4年越しの思いを胸に、ラストフロンティアへ

2013/10/08

道林 克禎(静岡大学大学院 理学研究科)

(今航海を共同で行っている静岡大学の道林克禎さんチーム。代表として道林さんに4年越しで実現したトンガ海溝の調査について書いていただきました。トンガ海溝を調査することでどんなことがわかるのか。文章の裏に隠された情熱、ぜひ感じてください。)

トンガ海溝はホライゾン海淵で深度1万メートルを超え、マリアナ海溝のチャレンジャー海淵と並んで地球上で最も深い海域です。しかし、一部の火山岩を除けば研究はほとんどありません。私たちのグループは,1990年代にトンガ海溝の陸側斜面から採取されたマフィック岩と超マフィック岩について予察的な研究を行ってきました。それをふまえて本研究は、南半球南西太平洋に位置するトンガ海溝の特に陸側斜面の潜航調査から、(1)トンガ島弧の深部構造と形成年代を解明し、さらに(2)マフィック岩と超マフィック岩と水の相互作用による物質循環と(3)超マフィック岩の反応によるH2をエネルギー源とする生命活動を探索することを目的としています。

予察的に研究した試料には、トンガ海溝の9千メートルより深部から採取された著しく新鮮なかんらん岩が含まれていました。かんらん岩は海底に露出すると海水と反応してすぐに蛇紋岩に変化してしまいます。そのため、新鮮なかんらん岩が見つかったことは、トンガ海溝の深部域が現在も活発に浸食されていることを意味しており、「しんかい6500」の潜航調査によって、もしかしたら人類初の、地殻の下に位置する生のマントルの露出を見つけられるかもしれません。

さらに、マフィック岩に含まれるジルコンの放射性年代がトンガ海溝の南部から北部に向かって、5000万年前から400万年前へと次第に若くなることもわかりました。特に5000万年前前後の年代をもつ岩石は、小笠原海溝やマリアナ海溝と同様に、太平洋プレートの沈み込み初期に形成されたことがわかっています。そのため、5000万年前の年代をもつ岩石がみつかった周辺域への「しんかい6500」の潜航調査によって、太平洋プレートがどのように沈み込みを始めたか知るための手がかりを私たちにもたらしてくれる可能性があります。

また、かんらん岩が海溝深部に露出していることは、これらの岩石相と海水が反応し、蛇紋岩化作用が進行しているはずです。このような蛇紋岩の形成に伴って二酸化炭素が消費されて炭酸塩鉱物を生成することが知られています。最近では、蛇紋岩の形成が大気―海洋中の二酸化炭素を効果的に鉱物に取り込む過程として有効であるとの指摘があります。さらに、蛇紋岩形成時に発生する水素ガスをエネルギー源とする地下圏微生物によって二酸化炭素から有機物が合成されることから、蛇紋岩化作用が大気-海洋中の二酸化炭素を微生物活動によって吸収する働きをしている可能性もあります。このように大気―海洋の物質循環を理解するためにも、深海底の蛇紋岩化作用を知ることは重要であり、トンガ海溝はこれらの課題を研究するのに最適な場所だと私たちは考えています。

トンガ海溝は未開の深海であり、その魅力ははかりしれません。私たちはラストフロンティアを調べるという思いを胸に4年前からトンガ海溝の「しんかい6500」による潜航調査を申請してきました。過去3年間、毎年、申請書についてある程度の評価をもらえていたのですが、南半球の南西太平洋は遠く、諸般の事情から見送られてきました。今回、クヴェレ航海にトンガ海溝調査が加えられ、私たちの4年越しの夢がついに叶おうとしています。海況次第によって潜航調査がどうなるのか不確定要素が残されています。しかし、私たちのチーム(道林・石塚・谷・岡本)は、そのときがくるのを今や遅しと待ち構えています。


写真1:トンガ―ケルマディック海溝周辺の地形図。
ホライゾン海淵は水深約10,850mでマリアナ海溝チャレンジャー海淵に次いで世界で2番目の深度である.


写真2:トンガ海溝水深9千メートルで見つかった新鮮なかんらん岩の偏光顕微鏡写真


写真3:蛇紋岩。蛇紋岩化作用に伴ってアラゴナイト脈が形成されている