「沿岸利用」という言葉は聞いたことがあるかもしれませんが、「海中利用」はどうでしょうか?海面でも海底でもなく、海中。そこは、まだほとんど利用されていない、大きな可能性を秘めた広大な空間です。
 JAMSTECは、海底地形や海面の波浪に影響されずに、海中を利用することによって養殖ができる人工海底の研究・開発を行っています。その一つが潜降浮上型人工海底「マリンあや1号」です。岩手県三陸町綾里港湾内に設置され、1991年からはアワビとクロソイの養殖実験も行われています。さらに、沖合いの波が高い海洋にも設置ができる外洋型人工海底「おおちゃんマリン1号」が開発され、1996年から岩手県船越湾沖で実験が行われています。
 海水そのものの利用も注目されています。海洋深層水です。海洋大循環でいう「深層水」とは異なり、光が届かない水深200mより深い所の海水を言います。海洋深層水は、表層の海水に比べて微生物や化学物質による汚染が少なく清浄で、低水温、栄養塩に富んでいます。このような特徴を持ち、しかも再生循環型資源である海洋深層水の有用性に注目し、JAMSTECは1976年から海洋深層水の研究を開始しました。海洋深層水取水技術の開発を行い、1989年には高知県室戸市に深層水取水装置を設置しました。その後、海洋深層水の取水技術は、富山県や沖縄県にも展開されました。
 海洋深層水の利用法は多岐にわたります。冷たい水は冷房に利用できます。清浄性は、酒、塩、豆腐などの食品や化粧品、医薬品への利用が期待できます。栄養塩に富むため、魚類の飼育や海藻の栽培にも有効です。利用する順番を考慮することによって、海洋深層水のさまざまな可能性を余すところなく利用する「多段利用」が可能になります。
 現在では、海洋深層水を利用した製品が多数開発され、1000億円産業にまで成長しています。しかし、海洋深層水の科学的な基礎研究は十分ではありません。今後は、微量成分の分析などによって、海洋深層水の特徴を科学的に裏づける必要があります。また、自然環境に影響を与えない放水技術も開発しなければなりません。JAMSTECでは1999年に静岡県に海洋深層水分析研究棟を設置し、深層水特性の科学的解明、有効な利用手法、深層水取・放水方法などの研究開発を行っています。

海洋深層水の生成と特徴
 海洋深層水とは、海洋学で言うところの「深層水」ではありません。太陽の光が届かない水深200m以深の海水を言います。日本周辺の海洋深層水は、グリーンランド沖と南極で沈み込んだ「北太平洋深層水」、亜寒帯海域で沈み込んだ「北太平洋中層水」、ウラジオストク沖で沈み込んだ「日本海固有水」からなります。
 200m以深の水温は2〜4℃、1000m以深では1〜2℃と低温です。表層では、植物プランクトンが光合成によって栄養塩を取り込みます。植物プランクトンは、動物プランクトンや生物に食べられ、栄養塩は生物の体内に蓄積されます。生物が死ぬとバクテリアによって分解され、栄養塩がつくられます。光が届かない深層では、植物プランクトンは光合成を行わないので、栄養塩は消費されません。そのため、海洋深層水は栄養塩に富んでいます。生物も少ないので、それを分解するバクテリアも極端に減少します。
 深層水は局地的に湧き上がってきます。日本近海の湧昇域には室戸沖や伊豆大島東岸などがあります。海洋深層水の取水や放水を湧昇域で行えば、環境への負担が少なくて済みます。

 潜降浮上型人工海底「マリンあや1号」。岩手県三陸町綾里港湾にて養殖試験が行われています。写真は浮上したところ。人工海底は20m×20mで、中央に機械室があります。人工海底は、水深16mの海域で通常水深4mに沈ませ、アワビとクロソイが飼育されています。
 外洋型人工海底「おおちゃんマリン1号」。人工海底は36.4m×20mで、中央に機械室があります。人工海底は通常水深7m層に沈ませ、アワビなどを養殖します。写真は沈んでいるところ。2個の注水バルブを解放して自然注水させ、約25分で沈みます。また、ディーゼル発電機によって2台の排水ポンプを作動させ、約70分で浮上します。岩手県船越湾沖で実験が行われています。