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大気に混じった非常に細かい物質は、風によって運ばれ、雨とともに陸や海に降り注ぎます。海に降り注いだ物質は、水中にとけ込んだ後、海底の堆積物やサンゴに取り込まれます。サンゴには木の年輪と同じように成長輪があり、陸上や海中で起こった変化は、サンゴの成長輪に刻みこまれていくのです。
日本本土から南東に約1000km離れた太平洋に浮かぶ島々「小笠原諸島」。その近海に生息するサンゴの年輪に、ある事実が刻まれていました。キーワードは、サンゴに含まれていた「同位体」です。
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小笠原諸島に生息するハマサンゴ |
私たちは食物を摂取してエネルギーをもらい、呼吸により二酸化炭素(CO2)または排泄物を出します。植物は、人間によって出されたCO2を使って光合成をし、再び私たちの食物を作り出します。これを炭素(C)という元素の物質循環と呼びます。
私たちの住む地球には様々なものがありますが、全てのものは100近い元素が組み合わさってできています。水(H2O)、空気(N2+O2)などは理科の時間に習ったと思います。

では、牛の体内のカルシウムのうちどのぐらいが牧草から、どのぐらいが牛の排泄物から(土壌、牧草という過程を経て)得られたものでしょうか? もしもカルシウムに「ラベル」がついていればその割合が分かります。多くの元素には「同位体」が存在し、その割合の違いが「ラベル」となるのです。

原子の重さは陽子数と中性子数の和でほぼ決まります。これを質量数と言います。質量数を測る道具として、質量分析装置がありますが、これは言わば原子の重さを計る天秤です。
高知コア研究所にある高感度質量分析装置は、目的の元素をイオン化し、磁場中で各質量数の原子を分離してその量を高精度に検出することができます。

二重収束型多重検出ICP質量分析計。通称「NEPTUNE」

中心部は一万度のアルゴンプラズマ、この中に霧化した目的元素の入った溶液を導入して分析します。
どれくらい高感度で測ることができるの?
毎年秋に行われる「施設1日公開」で、おもしろい実験をしました。来場者に、0ppb、1ppb、1ppm、100ppmの色水の違いを目でみて判別して頂きましたが、見分けられた方はいませんでした。このように超微量に含まれる元素量の違いも、高感度質量分析装置を使用すると判別することができるのです!
実験に使われた色水 |
ペットボトルに入った色水の判別に挑戦! |
鉛は、陽子が82個の元素で、天然に存在するものとしては軽いものから鉛204、鉛206、鉛207、鉛208の同位体があります。つまり質量数が204、206,207,208のものです。人為起源(人の手が加わった)の鉛は自然界に存在する鉛よりも全体として質量数が大きい同位体の数が少ないので両者を区別することができます。
人為起源の鉛というのは、例えば鉱石を精錬して取り出した鉛を使用したものです。日本ではかつて有鉛ガソリンとして使用された鉛が、大量に大気中に放出されました。しかし、人体への影響や環境汚染の問題から1970年以降ガソリンの無鉛化を進めたという背景があります。
サンゴの話にもどります。今回の研究では、小笠原諸島の父島付近のハマサンゴを直径10cm、長さ1.5mの大きさにくり抜き、そのサンゴコアに含まれる鉛の同位体比を測りました。その結果、1910年頃から急激に人為起源の鉛が増え、1970年代には一度減少するものの、再び上昇に転じていることが分かりました。そして、増えた鉛は主に中国大陸で放出されたものであることが分かりました。有鉛ガソリンや石炭の燃焼により大気に放出された鉛が、偏西風に乗って運ばれたと考えられます。サンゴから確認された鉛は微量で、環境汚染というレベルではありませんでしたが、人間活動によってもたらされた変化はサンゴのなかに記録されていたのです!
人為起源由来の鉛の高精度質量分析が可能になったのは1960年代のことで、これ以前にどのような変遷で鉛が環境中に放出されたかを調べた例はほとんどありません。本研究は、サンゴコアに含まれる微量の鉛(0.1ppmよりも少ない)の同位体測定という新しい方法を使うことにより、大西洋中緯度地域で得られた初めての「過去100年の時系列データ」です。微量の鉛をサンゴから取り出す技術や同位体比を正確に測る技術をつくり上げて初めて過去を読み解くことができたのです。
目には見えない「同位体」が過去を知るのに役立つんだね。 |
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高感度質量分析は犯罪捜査の現場でも行われているんじゃよ。現場に残されたわずかな証拠(血痕、薬物、繊維やプラスチックの破片など)から犯罪を明らかにするのに一役買っているんじゃ! |
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化学の力ってすごいんだね! |








*ppbとppmは割合をあらわす単位で、ppbが10億分の1、ppmが100万分の1です。