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「しんかい6500」1000回潜航達成

4人が語る「しんかい6500」

操船だけではパイロットは務まらない
幅広い好奇心が潜航と研究を充実させる

佐々木義高潜航長は1989年に有人潜水調査船「しんかい2000」の運航要員として入所した。その後、有人潜水調査船「しんかい6500」が完成し、1993年から「しんかい6500」の運航チームに配属される。整備士、航法管制士、潜航士など各職を経験し、現在は潜航長。これまで「しんかい2000」では75回、「しんかい6500」では149回の潜航経験を持つ。まだ誰も潜ったことのない場所で最初の目撃者となるのは、いまだに魅力的な体験だという。

潜水船の“足跡”頼りの潜航も

これまで経験した海域はどこも面白いという佐々木潜航長だが、やはり熱水噴出孔周辺はパイロットとしても楽しい場所だという。「大規模な熱水は大好きですね。海底一面にエビがいたり、深い海のなかとは思えないくらい生物量が多くて、とにかくにぎやかです」。しかし、ときに熱水噴出孔は潜航技術を要する難所でもある。「地形が複雑で流れが速いんです。大西洋中央海嶺などでは、熱水が大量に吹き上げて、まわりから水を吸い込み、チムニーの周辺に大きな対流が起こる。温度を測ろうとマニピュレータを差し出すんですが、操船を誤るとそのまま対流に持ち上げられて、ぴゅーっと100m近く飛ばされることもあります」。ひどいときには、目的の作業を行うまでに2回も3回も飛ばされることがあるそうだ。また、高温の熱水は真っ黒で視界も奪う。「潜水船の水中投光器は1灯が自動車の強力なヘッドライト3個分くらいの明るさです。それを4灯使って照らしても、熱水に入ると墨汁のなかに放り込まれたように真っ暗なんですよ」
また、海底では長年の経験がものをいう場面も多い。「以前、潜った場所にもう一度行きたいといわれたとき、昔の位置情報が不確かだったりすると非常に苦労します。潜水船の視界はせいぜい10m。つまり、目的地に30mまで接近していても、気づかずに素通りしてしまうことがあるんです」。もちろん、当時の潜航データを入手して周囲の状況も確認したうえで潜航するのだが、それでも見つからないことはあるという。そうなると、頼りは勘だ。たとえば、一度潜ったことのある場所には、潜水船の“足跡”が残ることがあるという。「潜水船は通常、海底から浮上して航走します。のぞき窓の高さが着底脚から1m50cmくらいですが、高度を2mくらいとると海底が見づらくなる。だから、海底を観察しようとギリギリまで降りたときに着底脚を引きずることがあります。堆積速度が遅いところなら5、6年後でもその痕跡が残っていたりするんです」。生物などの痕跡と、船の痕跡を見極めるには、やはり経験と勘が必要だ。ちなみに近年は、音響航法装置の精度も上がり、潜航位置の特定も以前ほど苦労はしなくなったそうだ。

800人の人々を無事連れ帰ったことが最大の成果

海底には熱水噴出孔のような活動的な場所もあるが、その多くは石と泥に覆われた単調な世界だ。「そんな景色でも、その成り立ちを知っていれば好奇心を満たすことができます。だから、パイロットでも生物や地質、地球物理など、できるだけ多くのものに興味を持つことは大事ですね。私たちはさまざまな分野の研究者と潜ります。つまり、その時々で一流の先生が隣にいるわけです。そこで聞いた知識を積み重ねながら、自分なりに勉強をしていくことが、潜航時に研究のアシストをしたり、的確な判断を下すのにも非常に役に立つんです」。特に、定員わずか3 名という潜水船では、研究に関わる試料のサンプリングや研究機器の設置などあらゆる仕事がパイロットとコ・パイロットに課せられる。潜水船の操船や機械的な知識だけではパイロットは務まらないのだ。
佐々木潜航長が「しんかい6500」に乗り始めたのは、第167回潜航からだが、年々、100回ごとのタイミングが短くなっている気がするという。「実際に達成期間も短くなっています。機械の改良などで潜航回数が増えたこともありますが、感覚的にもスタートから500回までより、500回から今まで(通算潜航回数993回)の方があっという間でした。いずれにしても、1,000回潜るということは訓練潜航などを差し引いても800人近い人を海の底まで連れて行った計算になりますね」。目で見る海底の景色は、どんなに性能のいいカメラで見るよりも鮮明であり、生で見た質感は絶対に映像には残せないという。そして、その世界をより多くの人に伝えてくれる800人の人たちを、無事連れて帰ってきたことが、自分たちの一番大きな成果だと佐々木潜航長は続ける。「『しんかい6500』がある限り、安全に最高の成果が上げられるように努力するのが私たちの責務です。だから、今後もこの仕事を続けていけるよう、『しんかい6500』にももっともっと頑張ってほしいですね」


ささき・よしたか

●1966年宮城県生まれ。1989年海洋科学技術センター(現、海洋研究開発機構)へ入所。「しんかい2000」運航チーム配属。潜水調査船の整備、潜航、音響測位業務に携わり日本近海の調査に参加。1993年「しんかい6500」運航チーム配属。大西洋、東太平洋、インド洋などの調査に参加。2004年海洋工学センター研究支援部 船舶運用グループ配属。2005年より「しんかい6500」運航チーム配属