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話題の研究 謎解き解説

大気汚染物質のPM2.5の窒素成分が、
海の植物プランクトンを増大

大気中には様々な成分や大きさの粒子が浮遊しています。中でも粒径2.5μm以下の「PM2.5」は、大気汚染や健康被害などで耳にしたことがあるかもしれません。このたび、そのイメージを覆す研究が報告されました。

PM2.5の窒素成分は植物プランクトン量の増大に寄与
―日本南方海域における大気物質と海洋生態系の意外なリンク―

論文タイトル:Seasonal Response of North Western Pacific Marine Ecosystems to Deposition of Atmospheric Inorganic Nitrogen Compounds from East Asia.

  • 大気汚染物質であるPM2.5にも、海の植物プランクトンが必要とする栄養塩の窒素化合物が多く含まれる。
  • 海に運び込まれたPM2.5 の窒素化合物が植物プランクトンに及ぼす影響を知るため、大気化学領域輸送モデルと海洋低次生態系モデルを結合してシミュレーションを実施した。
  • 西部北太平洋亜熱帯では、PM2.5 の窒素化合物が植物プランクトンを増大させることがわかった。

この研究をScientific Reportsに発表した竹谷文一主任研究員に聞きます。

【目次】
大気中に浮遊する様々な粒子
PM2.5が、海の植物プランクトンの必須とする物質の代役を果たす?
PM2.5の窒素化合物の効果を、シミュレーション
地球システムにおいて重要なPM2.5

大気中に浮遊する様々な粒子

PM2.5と海の生態系について研究されたそうですね。そもそも竹谷さんはどのような研究をしていているのかから聞かせてください。


写真1 竹谷 文一 主任研究員

私は現在、大気中の粒子の研究をしています。大気中には様々な微粒子が浮遊していて、これを「エアロゾル」と呼びます。大きさは数nm(10-9m)から100㎛(10-4m)と5桁にわたります(大きさのイメージは、図1)。このうち粒径2.5㎛以下の粒子をPM2.5と呼びます。PMとはParticulate Matterの略で、微小粒子状物質を意味します。


図1 PM2.5の顕微鏡写真

PM2.5には、工場や車から排出される煤塵、黄砂、海塩、火山噴煙など発生源から直接排出される「一次粒子」と、二酸化硫黄(SO2)、窒素酸化物(NOx)、塩化水素(HCl)、アンモニア(NH3)などの気体が大気中での化学変化を経て粒子となる「二次粒子」があります(図2)。このように、PM2.5は様々な成分で構成されています。


図2 PM2.5の起源

私は2006年にJAMSTECに着任し、これまでPM2.5の計測装置の開発(写真2)、陸・海上での観測(写真3)、室内実験などいろいろな研究してきました。


写真2 PM2.5からの光を検出する蛍光検出器を開発

写真3 陸・海上での観測

現在は2つの軸から研究を進めています。1つ目は、PM2.5の成分の1つであるブラックカーボン(写真4)粒子の動態把握です。ブラックカーボン粒子は黒く、太陽光を吸収し温まるため、空気を温める効果があります。また、氷が多い極域では、氷上にブラックカーボン粒子が落ちれば、それが太陽光を吸収して氷を溶かしてしまいます。そうした効果については情報がほとんど無く、それを明らかにするため私は北極海へ行き、ブラックカーボン粒子の観測・研究をしています。


写真4 電子顕微鏡で観察した北極海上でのブラックカーボン粒子

2つ目の軸は、PM2.5が海の生態系に及ぼす影響の解明です。近年、東アジアの経済発展に伴い産業活動が盛んになり、PM2.5を含む大気汚染物質が広範囲に運ばれ大気環境に影響を及ぼしていることが知られています。PM2.5は喘息などの健康被害をもたらすと考えられています。一方で、PM2.5は人間が活動する場所だけでなく、海上へも輸送されます(図3)。海上に飛んだPM2.5は、そのまま海に落ちたり(乾性沈着)、雨や雪などの中に含まれ海に落ちたり(湿性沈着)します。そうしたPM2.5 が海の生態系に影響を与える可能性が指摘されており、それを明らかにしようと研究をしています。今回の成果はその1つです。


図3 海に運ばれるPM2.5