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話題の研究 謎解き解説

理論予測されていたカンラン石組成の新物質を隕石から発見

【目次】
隕石を手掛かりに、地球内部をさぐる
リングウッダイトに埋もれていたイプシロン相
沈み込む海洋プレートの物質について新たな考え
一喜一憂せず、黙々と粛々と!

沈み込む海洋プレートの物質について新たな考え

イプシロン相の発見は、地球内部のどんな理解につながるのでしょうか。

海洋プレートに含まれるカンラン石の結晶構造の変化の理解につながります。海洋プレートが海溝からマントルへ沈み込むと、高温高圧下にさらされます。深さ400キロメートルくらいで、海洋プレートに含まれるカンラン石もワズレアイトに変わっていくことになるのですが、その反応は、マントルに接して直に温められる海洋プレートの表面から生じます。ですから、これまでの考えでは、もしも海洋プレートが厚く、真ん中まで十分に温められなければ、温度不足の領域の多くはカンラン石のまま残ってしまうと考えられてきました(図5)。


図5 これまで考えられていた、沈み込んだ海洋プレートの中のカンラン石の変化

従来の考えは、海洋プレートの表面ではカンラン石がワズレアイトになるけれど、もし中心まで温まらなければ、そこはカンラン石のまま残る、というのですね。

しかし、今回のイプシロン相の発見に基づき私が考えたのは、海洋プレートの表面と真ん中の間の比較的温度が低い領域でも、「カンラン石はイプシロン相を介してワズレアイトに変化できる」というモデルです(図6)。


図6 富岡さんが考える新たなモデル

どういうことでしょうか。

温度圧力に伴いカンラン石の結晶構造が変わるには、原子同士が相対的に動かなければなりません(図7)。


図7 結晶構造が変わるには、原子が動く必要あり

その原子の動き方は大きく2通りあります。1つ目は、それぞれの原子が自由に動くというものです。たとえば整列していた子供たちが、先生の指示で別の並び方に変わるとき、個人個人が元気いっぱいに気ままに移動するイメージです(図8)。そのため、結晶構造を変えるのに時間がかかります。


図8 原子がたくさん動いて、結晶構造が変わる方法のイメージ

2つ目は、原子がバラバラに動かず、みんなで連携して少し動くというものです。たとえばご年配の方が手をつないで、労力をかけずに少しずれるイメージです(図9)。そのため、1つ目より短い時間で結晶構造を変えられます。


図9 原子があまり動かずに、結晶構造が変わる方法のイメージ

ゴールは決まっているけれど、1つ目は原子がバラバラに動いて、2つ目は原子が協力してずれるのですね。

温度が十分に高い場合は原子が活発に動くため、一般に1つ目の方法で結晶構造が変化します。反対に温度が低すぎると原子が動きにくく、構造変化が起きません。ところが、結晶構造に似た点が多いもの同士では、2つ目の方法をとることで、比較的低い温度でも結晶構造を変えることができるのです。

カンラン石とワズレアイトの構造は大きく異なるのですが、イプシロン相の結晶構造は、これらの鉱物の両方に似た特徴を持っています。そのため、温度が十分に高くなくても、2つ目の方法を利用して、カンラン石→イプシロン相→ワズレアイトの2ステップで、結晶構造を簡単に変えられます。海洋プレートの表面と真ん中の間の領域には、温度がやや低いながらも原子がなんとか動ける条件があるはずです。この領域では、原子がみんなで協力して動くことで、カンラン石がイプシロン相を介してワズレアイトに変わることができるのではないか考えています。

そうなると、マントル遷移層の上部まで沈み込んだ海洋プレート内では、ワズレアイトができている領域が、従来の考えよりもずっと広い可能性があります。カンラン石の結晶構造が変わる際には、プレートの中の密度が局所的に下がります。これにより、マントル深部であっても断層ができるという説があります。私たちの生活とは直接関係はありませんが、マントル遷移層での地震(深発地震)の頻度や分布とも関係があるかもしれません。

地球内部でのカンラン石の結晶構造の変化について、根本から見直しを必要とする発見ですね!

この新たなモデルを検証するために、今後は高温高圧実験も行いたいと考えています。

また、理論的な方法も用いて、イプシロン相が具体的にどんな温度圧力でできるかを明らかにしたいと思います。そして、隕石の母天体である小惑星がどのような規模の衝撃を受けたのかも明らかにしたいと考えています。