出港前夜

2013/06/16

YK13-05首席研究者
高井 研(海洋研究開発機構 海洋・極限環境生物圏領域)

(ここは中米カリブ海に浮かぶ陽気なラテンの島、プエルトリコ。世界一周航海を実施している『しんかい6500』とその母船「よこすか」は、ブラジルでの調査を終えて、プエルトリコの首都サンファンに寄港しています。QUEST3となるカリブ海ケイマンライズでの研究チームも空路で本船に到着。第1回の航海レポートは、乗船研究チームのリーダーである高井研JAMSTEC上席研究員が出港前夜の様子をお届けします。)

全国2億4千万の瞳のQuelle2013ファンの皆様。YK13-05「真夏のカリブ海決戦」航海の首席研究者の高井研です。

現在、プエルトリコは首都サンファンの旧市街の真ん前という極めて夜遊びに適したベストポジションに着岸した「よこすか」から出港前夜の気持ちを綴っております。


プエルトリコはサンファンに寄港中の母船「よこすか」

港に停泊しているとそれなりに美しく見える「よこすか」のとなりには「ちきゅう」を遙かに上回る巨大な威容と豪華さを誇るカリブ海クルーズの豪華客船が停泊しており、乗船研究者一同「できれば、あっちの船に乗りたかったぜ!」というホンネを抑え込みつつ、船内での初夜を迎えております。

いきなり個人的なことを申してなんなんですが、ワタクシ、日本出国の当日、突然の大ギックリ腰症候群に襲われ、日本→ニューヨーク→サンファンの移動中ずっと、それはもう拷問かというくらい辛かったです。

「カリブ海航海?ナニソレ?ケンちゃん、もう日本に帰る!!」と何度も弱音を吐きました。6月16日夜9時現在、アルコール摂取による血行促進のせいか、悪化の一途をたどっていたギックリ君の動向にようやく光が見え始めた...気がします。

というわけで、なんとかこのYK13-05航海もギリギリのところでなんとかスタートを迎えることができそうです。

とりあえず、この航海の最初のレポートは、ワタクシが航海の概要なぞ書くというお約束があり、チャチャチャッとやっちゃいますが、この航海にはインターナショナルで多士多彩な研究者が参集していますので、今後はぜひワンパターンな文章しか書けないワタクシに代わりまして、隠れた才能を持ったいろんな乗船研究者で航海レポートをリレー形式で進めていきたいと思います。


美しいサンファンの街並みをブリッジから望む

さて、宿題のYK13-05「真夏のカリブ海決戦」航海って何するの?ということですが、「ggrks」と書いたら怒られること必死なので、優しく言うね。

このページ見ろや!

以下コピペと追加。

2009年から2010年にかけて、アメリカとイギリスの共同研究チームは、ウッズホール海洋研究所のハイブリッドROV ネレウス、サザンプトン海洋研究所のハイビス、という調査機器を投入して、世界の未探査深海熱水地帯のラストピースオブラストピーシズ(究極の未解明熱水地帯)と呼ばれるカリブ海ケイマン諸島沖の中部ケイマンライズという海溝みたいな海嶺の調査を行いました。

その結果、世界最深の熱水活動を発見しただけでなく、風変わりな熱水活動がいくつも存在していることを突き止めました(ナショジオを初め世界的なニュースにもなりました)。しかしニュースが世界を駆け巡ったとき、実際の潜航調査による探査は計画されていませんでした。

そんな時、ワタクシはとある国際学会でアメリカ研究チーム代表のクリス・ジャーマンが熱水発見の発表しているのを聞いて、「あら。調査するROVがないのなら、『しんかい6500』を使えばいいじゃない?」とマリー・アントワネット風に半分冗談で尋ねてみました。クリスは「そいつぁー、グレイトだぜ。ケン。ぜひ『しんかい6500』で世界最深熱水の調査をしようず」と超ノリ気でした。

それから、「『しんかい6500』をカリブ海に連れてって」作戦が展開されることになったのですが、いかんせん東北沖地震やらその後の調査など、喫緊の事情もあり、随分と実現に時間がかかってしまいました。当初の予定では、「うまくいけば海底での熱水活動発見一番乗りのチャンスがあるかもよ」という「ごっつあんゴール」を秘かに狙ってましたが、現実はそう甘くありませんでした。

我々がマゴマゴしている間に米英はそれぞれ(今一歩、米英の間にはシックリいかないナニカがあるようで結構競争したフシがある)怒濤の緊急的調査を連発し、2カ所の新しい深海熱水活動を見つけてしまいました。新しいタイプの熱水化学や新しい熱水化学合成生物の発見等、かなり華々しい成果は挙っています。

しかし一方で、結構慌てて調査航海を繰り広げたために、かなり研究上の「ヌケ」が多いのも事実なのです。そこで、我々日本の誇る有人潜水艇『しんかい6500』を用いてガッツリ調査しようじゃないの!そして、まるで大岡越前守のように、微妙な関係の米英双方の研究者を招き、うまく仲を取り持ちつつ、日本独自の研究を入れこみつつ、三方一両損ですべて丸く収める(なんのこっちゃ)。それが「YK13-05航海、最後の真実」なのです。

そういう、所謂PKO的、OECD的、TTP的役割を果たしつつ、自分たちの欲望・野望を満たしつつ、さらに有人潜水艇による深海探査の「リアル」を全国2億4千万の瞳に焼き付けちゃおうじゃないの!という前代未聞の企画にまで手を出しちゃったわけですね。要するにエビの頭とシッポが丼からはみ出て、どうやって食えばいいのかわからない「てんこ盛り海鮮丼」のような、具が多すぎる航海計画になってしまったと言えるでしょう。

ところが残念なことに、このカリブ海深海熱水を研究するアメリカの主力部隊は、我々の航海と全く同一の時期に、同じカリブ海の深海熱水に対して、Schmidt Ocean Instituteの海洋調査船FalkorとWoods Hole Oceanographic InstituteのハイブリッドAUV/ROVネレウス君を使った調査航海(Oases2013)を行うことになり、我々YK13-05航海に、アメリカの主力部隊は乗り込んでくることができませんでした。

代わりに、YK13-05航海には、アメリカの主力部隊を構成する微生物学研究者のポスドク研究員が2名乗船しています。Danielle Morgan Smith(通称ダニ)とPriya Narasingarao(通称プリヤ)。彼女たちは主に好圧性微生物(高い水圧が掛かるとピチピチしてくる深海特有の微生物)についての研究を担当します。もちろんカリブ海の深海熱水が「世界最深」の称号を持っていることが、その研究のミソです。実際、フランスの好圧性微生物研究グループからも共同研究の打診があり、今回のサンプルをシェアして研究を進める予定です。


ダニとプリヤとケン

一方、アメリカ主力部隊のOases2013航海は、6月20日からROVモード調査が始まり、実は30日までのその潜航調査は衛星通信を使って全潜航リアル中継される予定です。(彼らのウェブを要チェックや!

つまり、我々の予定している6月22日の『しんかい6500』潜航調査リアル中継の時、アメリカのハイブリッドROV『ネレウス君』がフラフラと寄ってきて、『しんかい6500』に「なあ、そこのねーちゃん、チャーしばかへん?」とナンパするシーンがあるかも?なのです。それが日本とアメリカの二つのウェブサイトで同時にリアル中継される可能性もあります。これは史上初の異国間深海ランデブーです。(でもまあ、あくまで全てがうまくいった場合の可能性なのですが。)

いっぽう、カリブ海深海熱水の“地主”である英国からは、今、英国で最も勢いのある深海生物学研究者であるJon Copley(通称ジョン)が率いるVerity Nye(通称ベリティ)とDiva Amon(通称ディーバ)のコプリー軍団が私たちの航海に参戦しています。

この英国生物学グループに、Jon Copleyを崇拝してやまない「ガッツ矢萩」こと東京大学大学院生の矢萩 拓也君、JAMSTEC気鋭の発生進化生物学者の宮本 教生、日本一の乗船研究履歴を誇るJAMSTEC「航海プリンセス」渡部 裕美が共同でカリブ海深海熱水に生息する生物の謎に迫ります。


カリブ海深海熱水の“地主”でもある英国で、いま最も勢いのある深海生物学研究者のJon Copley博士が本航海に参戦

あとの残りの、極限環境ギリギリ生命体を探し求めるJAMSTECシュガー・プレカン連合軍は何をするかって?ふふふ。まあそう慌てるでない。米・英の研究で手つかずになっている深海熱水微生物生態系の研究をやるのだ。しかも400℃超えの深海熱水!しかも世界最深の熱水!しかも世界最高クラスの熱水水素濃度!しかもタルクだらけの「水泳大会」 蛇紋岩汁サービス!

これだけの条件がそろってたら、もうそらあれよ。

「スーパーハイパースライム」や!もしくは「キングオブハイパースライム」や!

(編集注:わからない方はググってみてください)

そんな感じの平均年齢28.9歳(しらん、テキトー)のヤングカジュアル研究者チームで行ってきまーす。

(いよいよ開始されるQUELLE真夏のカリブ海決戦。何が起きるか楽しみですね。さて次回は、潜航海域へ向けた3日間の回航の間に、「ガッツ矢萩」くん、もしくは「海洋性ゴリラ」ことカワグッチくんがお届けします。)