プロジェクト成果 トピック紹介

巨大地震発生域調査観測研究(調査観測分野・シミュレーション分野)
テーマ「地震像の把握と将来の予測に向けて」

古文書が語る津波波源の多様性 -安政東海と昭和東南海の関係-
 海洋研究開発機構 海域地震火山部門 技術研究員 今井 健太郎
地質痕跡が示す多様な地震履歴
 産業技術総合研究所 地質調査総合センター 研究グループ長 宍倉 正展
3次元地下構造モデルの構築 -調査観測データに基づいて-
 海洋研究開発機構 海域地震火山部門 技術研究員 仲西 理子
物理モデルを用いた推移予測手法開発 -地殻変動データの同化に向けて-
 海洋研究開発機構 海域地震火山部門 センター長 堀 高峰

地域連携減災研究(調査観測分野・シミュレーション分野)
テーマ「被害軽減のため正確に被害予測し効果的な対策に繋げる」

地域の現状に即した具体的な被害様相の提示 -産業集積地にある愛知県碧南市を対象に-
 名古屋大学 減災連携研究センター 教授 野田 利弘
災害レジリエンス向上のための情報共有技術
 防災科学技術研究所 マルチハザードリスク評価研究部門 部門長 藤原 広行

古文書が語る津波波源の多様性 -安政東海と昭和東南海の関係-

今井 健太郎

海洋研究開発機構 海域地震火山部門 技術研究員
今井 健太郎

南海トラフではМ8クラスの巨大地震が90~150年程度の間隔で繰り返し発生し、地震や津波による大きな被害をもたらしてきました。これらの南海トラフ巨大地震の発生周期は一定のプレート運動速度に基づき、固有の断層面における巨大地震の再来発生間隔が受け入れられてきました。一方、瀬野(2012)は、安政東海地震と昭和東南海地震の強震動生成領域が相補的であった可能性を指摘し、昭和東南海地震が安政東海地震の一部で起きたという従来の考えに疑問を呈しています。津波波源域についても同様の観点から再解釈が必要でした。震源モデル構築・シナリオ研究では、安政東海地震の震源域に近い紀伊半島から伊豆半島に至る太平洋沿岸において、安政東海地震の津波と地殻変動に関する史料の再整理とそれに基づく現地調査を行い、津波の高さ()や地殻変動量を評価しました。これらのデータに基づいて、安政東海地震の波源について再評価を行いました。再評価した安政東海地震の波源となる海底地殻の隆起域は、熊野灘から遠州灘の沖合のトラフ軸近傍に存在することがわかりました。昭和東南海地震の検討(Baba et al., 2005)によると、志摩半島沿岸に大きな海底の隆起域が存在することから、最近の2回の南海トラフ巨大地震の事例だけでも、固有の断層面によって巨大地震が発生していた訳ではなく、津波発生域にも空間的な多様性があることがわかりました。

図 史料の再整理とそれに基づく現地調査から得られた安政東海地震の津波高分布
図 史料の再整理とそれに基づく現地調査から得られた安政東海地震の津波高分布

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地質痕跡が示す多様な地震履歴

宍倉 正展

産業技術総合研究所 地質調査総合センター 研究グループ長
宍倉 正展

南海トラフ沿いの海底や海岸の地層には、過去の巨大地震による揺れや地盤の変動、津波の浸水跡が記録されています。このプロジェクトでは、駿河湾沿岸から紀伊半島、四国、九州、南西諸島に至るまで、広域にわたって陸域と海域で地質調査を行い、地震や津波の履歴を過去数千年以上前までさかのぼって解明しました(図1)。その結果、地質痕跡は100-150年ごとに起きる地震を毎回記録しているわけではなく、数百〜千年の再来間隔を持つこと、またその年代が地域間で必ずしも一致しないことがわかってきました(図2)。これは南海トラフ地震の規模や破壊域に多様性があることを示しています。このような地質痕跡が示す低頻度の地震や津波の規模については、マグニチュード9クラス(最大クラス)だったのかどうか、琉球海溝沿いの地震と連動したのかどうか、といった課題もあります。各地での調査結果からこれらの課題について検討してきましたが、今のところそのような事象を示す証拠は見つかっていません。

図1 このプロジェクトで海陸地震津波履歴調査を実施した地点
図1 このプロジェクトで海陸地震津波履歴調査を実施した地点

図2 高知県南国市で得られた堆積物試料(Tanigawa et al., 2018を改変)
図2 高知県南国市で得られた堆積物試料(Tanigawa et al., 2018を改変)

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3次元地下構造モデルの構築 -調査観測データに基づいて-

仲西 理子

海洋研究開発機構 海域地震火山部門 技術研究員
仲西 理子

地震動・津波評価や地震発生帯のプレート固着・すべりの現状把握と推移予測のためには、現実的な3次元地下構造モデルが必要です。本プロジェクト開始前は地震・津波の予測研究で使われてきた地下構造モデルは各研究によって異なり、また深部や海域については多くの仮定が含まれるものでした。そこで、本プロジェクトでは、新たに取得したデータやこれまでに得られた各調査域の地下構造モデルに基づき、南海トラフ全域について、詳細かつ高精度な3次元地下構造モデルを構築、公表しました(図1)。このモデルは、南海トラフ地震の地震動・津波評価に活用できるもので、地震本部による長周期地震動予測地図の作成に用いられている地下構造モデルに対して海域の情報を提供しました。また、3次元プレート形状モデルについては南西諸島海溝域まで拡張(図2)した上で、スロー地震の分布、プレート境界の凹凸度分布等を統合することにより、予測研究に必要なプレート固着の不均質性を表現するモデルを作成しました。このモデルは、南海トラフ〜南西諸島海溝域までの大連動の検証も含め、プレート固着・すべりの現状把握と推移予測のために活用できる調査観測に基づいた現状で最も高精度で現実的なプレート形状モデルとなっています。

図1 本プロジェクトで構築した南海トラフの3次元地震発生帯構造モデル。(Nakanishi et al. 2018)
図1 本プロジェクトで構築した南海トラフの3次元地震発生帯構造モデル。(Nakanishi et al. 2018)

図2 本プロジェクトで構築した南海トラフ〜南西諸島海溝域までのプレート形状モデル。
図2 本プロジェクトで構築した南海トラフ〜南西諸島海溝域までのプレート形状モデル。

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物理モデルを用いた推移予測手法開発 -地殻変動データの同化に向けて-

堀 高峰

海洋研究開発機構 海域地震火山部門 センター長
堀 高峰

南海トラフでは、100-200年程度の間隔で、M8-9クラスの地震が繰り返し発生してきました。その発生様式の多様性のために、現在の長期評価では、発生様式の評価はあえてせず、南海トラフ全域をひとまとめにして、過去の地震の履歴等をもとに、統計的に発生確率を算出しています。この方法では、いわゆる「半割れ」のように、南海トラフの半分程度の領域で地震が発生した場合、残された領域での地震発生の可能性、あるいは、その領域でどのような地震・津波が引き続き生じ得るかの評価は不可能になってしまいます。そのような評価を行うには、地震発生の原因となるプレート境界での固着・すべりの過去からの履歴と現状を把握するとともに、それがどのように推移していくかを予測することが必要となります。そこで本プロジェクトでは、プレート境界での固着・すべりの時空間変化を表す物理モデルを、地殻変動データに同化するための手法開発を行ってきました。その結果、豊後水道の実データを用いたスロースリップイベント(SSE)のすべりの時空間変化の同化を実現し、逐次予測手法の有効性を示しました()。

観測値(オレンジ)は地殻変動データからインバージョンで求められた断層すべり速度、予報値(緑)はIの時点からの予測、解析値(青)はその後のデータに同化した結果であり、IIの時点で予報値から解析値に改善している(藤田, 2020を改変)。
観測値(オレンジ)は地殻変動データからインバージョンで求められた断層すべり速度、予報値(緑)はIの時点からの予測、解析値(青)はその後のデータに同化した結果であり、IIの時点で予報値から解析値に改善している(藤田, 2020を改変)。

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地域の現状に即した具体的な被害様相の提示
-産業集積地にある愛知県碧南市を対象に-

野田 利弘

名古屋大学 減災連携研究センター 教授
野田 利弘

地震・津波被害予測研究(1-b)では、将来の南海トラフ地震に対し、地震の発生時期や発生の多様性等を考慮した広域リスク評価と、地域にとって影響の大きい建物や施設に対する災害発生リスク要素の因果関係に着目した高分解能な地域リスク評価を実施しました()。これらは国や自治体が行ってきた過去の災害の被災率に重点を置くような従前のリスク評価とは異なります。

ここでは特に地域リスクについて紹介しますが、我が国の産業集積地にある愛知県碧南市をモデル地域とし、プロジェクト前半で開発・高度化した被害予測解析ツールを用いて、市庁舎、堤防沈下に伴う津波氾濫・漂流物、上下水道、災害廃棄物、道路啓開等に関するオーダーメイド型の被害予測を実施し、被害様相を具体的に提示しました(の右側)。評価項目の大半は市役所の担当者の意見を踏まえ、評価結果は減災施策・アクションプラン策定等の検討・協議や、市役所のほぼ全課係長が参加した災害対応・復旧復興研究(1-d)との連携ワークショップにおいて活用されました。加えて、これまで定性的にしか語られなかった将来の被災像(疎開・移住と国土復興など)の定量化の試みから、碧南市への影響も評価しました。

図 広域リスク評価と地域リスク評価
図 広域リスク評価と地域リスク評価

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災害レジリエンス向上のための情報共有技術

藤原 広行

防災科学技術研究所 マルチハザードリスク評価研究部門 部門長
藤原 広行

災害へのレジリエンス向上のためには、災害に対する状況認識を統一することが重要です。このため、本研究プロジェクトの防災・災害情報発信研究では、南海トラフ広域地震災害に関する情報が集約され利活用可能な「南海トラフ広域地震災害情報プラットフォーム」を構築しました(図1)。プラットフォーム上では、南海トラフ地震災害に関する各種地理空間情報や歴史資料、強震計・水圧計データ等のデータをはじめとし、本プロジェクトにおける他の研究課題による調査結果、研究成果、ハザード評価、リスク評価などの情報が整理・統合され、それら情報プロダクツが閲覧可能となりました。このプラットフォームを基盤とした、利活用システム、防災人材育成、教育教材、啓発ツールなどが開発されています。さらに、これらを利用することにより、リスクコミュニケーション手法の開発や実証実験が実施され成果を上げています。さらに、情報プロダクツの一例として、多様性のある南海トラフ地震災害に対する広域での災害シナリオの研究が進められ、複数のシナリオが提示されています。これらは、災害の地域特性の類型化をハザード側および社会的要因側の双方で分析することにより作成されています(図2)。こうした災害シナリオは、災害対策の妥当性の検証や防災訓練などにおいて活用されることが期待されます。

図1 南海トラフ広域地震災害情報プラットフォーム
図1 南海トラフ広域地震災害情報プラットフォーム

図2 災害シナリオ作成の目的と概要
図2 災害シナリオ作成の目的と概要

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