石は地球深部を語る

2013/03/18

宮崎 淳一(海洋研究開発機構 海洋・極限環境生物圏領域)

本日の潜航も
「まるッ、まるッ、まるッー」
ということで、#1332潜航調査実施が決まりました。

今日も昨日に引き続きYokoniwa riseで潜航調査が行われました。

潜航者は森下知晃さん(金沢大学)です。
森下さんは、スポーツマンらしい逞しい体格をした(普段の不摂生でおなかが張り出しているにもかかわらず)、常に女の子にもモテモテの(だと勘違いしている)、スーパーマン的研究者(痛い人)です。

そんな、完全無欠の研究者にも、唯一の弱点があります。。。。
それは船に弱い・・・つまり船酔いがひどいことです。
船酔いは酒酔いと違って、百害あって一利なしです。
そのため船で食事をとることができず、15kg痩せてしまったことも過去にあるそうです。
今回の航海は荒れ気味で、かつ航走することが多いので、食事のときはいつもシンドそーにしています。
そんな森下さんが航海中唯一、揺れない環境でおいしくご飯が食べられるのが、「しんかい6500」で深海にいるときなのです。
そこで、司厨部の方が特別なお弁当をこしらえてくれました(写真)。
なお、通常はサンドイッチです(これもおいしいですよ、宮崎は2人分平らげます)。

船酔いがヒドイ森下さんがそこまでして航海に出るのは・・・それはそこに石があるからです。
しかも、ここインド洋の調査海域には、ただの石ころではなく、地球深部のマントルからやってきた石が採れるのです。
そこで今日は、森下さんに深海底の岩石の研究にかける、熱き思いを語って頂きたいと思います。
森下さん、よろしくお願い致します。

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卒論から一貫して野外調査を行ってきた。命の危険を感じる場所がその沢にはいくつかある。沢登りの途中に滑り落ち、リュックの中のサンプルの重みで背中から落ち、怪我がなくほっとしても,サンプルが粉々になっていてショックを受ける日もある。そして,夜一人で飯を食い,今日歩いた場所を地図に落とし込み、静かに眠る。今日こそ、この沢の調査は終わりにしようと思っても、また次の年になると同じ沢に登る。そして,かなり苦労して登った沢の上で、『こんなところ、誰も来たことが無いだろうなぁ。。。』なんて思いながら、サンプルをとろうとすると、ギョッとする。その岩に、サンプル番号が書いてあるのだ!自分の調査地はマントル起源のかんらん岩としては、世界でも最も研究が進められている幌満かんらん岩体だった。自分より先に、多くのヒトが同じ岩体を何度も研究していることを痛切に感じる瞬間である。

海の岩石調査は、真逆である。自分が調査に行く場所は、世界でたったの3人(「しんかい6500」のパイロット2名と自分)しか近づけない場所なのだ。そして、これからも、おそらく、永遠にそこには誰も行かない。自分だけが観察者なのである。そこでのサンプリングは、自分の指示とパイロットの腕にかかっている。岩石学者の望みに、いかにパイロットが応えてくれるのか!そこにパイロットとの信頼関係が生まれる(帰りのパイロットの方々との会話は、いつも楽しみにしています)。そして、何よりも自分を緊張させる事実は,この場所は、2度と行けないばかりか、後戻りもできないことだ。今、自分が見えてるその瞬間に、その先も予測し、判断しなければならない。悔やんでも戻れない。次の年どころか、永遠にやり直しはきかないのだ。

海洋プレートは常に今もどこかで形成されている。海洋プレートの原材料は,マントル物質だ。そして、マントルは不均質だ。マントルが不均質であるために、作られる海洋プレートも不均質であることがわかってきた。しかし、なぜ、マントルが不均質なのか?そのスケール、成因、時間スケール、謎が多い。多くのヒトは、この深海の地に生きる生命に魅力を感じているだろう。しかし、自分たちは、ここに露出しているマントル起源物質がなぜ、海洋底に顔を出しているのか?その謎に夢中なのだ。その答えがどうやら見えて来た。ここ、中央インド洋は、大西洋、太平洋と比べて、今はなくなった太古の大陸であるゴンドワナ大陸が分裂してできた海だ。インド洋になる前の経験が今にも反映されているようだ。そして、その答えの先には、『海洋プレートとは何者なのか?』というシンプルな問いを我々に投げかけているような気がしてならない。その先にたどり着くには,中央海嶺での研究成果と,マントル直接掘削しかない。いつも想像している。1年以上かかかるマントル掘削、そのついに明日、海洋地殻とマントルの境界面であるモホ面を貫く前日の夜を。多くの人々の苦労に裏打ちされた期待、興奮を感じざるを得ない前日の夜を想像するのだ。その場所に自分が居る想像をする。そんな夜を必ず迎えるのだ、そのためにも、今、ここで手にするサンプルで研究成果をあげないと、その場所に立つ資格はない。

「しんかい6500」の窓から,海洋底を見ていると、まるで夜の雪がしんしんとふる金沢の風景を見ているようだ。北陸人は,冬は暗いものだと思っていて、家でじっとして過ごすことが多い。自分は福井人の金沢育ちで、典型的な冬の北陸に耐え忍んでいる北陸人だ。そのため、自分の性格は暗くなった。その分、辛抱強さは身に付く。この辛抱強さが、研究にも生かされてればいいなぁなんて思いながら、その見慣れた雪道を見逃さないように、「しんかい6500」の中では四つん這いで過ごすのだ。

船の中では,きれいに盛りつけされた工夫されたおいしい食事が待っている。ほとんど食えなくて,日本人魂の塊の自分としては,食事を残すたびに,心の中でありがとうと、ごめんなさいを唱える(しんかい用の特性弁当、手巻き寿司に、だしまき卵。心遣いが嬉しかったです。おいしかった。ありがとうございました)。

船の調査は,多くの人に支えられているのだ。研究成果は自分だけのものでない。彼らのためにも、彼らの仕事に楽しみや、誇りを持ってもらうためにも、自分たちが成果をあげて、それを報告する義務が乗船研究者にあるのだと心に強く誓わせる熱いパワーが船の研究にはある。

ここまで、船の皆さんはプロフェッショナルな仕事をした。あとは、自分がプロフェッショナルな仕事をするだけだ。自分たちに余計な笑顔はいらない。デューク東郷がデイブに無理な注文をするような関係でなくてはならない。自分達は、彼らに研究成果を伝える。それこそが真の感謝なのだ。真剣にそう思っている。
(文責 金沢大学 森下知晃 趣味:日焼け)


写真1:森下さんのために用意された第1332専用お弁当。通常はサンドイッチが敷き詰められています。


写真2:深海へと搬送される森下さん。船酔いで心臓が止まりかけてましたが、情熱のみで動かしております。