世界で二番目に深い海へ

2013/10/07

YK13-10 首席研究者
北里 洋(海洋研究開発機構 海洋・極限環境生物圏領域)

(今航海の本格的なレポート第一弾(昨日のはプロローグです)は首席研究者である北里さんに書いていただきました。この航海の目的や面白さについて語っていただきます。)

QUELLE2013 世界周航もいよいよ最終ステージに入りました。Quest 4 は、南太平洋の1万メートルを超える海淵部を持つトンガ海溝とケルマディック海溝域における調査です。
海溝とはどういうところなのでしょうか? 海溝(トレンチ)とは、海底が溝状に窪んだ海底地形を指す用語です。海溝は、海洋プレートが大陸プレートに沈み込む場所に形成されますので、地学的な成因を含む用語でもあります。海溝は太平洋の周りに多く分布していますが、とくに1万メートルを超える海淵部を持つ海溝、マリアナ、フィリピン、トンガ、ケルマディック海溝、は太平洋の西側にあります。
海溝はどうして深いのでしょうか? 深い海溝には何が住んでいるのでしょうか? 海溝同士で住んでいる生物とその機能はおなじなのでしょうか? そして、深い海溝はおなじ地学的な特徴を持って形成されているのでしょうか? これらの疑問に答えるために、私たちは、10年以上の間、世界で一番深いマリアナ海溝チャレンジャー海淵(10,911m)の調査をしてきました。その結果、海淵部には古い系統群の有孔虫、木屑を分解できるスーパー酵素をもったカイコウオオソコエビが生息していることがわかりました。また、ユニークな微生物群集が成立しており、そして微生物活性も極めて高いことがわかってきました。1万メートルを超える極限環境は、静穏で、生物たちもひっそりと暮らしているように考えられていたのですが、実は違っていたのです。
チャレンジャー海淵で見られる"海溝生態系"の構成生物とその機能は、ほかの海溝でもおなじなのでしょうか? この疑問に答えるために、私たちは世界で二番目に深いトンガ海溝ホライゾン海淵(10,850m)の調査をしようとしています。調査チームは、JAMSTECの研究者のほかにデンマーク、ドイツ、ニュージーランドと国際色豊かです。海溝生態系調査は、世界の先端にいるホットな研究テーマなのです。

地学的にみるとマリアナ海溝、トンガ海溝は似た特徴をもっています。海洋プレートが沈み込む陸側斜面には、蛇紋岩、ハンレイ岩などの地殻下部からマントル上部を構成する岩石が露出していることが先行調査から知られています。どういった岩石が、どう重なり、どう組み合って分布しているのでしょうか? そして、どのようにして? という海溝の成因に迫るために、「しんかい6500」で潜航して地質調査を行いたいというのが、今回の航海を共同で行っている静岡大学の道林克禎さんたちのグループの目的です。この研究を通じて「トンガ海溝やマリアナ海溝はなぜこんなに深いのか?」という問いに答えられる鍵が見つかる、と彼らは意気込んでいます。

QUELLE2013では、スケーリーフットを生きたまま持ち帰り飼育の最長記録を更新したり、大西洋の深海に大陸のかけらを見つけたり、カリブ海で世界最深の熱水調査を行うとともに海底からの世界初の同時中継に成功したりと、常に話題に包まれてきました。この最終ステージは、深く冷たい海溝域の調査ですので、一見したところ地味です。しかし、明らかにしようとしていることは、ホットなトピックばかりです。期待していてください。


写真1:10,000mを超える海溝は西太平洋に集中しています