微生物起源のメタンが90%以上だというのですね…!

微生物がそんなにたくさんメタンをつくるとは、私も予想外でした。このメタンは本当に微生物起源なのか。本当ならば、微生物はどこでどのようにつくったのか。明らかにするため、米国のマサチューセッツ工科大学にクランプト同位体分析を依頼しました。

クランプト同位体とは、何ですか?

メタンには炭素と水素が含まれ、その中で重い安定同位体同士の13C(重い炭素)とD(重水素)がくっついたものがあり、これをクランプト同位体といいます。クランプト同位体の量は、メタンが生成された時の温度に依存します(図7)。だからクランプト同位体の量を調べれば、メタンの生成温度を推定できます。


図7 クランプト同位体

もし結果が低温なら、このメタンが微生物起源だという裏付けになります。もし高温なら熱分解起源ということになります。

分析結果はメタン生成が16~30°Cで起きたことを示し、このメタンが低温でできた微生物起源であることを裏付けました。

クランプト同位体が決め手となったのですね。メタンが作られた16~30°Cとは、どんな場所なのでしょうか。

海底下300~900mです。この海域では堆積物の層です。

我々がとても興奮し始めたのが、ここからです。

海底下構造探査から、そのメタン生成帯の真ん中付近、海底下400~700mで非常に圧力の高い高間隙水圧帯が見つかり、第五泥火山の噴出物のリザーバーになっていると考えられました(図8)。その高間隙水圧帯を含む堆積物の下には、プレート境界から走る分岐断層があります。


図8 海底下構造探査の結果

こうしたデータを統合的にみて考えたのが、次のモデル(図9)です。第五泥火山のメタンは90%以上が微生物起源で、それは主に海底下700m付近にある高間隙水圧帯でつくられたものでした。高間隙水圧帯では、深部における粘土鉱物の脱水反応に由来する低塩分の水が、分岐断層を通じて供給されています。その低塩分の水の供給が、微生物の活動を促進させていたのかもしれません。そうした“メタン菌の巣”でできたメタンはその後地表付近まで移動し、メタンハイドレートとして蓄積された、というモデルです。

ただし、もともと熱分解起源のメタンも上がってきていて、メタン菌の巣ができたのは二次的であると考えられます。


図9 第五泥火山内におけるメタン生成の概念図

実際にコア試料の泥から、約40°Cの中温と低塩分の水を好み、二酸化炭素と水素からメタンをつくるメタン菌が培養されました(写真5)。


写真5 堆積物から単離したメタン菌。40°Cほどの中温と低塩分環境で活発。