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話題の研究 謎解き解説

11億年前の海洋生態系の復元
独自の微量同位体分析技術で先カンブリア代の海洋環境を明らかに

【目次】
オーストラリアの研究グループによる、世界最古の「ポルフィリン」抽出
独自の分析技術で、ポルフィリンを単離精製!
独自の分析技術で、微量な窒素安定同位体比を測定!
小さくておいしくないシアノバクテリアが、海洋生物の進化を遅らせた?
良い試料を、自分にしかできない技術で測る

独自の分析技術で、微量な窒素安定同位体比を測定!

窒素の安定同位体比とは、何ですか?それを測るとどのようなことにつながるのですか?

窒素原子には質量数の違うものがあり、天然に存在する約99.63%の窒素原子の質量数は14(14N)ですが、およそ0.37%の窒素原子は質量数15(15N)です(図6)。こうした質量数の異なるものを窒素の安定同位体と呼び、それらの比を安定同位体比といいます。


図6 窒素の安定同位体

ポルフィリンには中央に窒素原子が4つあります。この窒素は、もともとは光合成生物が取り込んだ海水中の硝酸(NO3)、アンモニア(NH3)、または窒素(N2)のどれかだと考えられます(図7)。そしてこれらは、各々違う安定同位体比を持っていて、ポルフィリン中の窒素に強く反映されています。だから、ポルフィリンの窒素の安定同位体比を測定すれば、その窒素の起源が、硝酸、アンモニア、窒素のどれなのか突き止めることができます。


図7 元となった物質の安定同位体比が反映されているポルフィリンの窒素

さらに、その起源物質を取り込む光合成生物ならばこれ、などと種類を推測できるのです。

窒素の安定同位体比を手掛かりに、ポルフィリンの窒素の起源、さらにそれを取り込んだ光合成生物の種類まで推測できるのですね!

その窒素安定同位体比を測定した同位体質量分析計がこちらです(図8)。2005年ごろから小川奈々子主任技術研究員が中心となって開発していて、市販のものより3桁少ない量での測定が可能です。


図8 同位体質量分析計

3桁少ない量でも測定できるとはすごいですね。

装置の中の炉に入れる石英のガラス棒を、市販品の上から下まで同じ太さではなく、途中から細くする(写真5)など様々な試行錯誤の末に実現しました。


写真5 炉の中に入れる石英ガラス棒。途中から細くなっている。

安定同位体比の測定はいかがでしたか?

窒素安定同位体比の測定の結果、今回のポルフィリンに含まれる窒素は窒素ガス由来であることがわかりました。窒素を取り込む窒素固定ができる生物は、一部の生物に限られます。その中でもクロロフィルaを持つものというと、これまでの知見を総動員すると、シアノバクテリア(写真6)だけだと考えられました。


写真6 シアノバクテリア

すなわち一連の結果から、11億年前の海洋表層では、シアノバクテリアが主要な光合成生物であり、光合成細菌も少し含まれていたことが明らかになりました。

窒素安定同位体比を決め手に、ついに最古のポルフィリンの起源を突き止めたのですね!

そこから考えられる当時の海は、次のような姿です(図9)。海では、約200mの深さまでは太陽光が差し込みます(有光層)。11億年前は大気中の酸素が薄く、また塩分の違いによる成層ができていて、同じ有光層でも酸素の溶け込んでいる浅い層と、酸素の無い深い層に分かれていました。そのとき、太陽光も酸素もある環境にはクロロフィルaを持つシアノバクテリアがいました。一方、バクテリオクロロフィルにとっては酸素は毒なので、これらはその下の太陽光はあるけれど酸素の無い環境に生息していたのです。


図9  11億年前の海

なんと…!とても興味深いですね。