大学院生日記

2013/06/24

矢萩 拓也(東京大学大学院 新領域創成科学研究科)

(このQUELLE2013真夏のカリブ海決戦には、JAMSTECの(個性的な)研究員のみならず、同じく科学の真理を追い求める同士も参加しています。今回は、将来を担うスーパールーキー、東京大学大学院新領域創成科学研究科で深海生物を学ぶ矢萩クンの成長を中学生日記ならぬ「大学院生日記」としてお送りします。前編です。)

「一歩前へ。その積極性があなたの人生を変える。」
僕は、困難な状況や選択が必要な場面に出会うといつも、かつて通っていた学習塾の男子トイレの張り紙を思い出します。

二億四千万の瞳をもつQUELLEレポート読者の皆さん、東京大学大学院生の矢萩拓也と申します。そして"今"、僕の魂は猛烈に震えています。生まれたての小鹿プルプルを遥かに凌ぐ猛烈な震え、激震。なぜと?

本航海は、僕が大きく前へ踏み出すことができるチャンスが溢れているのです。

日英米の海洋研究者が集うカリブ海世界最深熱水域調査という舞台。まだ「しんかい6500」による調査が始まっていない回航中でさえ、僕の人生が変わっていくのを感じています。

<第1章 新しい自分との出会い>

海外の方に対し言葉の壁を感じ、なかなか話しだせない「チキン矢萩」に出会えました。しかし、「英語が話せるようになってからと思っていたら一生話せるか!!」と発奮し、今だせる全力でアタックを試みる「ガッツ矢萩」が登場しました。しかし彼は、突破力をもつ一方、中身のない話が得意でした。

「お前は、つまらない男で一生を終えるのか?なぁ?」と自問自答を繰り返すこと一日。次の日には、どんな言葉かけをすれば相手のハートを優しく包み込み、暖かな頬笑みを得られるかという、相手目線のコミュニケーションを考え始める「Takuya Yahagi」に出会うことができました。

<第2章 旅立ち>

さらに大切なことに気がつきます。コミュニケーションに力を注ぐのは悪いことではないのですが、この航海の目的を見失いかけている「迷子のたくや君」がいました。彼はこの航海に、なぜ参加したのか?彼が尊敬して止まない英サウザンプトン大学のJon Copley博士に気に入ってもらうことや、仲のいいお友達をつくることが目的ではないのです。

深海海洋学最前線の研究者が集う場で、いち研究者として研究を議論するために来たのです。そして、この船上にはその姿勢に全力で応えてくれる先輩の方々がいました。矢萩拓也は、涙が出るほど嬉しかったのです。

私は生物研究班の一人として乗船していますが、カリブ海熱水域の生物を語る上で外すことができない存在は、熱水噴出孔を覆い尽くすオハラエビ類の一種Rimicaris hybisae (リミカリス・ハイビサエ) です。本種は、本航海に参加するVerityやJonによって新種として報告された生物で、学名は、発見時に使用されたイギリスの無人探査機ハイビスに由来します。(※編集者:深海生中継で吸い込まれた、あのエビさんです

生態的特徴として、退化的な目をもつ一方で、熱水を認識するための特殊な器官が背上部に発達することや、共生細菌からエネルギーを得ること、熱水噴出孔付近に群がる中で、環境差異に由来する雌雄や成長段階よる分布の違いなどが示唆されていますが、未だ多くの謎を持ち合わせています。本航海では、世界最深の熱水域に生息する動物群を相手に、生物相や極限環境への適応機構を明らかにすべく、日々議論を通し調査に取り組んでいます。


ペイロードの最終確認をする(というポーズで撮影しますよ、と指示されるスーパールーキー矢萩クン)

意識が変わると、行動が変わり、毎日が変わることを感じています。昨日できなかったことが今日できたという喜びにあふれる航海。世界最深に劣らぬほど心の底から楽しんでいます。

今の自分ができること、これからの自分に必要なものを明確にするために、ガッツガッツで今日もまた一歩踏み出していきます。

トイレの張り紙様、ありがとうございます。僕はこれからも、あなたのお家をピカピカに使います。

(後編へと続く)

(たったひとりで英サウザンプトン大学に奇襲を仕掛け、そして母船「よこすか」に飛び込んできた矢萩クン。「しんかい6500」が深海という未知の領域を目指すのと同じように、彼もまた「はじめての場所」に一歩踏み出しました。航海を終えたとき、またどんな矢萩クンの姿が見られるのか、後編もお楽しみに。さて次回は、いま最も英国で勢いのある深海生物学者、かつ本場英国の海底紳士こと、コプリ博士による第1回目の潜航調査の様子を英語でお届けします。みなさま辞書のご用意を。(いえ、和訳もつけますよ。)ではまた次回もお楽しみに。)