地震時に断層で発生する大量の水素ガス

−生命の誕生に地震ガスが寄与?−

 

1. 概要
 独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 加藤康宏)高知コア研究所の廣瀬丈洋主任研究員、プレカンブリアンエコシステムラボユニットの川口慎介ポストドクトラル研究員、地球内部ダイナミクス領域/プレカンブリアンエコシステムラボユニットの鈴木勝彦チームリーダー/主任研究員は、回転式高速摩擦試験機を用いて地震断層運動を実験室で再現し、地震時に断層面から発生する水素ガスの量と地震のマグニチュードの規模との間に強い相関関係があることを見出しました。この相関関係を用いて、地震時に発生する水素ガスの量を見積もったところ、私たちが揺れをほとんど感じないほどの比較的小規模な地震でも大量の水素ガスが発生し、断層帯中の流体の水素ガス濃度が1.1 mol/kg以上になりうることが判明しました。豊かな化学合成生態系の存在が知られる海底熱水噴出孔でさえ水素ガス濃度は高々0.02 mol/kgですから、地震断層帯に生じる水素ガス濃度は化学合成生態系を維持するのに十分なものであると考えられます。
 本研究の実験結果は、プレート境界周辺など、微小地震が継続的に起こっている環境に,地震活動にエネルギー源を依存した地下・海底下生物圏が存在する可能性を示しています。さらに,水素ガスをエネルギー源とする化学合成微生物の一種であるメタン生成菌が地球生命の共通祖先の最有力候補と考えられていることと合わせると、今回の結果から、「地球生命は水素ガスの豊富な海洋底の高温熱水域で誕生し、進化してきた」という従来の仮説に加え、「地震断層活動が起こる環境も始原的生態系が存在しうる場である」という新しい可能性を提示することができます。これは始原的地球環境のみでなく、地球外の岩石型惑星での生命の存在可能性を考える上でも重要な知見です。
 この成果は、米国地球物理学連合発行の学術誌 Geophysical Research Lettersに 9月3日付けで掲載されました。

著者:Takehiro Hirose, Shinsuke Kawagucci, Katsuhiko Suzuki

タイトル:Mechanoradical H2 generation during simulated faulting: Implications for an earthquake‐driven subsurface biosphere

 

2. 背景
 1980年に、日本人研究者によって断層帯に水素ガスが高濃度で存在することが世界で初めて報告されました。それ以来、多くの断層近傍で高い濃度の水素ガスが発見され、また実験により水素ガスは断層活動で起こる岩石の破砕に伴う化学反応によって発生するというメカニズムが提案されました。しかしながら、岩石の破砕と水素ガス発生の定量的な関係性は不明なままでした。
 断層帯以外で、地球上で高濃度の水素ガスが観測される場所で最もよく知られているのは、海底熱水噴出孔です。特に水素ガスに富む熱水噴出孔の周辺には、水素ガスをエネルギー源とするメタン生成菌(*1)が主たる地位を占める生態系が発達していることがこれまでの研究で明らかにされています。メタン生成菌はわれわれ地球生命の共通祖先の最有力候補と考えられており、メタン生成菌を涵養する高い水素ガス濃度の熱水環境は、地球の始原的生態系の存在場と考えられてきました。一方、断層活動が大量の水素ガスを供給するならば、断層帯にも熱水噴出孔の周辺と同様に、活発な生態系が存在するのに十分なエネルギー源に満ち溢れていると考えられます。そこで、廣瀬主任研究員らの研究グループは、断層活動でどれほどの水素ガスが発生するのかを室内実験で調べました。

 

3.研究手法
 高知コア研究所に設置されている回転式高速摩擦試験機(図1)を用いて、玄武岩(*2)を秒速数メートルの高速ですべらせることで地震時の断層運動を再現しました。発生した水素ガスを確実に測定装置に導入できるように、高速回転している岩石部分を覆ってガスを逃さないようにするセルを開発しました。発生した水素ガス量をガスクロマトグラフで測定しました。

 

4. 実験結果によって得られた成果と今後の展望
 実験によって発生した水素ガスの量と、実験時の摩擦のエネルギーとマグニチュードとの関係から、地震のマグニチュードと水素ガス発生量との間にきれいな相関関係を見出し(図2)ました。この相関関係を用いて、地震時に発生する水素ガス量を見積もったところ、私たちが揺れをほとんど感じないほどの小規模の地震の場合でも、断層帯の流体中の水素ガス濃度が1.1 mol/kg以上になりうることがわかりました。これまでに知られている海底熱水噴出孔の水素ガス濃度は高々0.02mol/kgですから、断層帯で生じうる水素ガス濃度は大変高いと言えます。これはすなわち,地震断層起源の水素ガスを「えさ」とする地下生態系が存在しうることを示しており、微小地震が継続的に起こっている沈み込み帯や中央海嶺近傍の断層帯にも、未発見の大規模な地下・海底下生物圏が拡がっている可能性を示したことになります。さらに、現在一般的には「地球生命は海洋底の高温熱水域で誕生し,進化してきた」という仮説が有力です。今回の実験結果はこの仮説に加え、「地震断層活動が起こる場も、始原的生態系が存在しうる場である」という新たな可能性を提示しています。今から38億年前にはプレート運動がはじまっていたと考えられており、地球の歴史の初期にもプレート運動に伴う地震断層活動が起きていたならば,断層活動に支えられた生態系が地球の歴史の初期に存在した可能性があります。先述の従来仮説の範囲では、始原地球や地球外天体での生命存在可能性を評価するのに高温熱水活動を想定する必要がありましたが、今回の成果によって、熱水活動が存在しない岩石型惑星での生命存在可能性も否定できなくなりました。今後の断層帯の掘削調査によって、本研究で示した高い水素ガス濃度やそれに依存した生態系が断層帯に実在するかを検証します。

 

figure1

図1:回転式高速摩擦試験機(クリックで拡大)
 地震時に断層が高速(秒速数メートル)で大変位(数m以上)運動する現象を室内で再現するために、この試験機は、直径20〜40mmの円柱型もしくは円筒形の2つの岩石試料を組み合わせ、片側を固定し、もう片方を高速で回転させる仕組みになっている。本研究では、新たに設計・開発した圧力容器の中で実験をおこない、岩石が高速ですべる際に発生する水素の量を正確に測定することに成功した。

 

figure2

図2:実験結果に基づいて計算された、地震のマグニチュードと水素ガス発生量の相関図。(クリックで拡大)

 


(*1) メタン生成菌
 貧酸素の環境で,水素と二酸化炭素からメタンを合成してエネルギーを得る(水素と二酸化炭素をご飯としている)古細菌(アーキア)。地球初期から生息していたと考えられており,生命の共通祖先に最も近いと言われる。

(*2)玄武岩
 鉄,マグネシウムに富んだ火山岩の一種。輝石,カンラン石などの有色鉱物を多く含むため,黒っぽい色を示す。日本周辺の沈み込み帯,プレートが生まれる海嶺などでの火山活動によって生成する。海洋底を構成する主要な岩石。

 

 

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