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2014年のエルニーニョ現象 -現実と予測の不確実-

2014年7月30日

2014年の2月、「みらい」の首席研究者からは連日、航海中常に西風バースト(太平洋熱帯西部は通常なら貿易風と呼ばれる東風が吹いているが、稀に西風が吹く現象)が吹き、観測作業が危ぶまれているという報告が入っていた。久しぶりの強い西風バースト現象である。1月にもかなり強い西風バーストが発生していた。この西風バーストは、インド洋で発生するマッデンジュリアン振動(大気の季節内変動, 降水をもたらしながら西太平洋へ東進する現象)に伴って発生する現象で、西太平洋の洋上で極端に強くなり、赤道上で吹くと海洋の暖水を東に押し出す役割をもつ海洋ケルビン波を励起させるため、エルニーニョ現象(熱帯太平洋東部の海水温が異常に暖まる現象のことであり、大気海洋結合現象のためエルニーニョ現象/南方振動[ENSO]と呼ばれる事も多い。)の発生には、重要な役割を担う事が過去から知られてきた。これら2014年の冬から春にかけて発生した一連の西風バーストを過去の事例と比較すると、今年の4月までについては20世紀最大と言われた1997/98エルニーニョ現象発生の状況と大変似ており、観測データとの単純な比較では、97/98エルニーニョ現象の再来かと思わせた(図1および2)。そのため4月前後には、各国各機関の多くの研究者が、今年の熱帯太平洋の変動に注目することとなった。日本の気象庁などの予報機関も季節予報として4月にはエルニーニョ現象発生の可能性を示唆し、熱帯赤道域の気候研究者の中には強いエルニーニョ現象になることを確信し早めに警告を発するべきであると主張する者も現れた。更に、世界の現業気象予報機関は、5月には比較的規模の大きいエルニーニョ現象の発生を発表した。ところが、6月になると米国海洋大気庁や気象庁を含む現業官庁の予報の多くは、強いエルニーニョ現象の予報から通常規模(最近でいう2009年のエルニーニョ現象)もしくは弱めのエルニーニョ現象になるという予測に変更された。更に、7月の予報では、例えば気象庁の速報には、秋以降のエルニーニョ現象の発生は記述されているが、「夏にエルニーニョ現象が発生する可能性はこれまでの予測より低くなった」と訂正の記述がなされている。このような予測結果の極端な修正は過去にあまりなく、なぜそうなったのかという解釈は研究者により異なっているのが現状である。そこで、本コラムでは、まず今年の予測について一般的な解釈を行い、機構での予測について紹介し、本格的な議論はこれからであるが、観測的事実などから要因を推定する。


図1:
20世紀最大規模と言われた1997/98エルニーニョ現象の際の発達過程を示す。左が赤道上東西風の時間ー経度図、右が赤道上の海面水温偏差の時間ー経度断面を示す。西太平洋で1997年1月から4月にかけて断続的に強い西風が吹き、その後東太平洋で水温が上昇している。5月以降も断続的な西風が観測され、東太平洋の水温が上昇し、エルニーニョ現象が発達した事がわかる。(図はhttp://www.pmel.noaa.gov/tao/jsdisplay/より作図。)

図2:
昨年から今年(2014年)の7月までの図1と同じものを示す。今年の1月から4月にかけて西風が断続的に吹き、その後東太平洋で海面水温が上昇した事がわかる。ただし、5月以降の西風は弱くなり、東太平洋の海面水温も1997/98に比べて上昇して来ていないことが判る。(図はhttp://www.pmel.noaa.gov/tao/jsdisplay/より作図。本作図に使用されているTAO/TRITON観測ブイ網(*1)は、2012年以降データ回収率が低下しておりデータに欠測がある事に注意が必要である。)

まず、これまでのそれぞれのモデルの予測結果を調べると、ほとんどの予測モデルでエルニーニョ現象の発生を予測しているものの、その強さや成熟期/衰退期のタイミングについては、6月になっても予測のスプレッド(不確実性)が大きい事がわかる(図3)。気候モデルを用いた数理予測実験ではそれぞれの予測モデルで初期値を様々な方法で少しずつ変えて、何回か予測を行うが(アンサンサンブル予測=集合的予測)、スプレッドとはその予測結果の「広がり」を言う。この広がりが大きい場合にモデルの予測の不確実性が大きいと表現する。さらに様々なモデル同士の相互比較を考慮した予測をマルチモデルアンサンブル予測(多種モデルによる集合的予測)と呼ぶ。これらの集合的手法は、単一のモデルの結果だけではなく多種モデル間の比較ができることから、エルニーニョ現象発生予測の不確実性を議論するために有効な手段である。一般に、エルニーニョ現象の発生予測の精度には、季節性があるということが知られている。特に北半球の春から始める予測は「春のバリアー」と言われ予測は困難で、予測の不確実性が大きくなる。しかし通常6月頃から開始するモデルの予測結果は、比較的スプレッドは小さく即ち不確実性が減るが、2014年に関しては、多くの予報機関の予測モデルで6月から予測した夏の状態の不確実性は大きいままであった。特にエルニーニョ現象のような状態(太平洋熱帯域東部の海水温が平年より高い)になることは多くのモデルで予測していたが、その強さについての予測は不確実性が大きく、具体的に言えば、6月になっても8月にエルニーニョ現象が発生するかどうかについて不確実性が大きかったということである。このような定量的な予測に不確実性があるのが、現在のエルニーニョ現象予測研究の限界でもある。


図3:
世界の気候モデル及び統計モデルによる2014年エルニーニョ現象の発生予測に対する相互比較。エルニーニョ現象の指標Nino3.4(熱帯太平洋東部:東経190°- 240°,南緯5°-北緯5°で領域平均した海表面水温の平年値からの差,°C)の時系列。黒太線:観測値。色線:各モデルで2014年6月から予測を開始した結果。機構のアプリケーションラボで開発・運用しているSINTEX-F1季節予測システムの結果も含まれている。(図はコロンビア大学のInternational Research Institute for Climate and Society (IRI) のウェブページより。)

より具体的に海洋機構の季節予報システム(SINTEX-F1)ではどうだったか。機構のアプリケーションラボではSINTEX-F1季節予測システムを開発し、エルニーニョ現象の発生予測に加えて数ヶ月-1年先の季節予測結果を、2006年から毎月Websiteから世界に情報を提供している。その予測精度は他のモデルと比べても世界最先端であることが知られている(e.g. Jin et al. 2008 Climate Dynamics)。SINTEX-F1季節予測システムでは、2014年1月の時点で2014年のエルニーニョ現象発生を予測していた。エルニーニョ現象発生の指標となるNino3.4指標 (太平洋熱帯域東部の海表面水温の異常値)をみると、5月までの予測には概ね成功していたが、6月の予測値は現実より過大傾向であった(図4)。2014年7月から予測を開始したところ、Nino3.4 指標は8月までに約1°C程度暖まり、その状態が少なくとも冬までは持続すると予測している(図4)。それに伴う世界各地の異常気候に関する予測の詳細は上記のWebsiteを参照して頂きたい。


図4:
エルニーニョ現象の指標Nino3.4(熱帯太平洋東部:東経190°- 240°,南緯5°-北緯5°で領域平均した海表面水温の平年値からの差,°C)の時系列。黒太線:観測値。色線:機構のアプリケーションラボで開発・運用しているSINTEX-F1季節予測システムの結果。2014年1/1からの予測(緑線)と2014年7/1からの予測(青線)について27ケースのアンサンサンブル予測(細線)とその平均値(太線)を図示。

エルニーニョ現象が半年以上前から数理的に予測できることが発見されたのは、大気海洋科学の21世紀の大発見の一つではあるが、前述の通り予測の不確実性は未だ大きく、まだ多くの改善の余地が残っているといえる。そのためには、数理的な予測結果を観測データによって丁寧に検証し、その現象の科学的理解を深め、予測システムを改善するという一連の研究を根気よく積み重ねてくことが肝要であろう。

以降は、予測の不確実性が見られた今年2014年のケースについて予測との兼ね合いを念頭に、現段階では特に過去のエルニーニョ現象との比較という観点で要因を探る。まず推定される原因の一つとして最も基本的な海面水温パターンから見てみると、4月から7月までの熱帯太平洋全体の水温パターンがかなり興味深い様相を示す。今年は太平洋全体の海面水温場が3月頃から高くなり、通常エルニーニョ現象の発達が始まる6月には西太平洋側で偏差は少なくなり、東太平洋で偏差が高くなるが、今年の水温偏差場は、全体的に高温でかつその高温場の中で、中央太平洋とフィリピン沖に高温極大が残っている(図5)。結果として、エルニーニョ現象の指標となる東太平洋の水温極大と合わせて、東太平洋、中央太平洋、フィリピン沖に3つの高い海面水温ピークを示している。このような海面水温パターンの場合、海面水温で対流が決まる傾向にある熱帯大気は、どの水温極大を選んで風を吹かせればよいか判らない。他方、97/98の際には、すでにこの時期には、太平洋の水温偏差は西低東高の完璧な2極構造であり赤道太平洋の大気の東西鉛直循環(ウォーカー循環)は通常時とは真逆になっていた。なお、フィリピン沖の海面水温の極大は、フィリピン沖で過去15年以上も継続的に蓄積されている暖水と関連があると思われ、この長期の変動が今回のエルニーニョ現象に何らかの影響を与えている可能性がある。 また、このフィリピン沖の暖水の蓄積は、大気の循環に影響することから日本や東南アジア地域の領域気候変動を考える上でも重要な現象である。


図5:
気象庁のホームページより作図した2014年5月の太平洋の海面水温偏差。上図は5月の海面水温偏差、下図は6月の海面水温偏差を示す。それぞれで東太平洋赤道上の正の海面水温偏差に加え、中央太平洋およびフィリピン沖の水温偏差が見られている。(図はhttp://www.data.jma.go.jp/gmd/kaiyou/data/db/kaikyo/monthly/sst_pac.htmlよりコピー。)

大気と海洋の相互作用の観点からも、2014年エルニーニョ現象の特異性は見えており予測の不確実性としての要因として挙げられる。時間を今年の冬に戻すと、図1と図2で1997年と2014年の1月から3月までを比較すると、年明け3ヶ月までは、東西風や海面水温は、97/98の最大規模のエルニーニョ現象とほぼ同じ挙動をしていた。ただ、若干の違いとして北半球冬の赤道上の最初の西風バーストが1月に吹いていて97/98より時期的に一月程早い。通常1月頃の西風は南半球側で吹いて、海洋の赤道波動が発生する赤道導波帯には殆ど影響がないが、今年は1月に赤道導波管帯で吹いている。そのため97/98のエルニーニョ現象に比べて一月程早めに東に暖水を運ぶ赤道ケルビン波を励起し、暖水が東に移動した。この強い西風は、赤道で大きなケルビン波を作ると同時に、やや北に冷たいロスビー波を励起した。ケルビン波はそのまま東に向かい、エルニーニョ現象の種となる水温上昇を東太平洋で起こしたが、逆に冷たいロスビー波が西岸で反射し、結果として97/98より早い段階の5月には、赤道の海面下に冷水をもたらし、故に、5月から6月にかけて十分な暖水の東への張り出しが出来ず、西岸からの暖水プールの東西距離が短く西風が強化されず、海洋ケルビン波を発達させられなかったのではないかと考えられる。元々大気から海洋への風や熱フラックスは大気の現象のスケールに比べて長期にわたり強制力として持続して始めて海洋に変化をもたらす。そのため、どれだけ海洋が長く西風を吹かせられる背景場を作れるかが重要であるが、今年の場合エルニーニョ現象の発達時としては暖水の東への張り出しが弱く、風が強くなるための西岸からの暖水の距離が稼げず、5~6月にケルビン波を作れなかったとも考えられる。よって、5月から6月には、MJOに伴って西風は吹くものの弱く、暖かいケルビン波を作る程には至らなかった。暖かいケルビン波が出来ないと東太平洋を効率的に暖めることができず、東太平洋でエルニーニョ現象状態を維持・強化できないと言う事である。

更に全球規模に関連する要因もあると思われ、海洋の温暖化との関係も示唆できる。近年のインド洋の温暖化は、他の低緯度域の海洋より早いペースで進んでいる。そのため、インド洋と太平洋をインドネシア海大陸で繋がる一つの海洋としてみた場合、インド洋側でウォーカー循環の上昇が卓越し、太平洋において下降になる傾向があり、故にエルニーニョ現象が発生しにくい状況になっているとも考えられる。なお、これらの推測については科学的な検討が必要であるし、これら以外にも多くの研究者から今後様々な知⾒が出ることになるであろう。

2000年以降、アルゴ計画などにより観測データが以前より多くなった事も相まって、温暖化に伴う地球気候に変化がよりはっきりと観測され、自然変動であるエルニーニョ現象についてもその性質が変化してきていることが報告されている。近年では、典型的なエルニーニョ・ラニーニャ現象ではなく、エルニーニョモドキ・ラニーニャモドキなる現象が頻発してきた(参考)。加えて様々な時空間スケールの相互作用や海盆間の相互作用もあり、これまで通りの解釈では理解が困難となる状況が見られ始めている。エルニーニョ現象は世界の異常気象の母胎となり、農業/水災害/感染症/健康問題などを通して社会・経済に大きな影響を与えることが知られている。よって、21世紀にはいり地球温暖化と相まって変化しつづけるエルニーニョ現象の科学的理解とその予測研究を今後益々発展させるのは緊喫の課題だといえよう。

*1:TAO/TRITONブイ網は、1999年まで米国が実施してきたエルニーニョ現象の研究と監視のための大気海洋観測ブイ網であるTAOブイ網を、2000年以降TAO/TRITONブイ網として引き継ぎ日米共同で実施してきた太平洋赤道域の大気海洋観測ブイ網の事である。TRITONブイは、海洋機構が西太平洋を中心に実施してきた大気海洋観測ブイ網である。現在、当該熱帯ブイ網による観測は多項目の海上大気を計測できる唯一の大気海洋観測システムであるが、予算等の影響等によりデータの継続性に問題が出てきているため、日米のみならず他国も参加する国際観測計画へ見直を開始した所である。

地球環境観測研究開発センター 海洋大気戦略観測研究グループ  安藤 健太郎

アプリケーションラボ 気候変動予測応用グループ  土井 威志